■症例:小児喘息(咳喘息)

夏の暑さを残す初秋。

お母さまに手を引かれて、3才の男の子が来局した。

おとなしい子だった。

子供であれば、じっとしていない・話を聞かない、それが普通である。
しかしこの男の子には、当然あるべきこれらの様子が全くなかった。

椅子に座ると少しだけ胸を上下させながら、小さく細く息をはいている。
その横で、お母さまは心配そうな・辛そうな表情をされていた。

土気色の顔、気力を失った瞳。
男の子から滲み出ていたものは、明確な体調不良。見た目にも明らかだった。

そして、そんな我が子を見ているお母さまの心労もまた、痛いほどに感じる。
察するに余りあるとは、当にこのことだった。

2週間前から咳が止まらない。

もともと去年の冬から、風邪をひくと咳をこじらせるようになった。
ただし熱は無く、夜になるとゼロゼロと咽を鳴らして咳が止まらないのだという。

診断は「咳喘息」。

病院にて始め五虎湯(ごことう)を出され、やや効いた感覚があった。
しかしなかなか完治しない。その後、変方を繰り返しながら様々な漢方薬を処方されてきた。

柴朴湯(さいぼくとう)・小青竜湯(しょうせいりゅうとう)・麦門冬湯(ばくもんどうとう)。
みな喘息に良いとされる処方たちである。

しかし、これらを飲んでも一向に回復する気配がない。
そうこうしているうちに、明らかに元気が無くなってきてしまった。

お話を聞く中で、少々気になる所があった。
治りにくいということに、どこか納得されている様子がある。

お母さまはこちらが聞くより先に、「実は・・」と今までの病歴をお話になられた。
努力と苦心としか言いようのない、親子による闘病の歴史だった。

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男の子にはもともと重症のアトピーがあった。

今でこそ綺麗にはなったが、かなりひどい状態だったようである。

科学合成された薬を用いる西洋医学に疑問を持ち、
それならばと、毎日の食生活を改め、様々な工夫を試されてきた。

時に治療に時間がかかることの多いアトピー性皮膚炎は、
長期管理の必要性から、皮膚科の先生でさえうまく治癒へと導けない場合がある。

その中でお母さまは医療の手を借りずして、自分自身で試行錯誤を繰り返されてきた。
知識を学びそして試し、本当に必要なことを的確に選び抜いていったに違いない。

それこそ必死の思いで治そうと努力されてきたはずである。

根気がいることは間違いない。そして実際にアトピーを終息へと導いてきた。
この男の子の皮膚を治したのは、間違いなくお母さまの知識と努力とである。

その経緯もあって、今回の咳も西洋医学的治療に躊躇があった。
そこで漢方薬を扱う医療機関へと足を運ばれていた。

様々な漢方薬を試すもなかなか完治へと向かわない。
それでも今までのご経験がある。養生の工夫を続けているうちに治るのではないか、そういう希望も持たれていたと思う。

しばらくすると食欲が無くなってきた。
体をだるがり、すぐ横になるようになった。
夜眠くなりだすと、きまって咳が起こり、
明らかに元気がなくなり、体重も落ちてきた。

この時のお母さまの心境、不安という言葉では片付けられなかったと思う。
この子はこのままどうにかなってしまうのではないか。

藁にもすがる想いでのご来局だった。

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咳喘息に対して「肺」の治療を行う。

西洋医学であれば、多分それで良い。
しかしそのような運用では漢方を語ることは出来ない。

五虎湯を用い、小青竜湯に変方し、柴朴湯に変えて、効かなければ麦門冬湯を試す。
広く肺の治療を行ってきたこれらの手段は、本を紐解けば正解として記載されている常道である。

しかし、それはあくまで常道。この男の子の場合には通用しない。
それは一目瞭然で、観た段階ではっきりと分かった。

先ず治すべきは「肺」ではない。

治そうとする力の虚弱。
人には元来、病を治そうとする力がある。
その力は時に消耗し、それ故、普通であれば治る常道が効かなくなる。

面色痿黄(めんしょくいおう:くすんだ肌の色)、
四肢羸痩(ししるいそう:手足の削げた細さ)。
かつ眼精無力(がんせいむりょく:眼に力がない)に
不思飲食(ふしいんしょく:食欲がない)もある。

古人が提言した明らかなる虚の症候。
故に治療は「補」を先とする。

これらの虚は気と捉えられやすい。
つまり「気虚」。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などが適応する病態、しかしそうではなかった。

この子の場合は成長期という要素を無視するわけにはいかない。
人が一生において最も強力に発動する需要。大なる流れで観れば、これは明らかに「陰陽」の虚である。

「腹中の陽を復すと伴に、食穀を導き陰を益す」。

つまり治すべきは、先ず「腹(はら)」である。

あとはどの程度まで、虚が進行しているのか。

男の子は相談の最中、椅子に丸くなって寝てしまっていた。
私はある症候を確認した。なるほど、これならそこまで落ちていない。

私は「治ります」と告げた。最初に出した薬は4日分だった。

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4日後、来局時に男の子が発した「こんにちは!」という声。
嬉しかった。ちゃんとお腹から出ていなければ、この声は出せないと思った。

ぐたっとした気力の無さが消え、元気が出てきた。
そして食欲も増えて、咳の発作が無くなっていた。

特徴的なのがお通じの変化だった。
飲み始めてすぐ、一度だけ軟便のお通じがたくさん出たという。

お腹に溜まっていた悪いものが全部出た感じ、とお母さまはおっしゃられた。
その通りだった。動かなかったお腹が動き始めた証拠だった。

その後、男の子は順調な回復を見せた。

一時ポツポツとした発疹がおでこに出たものの、
私は服用を続けるようお話しした。2週間後にはそれも消失した。

一カ月経ち、症状の消失を見て服用回数を減らし、
その後、お薬を改良しながら3か月続けてもらった。

そして年があけたころ、男の子の外見は別人になった。

丸く肉がついて、目にも好奇心が輝いている。
実に子供らしい、本来の男の子の姿だった。

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私が「治ります」と伝えた時、

お母さまの目からは涙がこぼれた。

その涙は、今までの努力の結晶だった。
ご自身で頑張って来られたからこそ流れた涙だった。

しかもその努力は正しかった。実際にアトピーを完治させ得たのだ。

我々でも難しいことを成し遂げたその姿勢ならば、
薬は補佐で良い。ずっと服用する必要もなかった。

全部で4か月服用した後は、漢方薬を廃薬。
あとは今までの養生を続けてもらうようお願いした。

男の子もお母さんも、私もそしてスタッフも、みんな笑顔でバイバイした。

元気な子にはエネルギーがある。みんなを笑顔にするエネルギーだった。



■病名別解説:「喘息・気管支喘息・小児喘息

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