地元の甲府に戻り、
漢方の臨床を始めて十数年が経ちます。
その間、私の日常は傍から見たら、とても淡々としたものに見えるはずです。
毎日家と薬局との往復、
ここ十数年、ずっと同じ毎日を続けています。
しかし私は、そんな日常でも全く退屈がありません。
むしろ没頭の中にあると言っても良いと思います。
なぜなら、日々たくさんの物語を聞いているからです。
患者さまにはお一人お一人全く異なる、
壮大なストーリーがあります。
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情熱大陸か、プロフェッショナルか忘れました。
ある外科医が特集された番組を、以前見たことがあります。
もちろん優秀な外科医の先生です。その道の先端を、長く走り続けている有名なドクターです。
その先生がお弟子さんたちと、ある患者さまについてカンファレンスしている場面がありました。
手術をどう進めようか。その先生は腕を組みながら、ただお弟子さんたちの意見に耳を傾けていました。
そして途中、その先生が一言発します。
「患者さんのストーリを把握している?」と。
患者さんはどんなお仕事でどんな生活を、今、そして今まで、されてきたのかと質問したのです。
手術は時によってたくさんのやり方があります。
そのうち、どの治療でいくべきか。そしてやったあとに、どのようなリスクを考えるべきなのか。
それは、病だけで判断するものでなく、あくまで患者さんのストーリーによっても決めるべきだと。
これからどのような生活をしていきたいのか、と。
これを見た瞬間に私は思いました。
西洋医学も東洋医学も根は同じ。到達しようとしている場所は、同じなんだなと。
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患者さまにはストーリーがあります。
今まで続けてきた物語があります。
どのような場所に住み、どのような暮らしをして、時間と伴に変わったものと、今までずっと変わらなかったものと。
現状はただの一部でしかなく、その物語にこそ治療のヒントがあります。
捉えるべきはストーリーです。必要な情報を、ストーリーとして捉えるべきです。
そして、これからもその物語は続きます。
治療はその物語を、より良い方向へと導くためのものです。
ただ治れば良いというものだけではないと思います。
病を得たからこそ、これからの物語にとって大切なヒントになるべきです。
私の日常は、退屈などしている暇がありません。
日々、患者さまの生身の物語に、参加させていただいているからです。
自分自身が、患者さまの物語に、一人のキャストとして参加させていただいてる。
大変光栄であり、喜びを感じます。
そしてそれ以上に、強い責任を感じます。
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この前、今まで診させて頂いた患者さまの人数を確認したら、
数千人いらっしゃいました。
数千の物語。
一瞬目がくらみました。
退屈など、している暇はないのです。
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