40代、男性。
実に十年間にわたる後鼻漏(こうびろう)に苦しめられていた。
鼻の後ろから咽の方に鼻水が垂れてくる症状を後鼻漏という。
きっかけは10年前にひいた風邪だった。その後、副鼻腔炎を起こし、そこから症状が始まった。
半年前、何とか改善しようと一念発起し、耳鼻科にかかる。
しかし、もう治っているよと言われた。治療する必要はないということで、薬を出してもらえなかった。
納得がいかなかった。鼻水が後ろに流れて不快でたまらない。
諦めきれずネットで調べると、漢方治療が良いと書いてあった。
漢方薬で治るのか・・・半信半疑ではある。
しかし試してみようと思った。とにかく症状を良くしたい。毎日が不快でたまらなかった。
「漢方薬で良くなりますか?」
患者さまが最初に尋ねた私への質問である。
「治る可能性はもちろんあります。まずは状態を聞かせてください。」
そうお伝えして、お体の状態を詳しく伺った。
患者さまの後鼻漏には、良い時と悪い時とがあった。
調子が良いと、ベタつくような白濁した痰が下り、
調子が悪いと、多量の薄い痰がとめどなく流れてくるという。
そして炭酸や辛い物を食べると必ず後鼻漏が悪化し、その一方でバファリン(解熱鎮痛薬)を飲むと後鼻漏が減る。そのため市販のバファリンを毎日服用されていた。
鼻の症状は確かに程度の重い後鼻漏である。
しかしそれ以外は、総じて元気そのものだった。
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漢方薬には鼻に良いとされるものがいくつかある。
有名なところでいえば「辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)」、チクナインという商品名で市販で売られてもいる。
とても良い薬だし、私も辛夷清肺湯を使うことはある。
今回の患者さまのように、身体は元気だが鼻だけ症状がある、という場合では特にこういう「鼻の薬」として有名なものを使いたくなる。
ただし、そのような使い方では決して効果を発揮することはできない。
すべての後鼻漏がこの薬で改善するわけではないからである。
漢方にて後鼻漏を治療する場合に最も重要なこと、それは後鼻漏を東洋医学的に捉えられているかどうか、である。
後鼻漏には段階がある。発症してから時間軸に沿った段階があり、これを漢方では古くから一つの流れとして提示してきた。
そしてその段階によって、治療方法も適応処方も変化する。
したがってそれを見極めずして一律的に処方を使ったとしても、決して効果を引き出すことはできない。
今回の患者さまの状態を、その流れに当てはめてみるとどうなるのか。
10年来、漫然と継続する後鼻漏、良い時と悪い時とがあるにしても、決して完治することがない。
まさに一度おきた炎症がいつまで経っても収まらず淀み続ける状態、この「淀み」が後鼻漏の段階における一つの範疇に属している。
そしてなぜ「淀む」のか。ここにも原因がある。
今回の患者さまの場合、ポイントになるのは「胃」。
おそらく病院にて検査したところで問題は指摘されないだろう。
しかしそれでも胃に不調がある。だからこそ胃を刺激する食べ物で後鼻漏が悪化するのである。
そして最後に最も重要なこと。
それは鼻の「淀み」と不調を抱えた胃、これら両者が互いに関連して起こることがある、という経験則に基づいた事実である。
私は副鼻腔の「淀み」を洗い流すと同時に、スムーズな胃活動へと導く薬方を出した。
大河の淀みを清め、胃海へと導く。漢方にはそういう薬がある。
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効き目は比較的に早く表れた。
二週間後、後鼻漏が軽くなってきているという。
同時に便通が良くなり、さらにお小水の出が良くなったようだ。
そういえば、たまに軽く寒気がして頭がポーっとする感覚があったという。
漢方薬を服用してから、その感覚が綺麗に無くなったとおっしゃられていた。
私は同処方を継続した。
一か月後、後鼻漏の程度が半分になった。バファリンはもう止めている。
三カ月後、後鼻漏が八割方改善し、ほとんど気にならないレベルになったと喜ばれた。
治療がうまく進み、症状の気にならない日が増えてくると、逆にどのようなことで悪化するのかが分かりやすくなってくるということが良くある。
患者さまの場合、食べ過ぎて胃がもたれた時に悪化するということが、最近ハッキリとわかるようになってきたという。
納得である。やはり胃に少なからざる負担があったわけだ。食事の節制を約束してもらい、残り一カ月間、服用を続けてもらった。
全部で四カ月経ったころ、長年の後鼻漏は嘘のように消えていた。
鼻の淀みを取ったんですと患者さまにご説明した。
なるほど最近匂いが分かりやすくなったと納得されていた。笑顔でそう話す患者さまの鼻筋は、心なしかすっきりとして見えた。
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■病名別解説:「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏」
■コラム:「蓄膿症・後鼻漏・慢性副鼻腔炎 ~漢方薬で治る?その実際のところ~」
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