漢方治療の心得 30 ~上手と下手~

2022年08月10日

漢方坂本コラム

昔、臨床を始めて間もない頃、

風邪をひいた友人から、何の漢方薬を飲んだらいいのかと相談を受けた。

ドラッグストアで薬を買うつもりだったらしい。

それを聞いた当時の私は、

ならばと意気込み、自分が漢方薬を出すから飲んでみてくれないかと、もちかけてみた。

友人は、それを快く承諾。今回のコラムは、その一部始終です。

友人とLINEで症状を確認しながらの治療。

初学の私の経験と、その記録とを、

漢方治療の心得として、ここで紹介してみます。

【初日】

30代、やや細身の男性。もともと胃腸はあまり強くない。

2月の厳寒。

朝、急に寒気を感じて体がだるくなり、腰と肩が痛くなってすぐ、熱が出始めた。

夕方には39度にまで上がって、いそいで家に帰って寝た。

寝汗を少しかいて朝を迎えたが、

熱は収まらず、寒気や体の痛みも少しは減ったが未だに残っている。

これを聞いて私が出した処方は、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)の煎じ薬。

もともと弱めの胃腸と、発汗後に未だに表証が残っている点で、そうだと決定した。

ちゃんと生姜のスライスを入れるよう指示して、温めて飲むことも伝えた。

寝る前に飲んで、ジワリと汗をかくようにすること。

そうすれば、楽になるよと。この時の自分には、まだ自信があった。

【2日目】

漢方を飲んで寝た。

そしたら確かに、寝汗がまた出た。

朝起きた時は少しすっきりしていたが、

しかし、しばらく経つとまた熱が出始めて、同時に寒気がして腰が痛くなった。

そして咽が痛い。今日の朝から、咽が痛くてイガイガするのだという。

咳はなく、吐き気もない。食べることはきちんと出来ているが、やはりいつもよりは食欲は落ちているという。

思ったように良くならない。

ただ、柴胡桂枝湯が間違っているとも思えない。

まだ時間が足りないのかなと思って、同じ処方を飲んでもらった。

多分、3.4日のうちには治るよと、伝えて。

しかし、ここから、

この治療は混乱する。

【3日目】

また寝汗をかいて起きた。

そして起きたら、とにかく咽が痛い。

唾を飲むのも痛く、あと、鼻づまりが起きて寝苦しくなった。

相変わらずの熱と寒気。今はどちらかと言えば熱が強い。

体がだるく、腰の痛みもなかなか引かない。

咽が痛すぎて、食事を摂りにくい。

治るばかりか、悪化している。

咽が腫れてしまった。漢方で悪化させているのかもしれないと、思い始めた。

しかし、本来であれば柴胡桂枝湯で間違いはないはず。

そう勉強してきたし、それ以外に、考えることが出来なかった。

であるならば、柴胡桂枝湯だけでは足りないということだろう。

このまま悪化すると、副鼻腔炎になもなりかねない。

柴胡桂枝湯に加えて必要なのは、多分、桔梗・石膏(ききょう・せっこう)。

そこで柴胡桂枝湯に桔梗石膏を加えて、喉の痛みと鼻づまりを取ろうとした。

【4日目】

今日も朝から咽の痛みが激しい。

しかも若干咳が出始めた。そして咳をすると、咽が痛くて辛い。

相変わらず熱はひかず、腰も痛いし、体がだるい。

さすがに、今日は仕事を休んだ。

風にあたるとゾクゾクするので、布団にくるまっているが、腰が痛くて眠れない。

効かない。

石膏をいれても、喉の痛みに効いてくれない。

寝汗は出続けているようだが、じんわりというくらいで、そんなにたくさんはかいていなそうである。

発汗を強めた方が良いのか。しかしそれだと、喉の痛みが悪化しやしないか。

本人が今一番苦しんでいるのは咽の痛みである。

石膏を増量した。もともとの胃の弱さが心配だったが、とにかく迷いに迷って後、石膏を増量してみることに決めた。

【5日目】

飲めた。飲めたが、

咽の痛みは全くひかない。

いよいよ声を出すのが辛い。また依然として熱があり、寒気もだるさも腰の痛みも続いている。

できれば、咽は痛くてもいいので、熱が下がってくれると嬉しいという。

あと、だるさと腰痛。それさえ治れば、声を控えれば仕事にはいけそうだと。

いよいよ、困った。

漢方が思うように効いてくれない。

石膏はかなりの量を入れた。しかし、それでも咽の痛みはひかない。

そればかりか、はじめから続いている熱もだるさも寒気も、寝汗は出ているのに全くひいてくれなかった。

このまま漢方薬で治療していって良いのか。

病院で検査をしてもらった方が良いのではないか。

抗生剤を普通に服用していれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

それでも、ありがとうと言って薬を飲んでくれている友人に、申し訳なかった。

こちらから治療させてくれと頼んでおいて、、、

次の一手、、、どうすれば良いのか、、、

この時自分の頭の中は、ほとんど真っ白だった。

ほとほとに困った私は、

師匠に電話をした。

自分ではどうしたら良いのか、まったく分からなかった。

助けて欲しい。率直にそう思った。

はいはーいと、電話に出る師匠。

そして、今回のいきさつを、すがる思いで師匠に伝えた。

師匠は、うん、うん、と相槌をうたれ、

へーとか、そーなんだとか、なるほどねーとか、合いの手を入れられる。

拍子抜けするくらいに、明るく聞いてくれる師匠に少し救われた。

そして最後に、

これから何を出したら良いのでしょうかとたずねた。

師匠の答えはこうだった。

「うん坂本くん。ここはね、一日か二日、薬を止めてみよう」と。

友人には、こう伝えた。

一度、体がどう治ろうとするか知りたいから、1日飲まない日を作ってほしいと。

なるほど、了解ですと、友人は答えてくれて、

その日は何も飲まずに、ただ寝てくれた。

飲まない、という治療。

自分では、まったく思いもつかなかった選択肢。

薬を止めようといった、師匠の本意。多分、その間に次の手を考えろということか、、、。

【6日目】

その夜、ぐっしょりと汗が出た。

今までにないほど、清々しいくらいに汗が出た。

そして同時に、朝、体がすっきりとしているのを自覚した。

あきらかに熱が引いて、かつ腰の痛みもなくなった。

咽の痛みも引いている。声を出したり、食事を摂ることに支障がない程度に楽になった。

これならば、明日からは仕事にいけそうだと喜んでくれた。

私は、心からホッとして、

ただ、何が何だかわからず、全身から力が抜けた。

これは私が経験した、漢方治療の現実である。

融通無碍ゆうずうむげの片鱗。

柔らかい思考の威力。

理論・理屈で切り回そうとする頭でっかちな自分には、

ガツンと響く、そんな経験だった。

肩の力が抜けた師匠の凄さを、まざまざと実感した。

薬を出さないということでさえ、一つの治療になり得る。

薬で治そうとするのは半人前と、かつて言っていたのは父だった。

下手くそと、上手の違いは、

おそらくどれだけ勉強してきたかではない。

臨床という戦場で培ってきた技能は、

やはり、本の中だけでは、学ぶことができない。



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