私が独断と偏見とで考える養生の話。

養生の本質だと、自分では思っています。

そもそも、

そもそも人間は「地球上で生きていけるように」という大前提のもとで作られています。

地球上には不確定な要素が沢山ありますので、

その要素に対しては、かなり強く耐えられるよう設計されました。

例えば食事。

いつでも食べられるとは限りませんので、

例え食事が取れなくなったとしても、ある程度生きていけるように設計されています。

血糖値を上げるホルモンが沢山あるのにも関わらず、

血糖値を下げるホルモンはインスリンだけ。

それは、継続的な食事摂取という不確定な要素の中であっても生きて行けるように、

人間が設計されている証拠です。

ただし、比較的不確定ではない要素、

つまり規則的で、そんじゃそこらのことでは変化を見せない要素に対しては、

ある程度その規則性を信じて設計されています。

例えば太陽。

昼と夜ですね。

これは高い強度をもって規則的に起こる現象なので、

人間もそのあたりを信じて設計されています。

必ず昼が来る。そして必ず夜が来る。

昼が来ないということはめったに(てゆうか絶対)ありませんし、

夜が来ないということもありません。必ず来ます。

だから、もし来なかったら、という状況に対して、

人間はあまり想定されずに作られているのです。

すなわち、

昼夜の逆転という状態に対して、

人間は非常にもろい。

夜でも多くの光を浴び、昼でも太陽から身を隠せる状況、

それに対して人間は非常に崩れやすいという構造を持っています。

3日間水しか飲まないという状況よりも、

3日間全く寝れず、かつ動けないという状況の方が、

精神的にも肉体的にもずっとキツイでしょう。

現代では、

養生というと、すぐに食事の話になりがちです。

しかし実はそれ以前の問題として、

夜の充分な睡眠と、昼の充分な活動とが、

人間をずっと強く支えているのです。

こんなものを食べてるよ、ではなく、

夜ちゃんと寝れているのか、

昼ちゃんと活動しているのか、

その方が、人間をずっと強く支えています。

そして、それが出来ていて

初めて食事を考える。

何を食べたら良いか、ではありません。

まず食べ方、そして食べるタイミング、

ここから見直すこと。

そして何を食べるかを考えるのは、まだ早い。

その前に食べる量、そして何を食べない方が良いのか。

それらが見直されて初めて、

何を食べたら良いのか考えてください。

養生を行う時、

情報はそれほどいりません。

人間が当たり前にもっている状態、

それを謳歌するためには、それほど情報は必要ないのです。

人間が本来の状況で生活できていないから、

そのために体を壊してしまうから、

だからその辻褄合わせのために情報が必要になる。

そして、その後手後手の手段の中で、

あれが良い、これが良いとささやき合ったところで・・・。

それはあまり、養生とは言えない気がするのです。



養生の本質 2