以前、師匠がこんな話を私にしてくれました。
「坂本くんさ。聞いてよ、あのさ、○○先生(昭和の漢方家)が本の中でさ、桂枝湯(けいしとう)のことを本当に理解している漢方家は世の中にいったい何人いるんだろうって書いていて。それ読んで僕さ、本当にそうだなって思ったよ。深いよ、桂枝湯は。」
桂枝湯の深さ。
それはそのまま東洋医学の深さと言っても過言ではありません。
東洋医学史上、未だに解明し切れていない最大の謎。
漢方の正道を進む上で、避けては通れない大きな関門です。
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私のコラムで度々登場するこの「桂枝湯(けいしとう)」は、
あらゆる漢方処方の祖と言われる重要処方でありながらも、
一般的には運用機会がそれほど多くはありません。
多分、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)とか十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)なんかの方が沢山使われていると思います。
その理由は、この処方が効かないからではなく、
この処方を理解することが難しいからです。
私とて未だに到底理解が及ばず、あーだこーだと考えながら、日々桂枝湯とにらめっこをしています。
まだ臨床を始めたばかりのころ、
私は運よくこの処方の神の如き効果を体験しました。
患者さまに使ってみたのです。確か下痢(潰瘍性大腸炎)だったかな。
劇的に良くなりました。
師匠が「桂枝湯すごいぞ」と私に刷り込んでいてくれていたおかげで、
エイっとばかりに使ってみたのです。
見事に的中してみれば、びっくりしたのは私の方でした。
今ではさすがにまぐれで使うということはありませんが、
やはり的中させるには運用の妙が求められます。
なぜなら桂枝湯は、「用の美」の完全体だから。
構成する5つの生薬の意味を、正確に把握できている人はいったい何人いるのでしょうか。
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奥深い桂枝湯。
ただ張仲景(ちょうちゅうけい)は、確実にヒントを残してくれています。
長くにらめっこを続けながら、
そのことだけは理解することが出来るようになりました。
桂枝湯は思想であると、張仲景が残した人の見方そのものであると、
『傷寒論』の一文が、その中のたった一言が、
表しているからです。桂枝湯の薬能は、その一言に集約されています。
それに気付いた時、
「深いよ、桂枝湯は」と言った時の、師匠の子供のような笑顔が思いだされました。
はい・・・(笑)。深いですね師匠。
すべては『傷寒論』に載っています。