漢方治療の心得 31 ~有限の医学~

2022年10月12日

漢方坂本コラム

流行はやる必要はない。

しかし、無くなってはならない。

当薬局の、漢方に対する想いです。

父の代からずっと、この姿勢で小さな薬局を営み続けています。

医療の中心は西洋医学であるべきです。しかし、その大きな器から漏れてしまう方がいらっしゃいます。

そういう方に残された医学として、漢方は存続していかなければなりません。

それが医学全体で見たときの、漢方の役割であり、あるべき姿だと思っています。

しかし、この存続というものは、言うほど優しいものではありません。

医療費の問題、教育の問題、さまざまな問題が漢方にはあります。

そして、その中でも最も危惧される問題は、

生薬が、有限の資源だということ。

あくまで漢方は、生きた薬を使わなければなりません。

過去、ここ数十年を見ても、

生薬の価格は高騰し続けています。

30年前より、2倍3倍の価格になっている生薬も珍しくありません。

有限の資源であるという現実が、年を追うごとに目の前に突きつけられている。

その中で、漢方の各医療機関は、徐々に値上げを行ってきました。

原価がこれだけ上がっていれば、致し方ない所です。

当薬局では30年間、なんとか料金を変えずにいますが、

それもどこまでもつのか。このままの状況が続けば、いつかは値上げを考えければならないでしょう。

しかし、値上げをすれば済む、という問題ではないのです。

この問題は、もっと根が深いのです。

もし生薬資源が枯渇したら。流通が不可能になったとしたら。

その時、漢方は確実に終わります。脈々と受け継がれてきた医学が、この世から消滅してしまいます。

私達は生薬の高騰という形で、その現実を目の当たりにしているはずなのに、

何故か現代の漢方家から、その点への問題提起があまりされていません。

現代に生きる漢方家は、

歴史上最大の問題と、向かい合っていると言っても過言ではありません。

まず、我々はそのことを認識しなければならず、

待った無しで、生薬資源は枯渇へと向けて変化し続けています。

今後、私達漢方を生業とする者たちが、

どう有限の資源と向き合い、それを利用していかなければならないのか。

真剣に、考える必要があるのではないかと感じます。

絶対に、漢方を消滅させるわけにはいきません。

現在、我々が直面している問題。

この問題を解決するヒントは、すでに私たちは知っているはずなのです。

古典です。

脈々と受け継がれてきた古典にこそ、

その回答があると、私は考えています。

江戸の名医、和田東郭の名言。

用法簡なる者は、その術日にくわし。

無駄の無い処方運用こそが、術を上達させるという口訣。

これは真実です。治すことが出来る人ほど、常に処方は簡潔です。

漢方の聖典『傷寒論』。

そこに収載されている処方は、すべてシンプルです。

貧乏人の医学と揶揄されるほど、それほど高価ではない、ありきたりな生薬を使います。

しかし、それでも効果を発揮します。しかも比較的即効性の高い、鋭い効果を発揮する処方ばかりです。

技に精通すること。

簡潔な処方を、的確に運用すること。

今、私たちに求められることは当にこれで、

それこそがおそらく、有限の資源との正しい向き合い方です。

決して簡単なことではなく、妙技を会得されている先生でなければ、実現することはできません。

下手な鉄砲は、いくら撃っても当たらない。

臨床の現実として、そうであるが故に、

私たちは、ちゃんと効果を追及していくべきだと思います。

それこそが、資源を無駄に使わないことに繋がるはず。

処方が簡潔であるためには、前提として考え方がシンプルでなければなりません。

東洋医学の様々な言葉に、振り回されているようではそれは望めません。

難しく考えれば考えるほど、処方は繁雑になり、生薬の無駄が増える。

30年後も変わることなく、必要とされる患者さまに漢方薬をお出しするために、

用法簡なる者は、その術日にくわし。

この口訣を、心に沁み込ませなければなりません。



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