■症例:メニエール病

水をたくさん飲みなさい神話というものがある。

漢方を生業とする人なら、誰でもこの神話が嘘をはらんでいることを知っている。

曰く、血液やリンパ液の循環を良くするため。
曰く、便通を良くするため。

確かに疾患によっては、水分摂取の不足に気を付けなければいけない時がある。
しかし水を飲めば誰でも循環が良くなる、というわけでは決してない。

人には水を循環させる力がある。
その力の弱い方が、水を飲み過ぎればどうなるのか。

循環は良くなるどころか、むしろ悪化する。
水が溜まって浮腫(むく)み、さまざまな症状の原因になる。

そういう患者さまからのお問合せが、これからの時期、特に多くなる。
豊かな水の国・日本、そこに暮らす人々の宿命なのではないだろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

70歳、女性。

突然、世界がぐるりと回るめまいに襲われるようになった。
メニエール病。そう診断されたのが半年前である。

上品な方だった。色白で姿勢が良く、実年齢を聞いて驚いた。

しかし表情は明らかに冴えない。
当たり前であった。突然襲ってくる強いめまいに、恐怖する日々をおくられていたのである。

メニエール病は、内耳に溜まる水が原因だと言われている。
病院ではイソバイド(利尿作用のあるめまい改善薬)を処方され、服用していた。

この薬は、効く時は非常に良く効く。
患者さまの話を聞いていると、確かにそういう印象がある。
この患者さまにおいても、すぐにお小水の量が増えたという。
病院ではその反応を確かめて、継続服用を勧めていた。

しかし、めまいは止まらなかった。

水をたくさん飲みなさい、と指導された。
水を飲むことで循環が良くなれば、内耳に溜まる水が抜けていくという説明であった。

それを聞いた患者さまは、とにかく水を飲んだ。
水を飲むと胃が気持ち悪くなってみぞおちが苦しくなる。
それでも患者さまは頑張った。治したい一心で、水をたくさん飲むように努めた。

めまいが逆に悪化したのは、それからだった。

飲んでいた水の量を伺う。
一日2Lほどは、飲んでいたようである。

断言した。水を飲みすぎています、と。

お体は、決して水を欲してはいなかった。
水を巡らす力の弱り。まずはその力をつけないと、いくら飲んでも巡ることができない状態である。

私は、水の滞りを解除する薬を出した。
そして同時に、水分摂取はあくまで咽の乾きに応じて量を減らすよう、説明した。

3日後、今までにないほど、多量のお小水がでる。
そしてその後、めまい発作の頻度が明らかに減っていった。

同時に胃の不快感が消える。そしてちゃんと水が飲めるようになった。
それでも患者さまは、水のがぶ飲みを避けた。
口が渇いた時にだけ、その渇きが潤うだけの量を飲むよう心がけてくれた。

病院の指示のもと、イソバイドを排薬したのがそれから約一か月後。
そして3か月後には、漢方薬なしでもめまいを起こすことがなくなった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

水をたくさん飲めという神話。

その神話を確立してしまったのは、我々医療者に他ならない。

水を飲むことで循環が良くなる。確かにそういう方だって沢山いると思う。
だからその指導が全て間違えているとは、私は決して思わない。

しかし、それが一律的であっていいはずがない。
同じ顔の人は一人としてこの世に存在しない。ならば、体だって同じである。

だからこそ、その誤解を解くべくあえて強く言いたい。

健康のために水を飲む。それは間違いである。
自分にとっての適量を知る。それこそが健康になる。

■病名別解説:「メニエール病