花火散るが如く

2023年01月21日

漢方坂本コラム

今日の話は、

ふーん、という程度にお読みくださいませ。

先代である私の父は、66歳で逝った。

亡くなるには、まだ早い年齢だったと思う。

息子の私から見て、苛烈な性格だった父は、

その死に際も苛烈だった。花火のように散る、急に逝ってしまったという感じだった。

腰の内部にできた膿瘍に気付かず、

菌が全身へと回り敗血症を起こした。

その闘病はとても激しくて、

強力に続く発熱は、体を蝕むという表現がぴったりだった。

ICU(集中治療室)に入って、

2週間足らずで危篤に陥った。

結局そのまま逝ってしまったのだけれども、

その逝き方はまるで、自分から突っ走ったような、

もしくは生命の火を爆発させたような、

少し言い方は変かもしれないけれど、そんな積極的な死に様だった。

危篤に陥る前の話。

まだ、病室のベットで話ができていた時のこと。

とはいえ父はすでに衰弱の一途をたどっていて、

自分で体を動かすことさえ、ままならない状態だった。

そんな時でも私と父は、漢方のことしかする話がなくて、

もし今の父の病状だったら、どんな漢方薬を出すのか、

この期に及んで、そんな話になった。

実際これはまったくの戯言ざれごとで、

ICUに入るような状況ならば、漢方の範疇をとうに超えている。

だから昔の人、未だ西洋医学が無い時代の人たちならば、

いったいどんな治療をしていたのかなぁという、想像の話をしていた。

父の体調は、

すでに高熱はおさまっているといっても、

長く続く微熱と、節々の痛みで、強力な感染症の真っただ中である。

当然、食事は食べられない。

栄養剤と抗生剤の点滴で、何とか持たせているという体である。

消耗で体の肉は削げ落ち、

体重が激減して、動かせるのは指くらいのもの。

声もか細く、自分で頭を動かすこともままならない。

一見して死の淵、といった様子であった。

この状態を漢方で言うならば、

明らかに「少陰病しょういんびょう」だろう。

人を支える根源たる生命の火、

その衰退が起こるステージを、少陰病という。

この段階、『傷寒論しょうかんろん』においては、

命の火を賦活させる薬が用意されている。

その筆頭たる薬が、四逆湯しぎゃくとう

もしくは茯苓四逆湯ぶくりょうしぎゃくとうといったところである。

おおよそ四逆湯のたぐい。その範疇からは外れることはない。

そう感じた私は、他の道無しと思い、

「もうここまで老いぼれたなら、茯四ぶくしでしょうよ」と、

苦笑いで父に伝えた。

それを聞いた父は、横目でチラッと私を見ると、

天井を見てから、スーッと目を閉じた。

しばらく経ってから、ゆっくりと口を動かすと、

「だいおう、しゃちゅう、がん」

と、小さく呟いた。

大黄䗪虫丸。

肺腑を突かれた気がした。

瘀血の重剤。

下剤を含む、強い駆瘀血剤である。

乾血労かんけつろうといわれる、凝固した血液のイメージ。

そのために血流循環がすこぶる悪く、虚労羸痩きょろうるいそうを起こした時に使う薬。

父の状態に、大黄䗪虫丸?

少なくとも今の父に、下剤を使う勇気は、私には無い。

想定外の処方だった。

しかし、それでもどこか、ハッとさせられた。

確かに大黄䗪虫丸という一手も、

無くはない。そう、思わされた。

危篤間近の父。

その人が呟いた、想像し得なかった処方。

生命の火の乏しい時に、大黄を使うという選択。

私にはなかった。

自分の中にある、少陰病の定義が揺らいだ。

誰にでも『傷寒論』は読める。

漢文で書いてはあるものの、解説書がいくらでも出回っている。

それを横に置きながらであれば、誰にでも読める。

しかし『傷寒論』を完全に読み解いた人は、今までの歴史上、一人もいない。

なぜ少陰病に、大承気湯が書かれているのか。

例えばなぜ陽明病に、麻黄湯が書かれているのか。

『傷寒論』の骨格、六経病りっけいびょうとは一体何なのか。

単なる「病のステージ」だとは、私には思えなくなった。

『傷寒論』の著者、張仲景ちょうちゅうけい

燃え尽きる命を、多く目にしてきた聖医。

生と死のゆらぎを、何度も目にしてきたに違いない。

その意図を理解するためには、ただ読むだけでは到底及ばない。

父が伝えた、最期の一手。

私が先代から受けた、最後の教えである。

その会話の後、おそよ一週間後に、

父はこの世を去る。虚空こくうから花火が消えるような、

余韻の残る、散り方だった。

(命日・1月19日を偲んで)



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