難病。
医療の限界を体感されている患者さまと向き合う時、
漢方家は自らの東洋医学理論の造詣と向き合うことになる。
〇〇病には〇〇湯という病名治療は、
この場合、ほとんどのケースで効果を発揮しない。
西洋医学で難病と指定されている病は、
東洋医学においても、やはり難病である。
しかしそうであったとしても、出来るだけお体に実感できる治療を、
そう求めると、陰陽とは何か、人とは何か、生命とは何か、
大袈裟ではなく、こういった東洋医学の根本的な考え方こそが、治療への活路になる。
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50歳、男性。
消化管全体に断続的な炎症を起こす病、クローン病。
原因は不明。一度良くなっても再発を繰り返しやすく、国からは難病に指定されている。
18歳で診断を受けた後、10代・20代に数回の腸部摘出手術を受けた。
腸の半分を失った後、30代で肛門部摘出。人工肛門となる。
そして現在は、手術後の骨盤内の瘻孔(他臓器同士がつながってしまった状態)により、
膀胱炎と座骨神経痛とが併発している。
藁にもすがる思いでの来局だった。
患者さまは仕事をしながらの闘病である。
仕事をがんばりつつも、体調のためどうしても踏ん張りがきかない。
若い時からずっと悩まされてきた病である。
それにも関わらず、どうにか頑張りたいという気持ちを失ってはいなかった。
今までより良い治療を求め続けてきた。
その結果、数々の病院にかかり、また漢方治療も行ってきた。
排膿散及湯(はいのうさんきゅうとう)・治打撲一方(ちだぼくいっぽう)・清心蓮子飲(せいしんれんしいん)、
多くの漢方薬を飲んできたが、むしろ体調が悪化したという。
これらの処方をお出しした先生のお気持ちは良くわかった。
腸の化膿を止め、骨盤内のうっ血を散らし、膀胱炎症状を少しでも緩和させようとした、そういう配剤である。
しかし私は、これらの処方では良くならないだろうとも、また感じた。
生命にとって重要な要素が、患者さまには明らかに不足していたからである。
脱水。
人工肛門からは常に水のような便が排出されていた。
そのせいでお小水の回数が少なくなり、色が常に濃かった。
また夜間は口の乾きがずっと続き、足がつれて痛み、眠れない。
食欲はあるが、食べると膀胱炎が酷くなる。そのため少量しか食べていないという。
ここまで脱水症状が明らかであれば、いくら炎症を抑えようとしても治るはずがなかった。
人にとっての水とは、ただ体を潤すだけのものではない。
水があるからこそ栄養を運ぶことができ、水があるからこそ傷ついた体を回復することが出来る。
生命活動において無くてはならない物として、それは昔も今も変わらない。
東洋医学では、この水を「陰」と呼ぶ。
すなわち、いかに「陰」を回復させるか。
この患者さまにおいては、間違いなくこれが最重要の命題である。
補陰の大剤。
私は化膿止めや炎症止めとして用いる漢方薬を出さなかった。
あくまで補陰を主とし、まずは生命力の根本を立て直す治療から入った。
服用14日後、今まで少量しか飲めなかった経口栄養剤の量が徐々に増えてきた。
それによって体重が増え始め、体がしっかりしてきたという実感が出てきた。
一か月後、足のつれがなくなり、良く眠れるようになった。
同時に膀胱炎のために服用していた抗生剤の量を減らすことができたという。
一時動けるようになっても、仕事をがんばり過ぎればまた悪くなる。
状況によって一進一退を繰り返した。
しかし患者さまは、上向きになっている実感に希望を持たれた。
実際に頑張って服用を続けられる患者さまの気持ちに応えるべく、私も細かい調節を繰り返した。
服用を始めてから約1年が経った頃、
体調はどうですか?と聞くと「うん、調子がいいよ」とお答えしてくれる状態にまで病は落ち着いた。
あきらめず頑張り続けた患者さまだからこそ、勝ち取られた体調だった。
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難しい病は、やはり難しい。
こう治す、という一律的な治療方法は、基本的に通用しない。
しかし漢方は、あくまで個人を見る。
病とは別に、その個人の状態をあくまで把握することができる。
そして、そこにこそ見えてくる活路がある。
難病といえども立ち向かえる可能性が、東洋医学の根底にはある。
臨床を経験していく中での現実的な実感として、私はそう感じている。
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■病名別解説:「クローン病」
〇その他の参考症例:参考症例