漢方治療の経験談「非結核性抗酸菌症治療」を通して

2022年07月29日

漢方坂本コラム

近年、世界中を脅かしている新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)。

ただしこれは歴史的に見ると稀なものではありません。人類は、疫病との戦いを何度も繰り返してきました。

最近になって新たにサル痘も流行り出しています。それも、人類の宿命と言えば宿命。ただその勢いが、時代とともに加速しているように感じます。

感染症が流行すると、必ず求められるのが「特効薬」。

感染を未然に防ぐワクチンの開発も、もちろん大切です。

しかしその感染症が終息を迎える、過去のものになるためには、特効薬の開発を待たなければなりません。

結核に対するリファンピシンや、インフルエンザに用いられるオセルタミビルリン酸塩など、特効薬の開発によってはじめて、これらの病は蔓延をコントロールすることが可能になりました。

ただし、ここで私は警笛を鳴らしたいことが一つあります。

この特効薬を、漢方薬・漢方処方に求めることは間違いであるということです。

漢方において、ある病に対する特効薬というものは、今も今までも一度も作られたことはありません。

ある漢方薬に対して、たとえ実験的に効果が確認されてという論文が出たとしても、その薬は決して特効薬ではないのです。

近年増加傾向にある感染症の一つに、非結核性抗酸菌症(肺MAC症)があります。

非結核性抗酸菌という菌に感染することによって起こる病です。

あまり耳にしたことがないかも知れないが、実はこの細菌はどこにでもいます。

土や水などの環境中に普通にいます。したがって、感染力は非常に弱く、かつ感染してもそれが人にうつることはありません。

ただしこの病は、決して軽い病ではありません。

長期的に人体に居座り、肺の機能を徐々に蝕んていきます。

咳き込みや息苦しさ、血の混じる痰などが、なかなか治ってくれません。

顕著なだるさや食欲不振などを伴うことも多く、当薬局でも多くの患者さまからお問合せを頂く病です。

この病に対して、西洋医学では抗生剤を使います。

菌を抑制させるためです。時に3つの異なる抗生剤を同時に使って、抑制を図ることもあります。

しかし、これらの抗生剤で胃腸を傷つけてしまう方もいます。

一度感染するとなかなか治りきらない病であるが故に、長期的に使わなければいけないことも、副作用の発現につながっています。

私見では、西洋医学にて治療することが難しい病の一つなのではないかと思っています。

なぜならば、この病の本質は、菌そのものではないからです。

どこにでもいるような、弱い菌に感染してしまうという「体の弱さ」こそが、この病の本質であり、改善するべき土台だと考えています。

人にはもともと、細菌と闘う力があります。

自らを細菌に感染させない能力があり、同時に一度かかってもそれを治し切る能力があります。

非結核性抗酸菌症は、その力が上手く発動できていないために起こる病です。

免疫機能を運ぶ血流や、それを鼓舞する筋肉など、肺のみならず全身の感染に対応する力の弱さ、そこを鼓舞し、上手く発動させることこそが、この病を治すために必要なことです。

そして、漢方ではそれを行います。

細菌と闘う力の発動。西洋医学では難しいことだからこそ、そこに着手する価値があります。

漢方治療の視点は、この病においてはそこから外れるものではないと思います。

いかに本来持つ自身の力を発動させていくのか。菌に直接効果を発揮する抗生剤とは違う視点からの治療だからこそ、漢方治療を行う意味があるのです。

だからこそ、ここで注意しておきたいと思います。

漢方薬に特効薬はない。非結核性抗酸菌に対して、直接効果を及ぼす薬など用意されていないのです。

漢方治療はあくまで、本来もっている体の力を呼び起こすまで。

その力の弱りは人によって状況が異なります。それを見極めて的確に対応する。そうすることで、初めて非結核性抗酸菌は改善へと向かいます。

非結核性抗酸菌症は確かに感染症です。感染症と聞くと、どうしても特効薬を求めたくなります。

そして治療する側も、菌に直接効く薬を探したくなものです。さまざまな生薬の中から、もし菌を直接たたける薬を見つけたとしたら、治療がずっと簡単になるからです。

しかし、そんなものはありません。

裏技はない。あくまで菌ではなく、人を診なければなりません。

その方の体が何を求めているのか。それをいかに上手く発動させることができるか。

人体の基本でありながら、漢方にしかできない芸当。

そこに真摯に向き合うことが、非結核性抗酸菌症を最も迅速に治すための近道です。



■病名別解説:「非結核性抗酸菌症(肺MAC症)

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら