人と腹と

2022年09月26日

漢方坂本コラム

少し驚いた話。

当薬局にて治療中のある患者さまが、

腸の内視鏡検査を行った所、

とてもキレイな腸をしていると、お褒めの言葉を頂いたそうなのですが、

同時に先生から「漢方薬を飲んでいるの?」と、当てられたそうです。

飲んでいることは伝えていなかったので、

驚いて、「そうです」と答えたはものの、

なぜ分かったんだろうと不思議に思って、

思い切って尋ねたところ、その先生曰く、

「この腸の映像は、漢方を飲んでいる人の腸だよ」と。

その話を聞いて、正直私も驚きました。

漢方薬を飲んでいると、腸の見た目で、それが分かるのかと。

初耳でした。

ただどこか、納得できる部分も、あるかなと感じたのです。

前提として、お身体に合った漢方薬を服用されている場合の話、だと思います。

もしそうであるならば、

きっと漢方薬は、腸の状態を良い方向へと向かわせることが、確かに出来るのではないかと感じます。

それは、たとえ胃腸の漢方薬を使っていなかっとしても、

例えば、動悸や頭痛、めまいや不眠、疲労倦怠感や浮腫みなど、一見全然関係のない治療を行っていたとしても、

それでもこれらの症状が改善へと向かう漢方薬を、服用されているのであれば、

腸も同時に良い状態へと向かうはずです。

そもそも漢方薬は、「飲み薬」です。

すなわち、体内に入る時は必ず、胃腸を経由しなければなりません。

甘さや辛さ、苦味や酸味、漢方独特の刺激が、

腸に影響を及ぼしながら、体内に入っていきます。

だから胃腸に何の働きかけもしないと考えることのほうが、不自然です。

さらに、漢方薬を服用された時の、患者さまのリアクション。

見ていると、確かに腹から効いていると感じるところがあります。

飲むとすぐに、芯からじんわりと、体があたたまる。

服用すると、気持ちがすっと落ち着く気がする。

人によっては、このような迅速な効果を感じることがままあります。

それを目の当たりにするたびに、

全身をめぐってから効果を発現するというよりは、

胃腸に入った瞬間に、効果を発動しているような印象を受けるのです。

人と腹。

漢方では古くから、人にとっての「腹」の重要性に、着目し続けてきました。

傷寒論しょうかんろん』に記載されている「腹」という文字の多さも事乍ことながら、

江戸時代に隆盛を極めた腹診ふくしん(腹を手で触知する診察法)や、

稲葉文礼いなばぶんれいの名著『腹証奇覧ふくしょうきらん』の存在。

漢方において、「腹」とは見るべき体の要であり、

生命活動を支える土台として、考えられてきました。

胆力・丹田・腹を抱える・腹ワタが煮えくり返る、

人が何かの力を発動する際に、「腹」を示す言葉が使われる。

そこには何か理由があると、私は思うのです。

少なくとも漢方を生業とする者ならば、

腑に落ちる側面が、少なからずあるはずです。

現在、飛躍的な発展を遂げ続けている西洋医学。

今では人体の具体的な働きが解明され、

腹の中にある様々な臓器が、各々異なる機能を有しているという理解が常識になりました。

そして細分化が進み、各臓器ごとに専門の知識が必要になり、

それによって、さらにきめ細やかな配慮が出来るようになった。

江戸時代に比べれば、夢のような医学だといっても良いでしょう。

しかし、腹は腹。

人体を総じて観るからこそ見えてくる、腹の役割。

そういう視点が、必要なのではないでしょうか。

細分化が進む、今だからこそです。

もし漢方を服用することで、変化してくる腸の見た目があるならば、

それは漢方が腹に何かを働きかけているという証左。

そしておそらく、漢方が腹に及ぼす影響の一端にしか過ぎないでしょう。

なぜならば、古人は腹を、もっと大なる視点で見ていたから。

私は人が爆笑する時、

脳で笑っているようには、どうしても思えないのです。

赤ちゃんが大きな声で泣く時も、

脳で泣いているようには、どうしても思えません。

腹で笑い、腹で泣いているように、私には感じられます。

腹の波動が、全身に及ぶ。

これは比喩ではなく、

現象として、そう見えるのです。



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