72歳、男性。
膝の痛みを抱える患者さまからのご相談である。
痛みが発症したのが約2か月前。
ライフワークにしているハイキングの最中、
左膝に違和感を感じ、そこから徐々に痛みが強くなってきた。
痛みが起こった次の日、さっそく整形外科にかかった。
水は溜まっておらず、軟骨にも問題はない。
ただし炎症はあるということで、変形性膝関節症と診断された。
膝に痛み止めの注射を打ってもらい、しばらく様子をみていた。
しかし痛みは引かない。むしろ日を追うごとに痛みが強くなってきた。
お医者さんからはなるべく膝を休ませなさいと言われたが、
膝を使わないというのも、日常的にどうしても限界がある。
家の中で立ったり歩いたりするだけで、痛みが起こる。
安静にしているつもりではあるが、この調子だといつまでも治らないのではないかと心配になってきた。
そんなとき、友人から当薬局を紹介された。
どうにかならないかと思い、来局したとのことだった。
奥様と一緒にハイキングに行くのが楽しみなのだという。
今までずっと続けてきた。ハイキングを通じてできた仲間も沢山いる。
しかし今は膝の痛みのために休まざるを得なかった。
また何とかハイキングに行けるようになりたい。
そういう想いからの、ご来局だった。
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年齢72歳。しかし、見た目に若々しい。
60代前後に見える。立派な体つきをされていた。
おそらく日ごろから行っていたハイキングのおかげだろう。
膝の痛みのため歩き方こそぎこちないものの、
姿勢が良く、膝回りにも筋肉がしっかりとついていた。
左ひざは確かに若干腫れていた。
ただし右ひざと比べてもそこまで顕著ではない。良く見ないと分からないという程度である。
全身の体格、腫れの程度。
これらの状態から鑑みると、この膝は比較的治しやすいと感じた。
無理な運動は禁物ではあるが、おそらく改善は可能である。
安静を約束してもらうと伴に、まずは一週間分の煎じ薬をお出しした。
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一週間後、患者さまは笑顔で来局された。
著効である。前に比べれば、痛みが7割方改善しているということだった。
煎じ薬の味も問題ない。
胃もたれなど、不快な症状が起こることもなかった。
今はもう立ち上がりなどでは問題がないレベルになったが、
階段ではやはり痛みが発生し、足を冷やすと痛みが悪化するという。
同処方を継続する。14日分で様子を見ていくことにした。
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その後一カ月たち、患者さまの膝はだいぶ良くなった。
すでに9割方改善している。日常生活で気になることもほとんど無くなった。
改善のスピードとしては速い。
おそらく患者さまも、膝に負担のない生活を相当気を付けられていたはずである。
治療の完了は近い。
もうしばらくの辛抱ですと、今一度養生を続けて頂くようお伝えした。
その2週間後。
アクシデントが発生する。
膝の痛みが再度悪化してきているという。
リハビリの意味で軽めの山を登った。
その際、足をかなり冷やしたとのことだった。
まずいと思ったのもつかの間、
次の日から左ひざの痛みが強くなってきた。
しかも今まで効いていた漢方薬の効きが悪い気がする。
この前までは飲むとすぐ良くなった。しかし今回の痛みはなかなか引かないという。
変形性膝関節症、その治療において、実はこういう事態は多発するケースである。
一旦良くなれば誰しもが安心する。
嬉しさのあまり、徐々に活動量が増えることは自然なことでもある。
しかし、いくら痛みがなくなっても一カ月では完治は難しい。
毎日の負担を漢方薬で消してはいたものの、いざ活動量が閾値を超えた時、今までにない負担から膝は悲鳴をあげてしまう。
漢方治療においては、ここが勝負である。
痛み方を確認すると、今度の痛みは今までとは違った。
膝にほとんど腫れはない。むしろ下肢の冷えが強いという。
おそらく膝というよりも、それを支えている筋肉の問題。
膝関節の炎症には間違いないが、それよりも下肢の血行障害に起因した痛みを想定した。
薬方を変更する。
今までとは真逆といっても良い処方、「湿病(しつびょう)」から「血痺(けっぴ)」への転換である。
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一週間後。
患者さまを見て安堵した。
スタスタと歩いてご来局された。薬が上手く効いてくれたようである。
薬を変えてから非常に調子が良い。痛みのレベルは8割方改善していた。
しかも服用してすぐに体が温まる感覚があった。
温泉に入っているような感覚。おまけにぐっすりと良く眠れたようである。
「今度は油断しませんよ。」
私が伝える前に、患者さまはそう言ってにやりと笑った。
失敗は成功のもと。もう私から養生を促す必要もなかった。
それ以来患者さまは、漢方薬をきっちり服用し続けた。
そこから全部で4か月。
飲んでいると体が軽いからと、膝の痛みがなくなった後もしばらく続けた結果だった。
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治療が終了したのは、今から一年前のこと。
そしてあれ以来、患者さまとは一度もお会いしていない。
でもきっと今頃は、奥様と一緒に春の山を散策されていると思う。
そして便りがない所をみると、自分のお体と向き合いながら、無理せず穏やかに楽しまれているはずである。
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■病名別解説:「変形性膝関節症(膝の痛み)」
〇その他の参考症例:参考症例