58歳、女性。
更年期障害。
発症したのは49歳の時。
実に10年に及ぶ症状に苦しまれていた。
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ある時、突然動悸が起こり、それに伴い多量の汗が噴き出すようになった。
更年期障害に伴うホットフラッシュ。
そう診断され、病院にて治療を行うも改善をみない。
そこで、時が過ぎるのを待とうと思った。
更年期に起こる症状なのだから、時間が経てば治るだろうと思ったからだ。
そのまま10年が経った。
症状は一向に良くならないまま。
しかも30分に一回は起きる。結局、時間は解決してくれなかった。
そろそろ60代である。時だけが過ぎてしまった。
苛立ちと不安とが混在していて当然である。
患者さまの暗い面持ちは、10年間悩み続けた苦しみを物語っていた。
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更年期とは、閉経前後45歳から55歳くらいの期間をいう。
この時期に伴う不快な症候群を更年期障害というが、通常であれば時を経て自然と改善していくケースも確かに多い。
しかし今回の患者さまのように、更年期を過ぎても症状が治まらないという方がいる。
その理由はなぜか。
更年期障害という枠組みだければ語れない、より深く刻まれた体調不良が介在しているからである。
そしてそれは、誰しもに共通するものではない。
今までの経験上、体調不良の原因は各個人で全く異なってくる。
まずは大枠を掴む。次に、細部を詰める。
この個人差を正確に見極めることが出来るかどうか。
それが今回の治療が成功するかどうかの分かれ道である。
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症状を詳しく伺う。
ホットフラッシュは、きっかけを問わずに突然起こる。
急に左胸が動き出して口から出そうなほどの強力な鼓動を生じ、
この時何とも言えない不快感が伴い、精神的に非常にキツくなるのだという。
そして上半身が熱くなって首から上、ひどいと全身から汗が噴き出す。
さらに汗をかいた後は、脱力感と伴にサーっ背筋が寒くなってくる。
この形態の発作が、一日に数えきれないほど起こっていた。
食欲旺盛、二便(大便・小便)正常。
体格は悪くなく、削げた所はない。
発症五年後の54歳までは月経が順調にあり、そこからピタリと止まった。
疲労感を問えば、肉体的なものよりも精神的に疲れるという回答だった。
立ちくらみがあり、時に世界が回るような目眩(めまい)を覚える。
月に2回程度の頭痛、天気に左右されるのは目眩と同じだった。
手足煩熱なく、音にイライラしてやや眠りが浅い。
さまざまな症状を呈している。ただしこの時点で、病態の大枠を捉えることが出来た。
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女性が閉経を迎えるのは、妊娠という機能を終えるためではない。
それは結果に過ぎない。本質的には、女性が健やかに生き続けるためにある。
もし月経が一生続くならば、女性の生はおそらくもっと過酷だろう。
月経というメカニズムは、それほどに消耗の強い状況を女性に強いている。
だから月一の出血という機序を閉じる。それによって肉体的に消耗しにくい状況を作り出す。
人生の中盤から後半を迎えるにあたって、これからも女性としての生を謳歌するために、閉経へと向かうのである。
ただしそのブレーキの踏み方には、人によって差がある。
本来であれば緩やかに、そして確実にブレーキを踏むことが望ましい。
しかし人によっては、ブレーキが固まってしまう人がいる。そして逆に、ブレーキを踏み切れない方もいる。
例えばブレーキを踏む力の強い人は、その力故に月経閉止前に踏み始め、かつブレーキが固まり戻せなくなってしまう。
逆に踏む力の弱い人はいつまでも月経が閉止しない。だらだらと出血を続け、出血が終わってからやっとブレーキが踏めるようになる。
閉経にまつわる病態においては、前者を「実」、後者を「虚」という。
当然これだければ語りきれない簡易的な説明ではある。
しかしこれが大枠。今回の患者さまを、先ずはこの視点で観なければならない。
消耗を止めるためのブレーキをどのように踏み始めたのか。
そして踏んだ後、体がどのように反応したのか。
月経閉止前の発症、その後の興奮状態の固定化。
師曰く「有余の血」。明らかに「実」の状態だった。
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急激に踏んだブレーキの余波が、10年間も継続していた。
ここまでは明白。しかし、今回はここからが本題である。
患者さまのブレーキは強い。しかしなぜ固まってしまったのか。
興奮状態が固定化されている原因を見極めなければ、具体的な処方にたどり着くことは出来ない。
今回、私はかなり悩んだ。
桂枝と柴胡が使いにくい。そう思ったからだ。
シナモンが嫌い。桂枝はきっと合わないと思った。
さらに柴胡・芍薬で緩める緊張を感じない。そして逐(お)うべき血の詰まりも感じなかった。
何か見落としている点がある。一通りの問診を終えて、私は無言でカルテを見つめた。
逐(お)うべきは血か?
この疑問が、解答へのきっかけになった。
私はすかさず手のひらを自分の背にあてた。
そして患者さまにこう訪ねた。「背中のこの部分、冷えませんか?」と。
答えはイエスだった。そこを温めると、気分が良いという。
浅田宗伯曰く「背七八推の処(ところ)、手掌大の如き程に限りて冷ゆるもの」と。
細部が埋まった。
まず用いるべきは、駆痰(くたん)の剤だった。
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煎じ薬をお渡しして14日後、
患者さまは、以前より晴れたお顔でご来局された。
漢方薬は美味しかった。そしてのぼせの頻度は変わらないが、発汗後の脱力感がかなり楽になったという。
薬をお渡しする時、私は煎じる時に行っていただくあるコツをお伝えしておいた。
その調節が今回のキモになる。そしてそれが非常に大切だということも、実感して頂けたようだった。
私は薬の改良を続けた。患者さまも毎日頑張って調節を続けてくれた。
約二カ月経ったときには、7割方が改善。
動悸・のぼせ・発汗がだいぶ無くなり、以前と比べれば、格段に生活が楽になったと喜ばれていた。
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治療はその後も順調に進んだ。
10年間継続した更年期障害は、結局のところ5カ月の服用でほぼ消失した。
治ってみれば、長年苦しまれていたことも幻に思えてくる。
こんなことなら、もっと早めに始めていればよかったと、おっしゃられていた。
人生の後半へ向けて、女性が健やかに生きるために行われる閉経。
体が自然と行う生理現象だからこそ、一度乱れれば自分で調節することは難しい。
しかしだからこそ、我慢せず、専門家に頼って欲しいと思う。
改善する余地は必ずある。健やかに生きようとする力が、人間にはもとから備わっているのだから。
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■病名別解説:「更年期障害」
〇その他の参考症例:参考症例