■症例:前立腺肥大

2023年08月10日

漢方坂本コラム

患者さまのご紹介で、そのお父さまがご来局された。

68歳、男性。

10年前から、排尿の問題で悩まれていた。

数十分で行きたくなる頻尿と、出した後の残尿感、

尿の出が悪く、出した後も尿の切れが悪い。

以前から排尿に問題があると感じていて、

病院へ行き、前立腺肥大と診断。生検では良性と確認されている。

α1遮断薬や、抗男性ホルモン薬などを服用するも、

状況は変わらず、そのうち薬物治療を止めてしまった。

生検を繰り返し勧められたが、それも体がきつい。

通院を途中でやめて、どうにか治らないかと思案を続けていた。

そして去年の夏、まったく尿が出なくなった。

尿閉。

病院に駆け込んで、カテーテルで処置した。

一週間で取り外し、西洋薬服用にて尿閉はおさまった。

しかしその数ヵ月後、また尿閉が生じ、

カテーテルで処置したが、今度は取り外して二日後、また尿閉が再発した。

一か月後にやっと、カテーテルが取れる。

その後α1遮断薬や抗男性ホルモン薬の服用を、ずっと続けている。

続けてはいる。しかし、症状は変わらない。

残尿感に尿意の切迫感、尿の出の悪さと、尿の切れの悪さ。

尿閉を繰り返すことで、排尿の間隔がさらに短くなっている。

ただし病院では、前立腺のサイズは拡大していないとして、

手術するまでもないと。

様子を見ましょうの一点張りだった。

排尿に関わる問題は、生活の質に直結する。

当たり前に出ていたものが出ない。その強い不快感は、想像に難くない。

常に頭の中でそれを意識しなければならない。一生このままかと、先を考えることも辛い。

どのような病であれ少なからず人生を変化させるが、

排尿の問題は、それを如実に表す病だといってもいい。

当薬局のコラムをお読みいただき、是非にとお願いされた患者さまである。

改善の可能性を探れるかどうか、身が引き締しまる。

まずは、詳しくお体の状態を確認した。

肢体細く、筋張ったお体。

それでも活動は鈍くない。週数回テニスを行い、運動を心がけている。

ただしお腹は弱い。もとより軟便傾向。

そして食べ過ぎた時は、腹痛・下痢を起こしやすいという。

ただし食欲はある。昔から良く食べるほうで、

痩せてはいるが、今まで食べることを苦痛だと感じたことはない。

体は冷えやすい。特に冷えると尿意の切迫感が強まる。

だからこそ運動をして、体を温めるように努力している。

ただし夏の運動中、汗をかく時期になると尿閉が起こりやすい。

それほど大量に汗をかくわけではないが、今までの経験上、尿閉は夏に集中していた。

体調として、元気は元気である。

しかし、弱さはある。患者さまに見られる弱さは、この時点で、ある程度把握することができた。

老年期の男性である。

であれば誰しもが、それなりに排尿に問題が起こることは自然である。

背景には、おそらく老化現象がある。

そういう排尿障害であれば、漢方ではある病態をすぐに想起させる。

腎虚じんきょ

補腎薬、八味地黄丸はちみじおうがんの適応。

お年を召した方の排尿障害に、八味地黄丸は良く使われる。

そして効くことがある。通常であれば、この処方を使うことが自然なのかもしれない。

しかし、私にはそうは思えない。

腎虚と単なる老化とは、また違う概念である。

そしてはっきりと言える。今回は、絶対に八味地黄丸ではない。

証云々とは違う視点から、尿閉の原因を見極めなければならない。

尿閉を繰り返す悪化傾向にあるものの、前立腺の肥大自体が悪化しているわけではない。

そして手術の話も出ていない。この辺りがポイントであるように思える。

すなわち、前立腺の肥大による物理的圧迫によるものとは言い切れず、

より機能的な問題として生じている可能性が大いにあり得る。

さらに夏の運動中、汗をかく時期に起こりやすいという点に、無視できない何かがある。

血流の問題、かつ膀胱筋・膀胱括約筋などの筋肉活動の不全、この辺りが非常に怪しいという印象だった。

そうであれば、漢方治療にて改善を見込める可能性が高い。

通常、前立腺肥大による物理的圧迫では治療に時間がかかる。

今回は上手くいけば、比較的早い効果が表れるかも知れない。

であるならば。

私は患者さまに、ある症状を確認した。

夏場の運動中の様子。やはり、というお答え。

私は14日分の薬を出した。

チャレンジの14日間である。

遠方からご来局いただいた患者さまであり、

二回目も、わざわざお越し頂いた事に感謝しなければならない。

直に笑顔を見ることが出来たから。

著効。と言ってもよい結果が出た。

服用してすぐに、夜間の排尿が減った。

夜中4.5回は起きていた夜間尿が、服用した日から1回になった。

また昼も何となくトイレに行く回数が減り、

一回でザーッと、気持ちよく排尿できるようになった。

残尿感がないことが嬉しい。しっかり出切るため、尿漏れが起こることもなくなった。

ただしまだ、いきなり行きたくなる切迫感は残っている。

初手としては、上々の滑り出し。

ではあるが、今はまだ夏。予断が許される状況ではない。

私は患者さまに、今後どのように改善していく可能性があるのかを説明した。

今回の薬で行ったこと、そしてそれによるお体の変化。

そこから紐解ける、改善への流れ。

そして養生。この薬が効いたのであれば、生活上気を付けなければいけないことは自ずと導き出せる。

患者さまもそのことを十分に理解し、努めることを約束してくれた。

準備は整った。

あとは、症状の波に対応しながら、治癒へと向けて進むだけである。

三回目からは、お電話により状況を伺った。

やはり波はうった。しかし、それからは比較的調子の良い日が続いた。

症状の確認を続け、その都度薬力の調節を図る。

そして症状消失とは言わないまでも、良い状態が続きながら、一年が過ぎた。

その間、尿閉は起こらなかった。ただし、年末にまた一度、尿閉が起きてしまった。

病院にて対応し改善を見る。その後また繰り返すことを恐れたが、それは結局杞憂に終わり、その後はむしろ、さらに調子が良くなった。

患者さまも、よく養生を守ってくれた。

そして何で悪化するのか、それがこの治療を通してご自身の中で明確になられた。

それがとても大きいこと。

その後も調子の良い日が続き、全部で一年半が経った。

患者さまの体調は安定していた。

前立腺の肥大は変わることがなく、症状もだいぶ良い状態が続いていた。

そして新芽が芽吹く3月、患者さまがお電話でおっしゃられた。

薬を一旦休んでみたい。養生だけで、がんばってみたいと思う、と。

大賛成だった。

その自信があれば、おそらく薬などいらない。

症状も安定している。何よりも、ご自身の体を理解し、養生に自信が持てたからこそ、言っていただけた言葉だった。

治療の到達点。

治療の経験が、今後に活かせる終わり方。

病と伴に歩む。しかしその道は、ご自身の努力で明るく照らすことができるのだと。

それを現実のこととして、見させていただいた。

あれからまだご連絡が無いところをみると、

きっと今回の経験が、今も活き続けているのだと思う。



■病名別解説:「頻尿・尿漏れ・排尿困難(過活動膀胱・前立腺肥大など)

〇その他の参考症例:参考症例

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