■症例:気管支喘息

人は様々なことが複雑に絡み合った状態が、普通、である。

典型的なパターンというものを知ることは重要である。
しかし現実的にはそれほど存在しないものである。

絡み、こじれた所から、どのように紐を解くのか。
そして、その歪みに気づくことができるのかどうか。

実際の臨床において、常に考え続けなければいけない命題である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

71歳、男性。

体格良く背広を着こなす姿には、一城の主といった貫禄があった。

しかし背が折れ、肩をゆっくりと上下させている。
頬にほんのりと赤味がさしていて、息苦しそうに細く・長く息を吐いていた。

気管支喘息。言葉を交わす前に、そのことを理解する。

発症は約2年前。
病院にてシムビコート(吸入薬)を処方されている。そのためか発作は何とか治まっているという。

新年が始まり、早々の来局だった。
寒い時期である。冷えると特に調子が悪い。
また朝が特につらく、透明な痰が出て、切れにくく息苦しいのだという。

唯一の救いは風呂だった。
ゆっくり温まった夜や朝は、比較的楽なようだ。

なるほど、ということは・・・とカルテに薬方を書こうとした時だった。

「むかし心筋梗塞をやり、心臓にステントが入っている」というのである。字を書く手が止まった。

重要な情報である。心臓の弱り。
この場合、使用に際して厳重な注意を払わなければいけない生薬がある。

頬にほんのりと赤味をさしている点、
そして西洋医学的な気管支喘息治療が効果を示さず、むしろ徐々に悪化しているという点、
これら総合的な情報が、私の考えにアラートを鳴らす。

私は頭にあった処方に重要な変更を加えた。

恐らくこの方は、単純な気管支喘息を患っているわけではない。
背景に軽い心臓性喘息(左心不全による肺のうっ血)を伴っている可能性がある。

この両者では治療方法が全く異なる。
気管支喘息治療薬の中には心臓に負担をかけるものがあり、
選択を間違えると気管支喘息が改善しないばかりか、心臓機能を悪化しかねない。

この方は定期的に心臓の検査はしているという。
そして特に問題はない。しかし私は、それでも心臓の不調を否定しきれなかった。

その判断の結果は、良い方向に転んでくれた。

二週間後、四週間後と、順調に呼吸が楽になっていった。
そして3か月後には、7割がた改善している状態になった。

患者さんが「呼吸が楽でうれしい」といってくれたのを聞きながら、
私はホッと胸をなでおろした。

心臓の弱りに気が付けなければ、私は失敗していたかも知れない。
そのことを確認できないまま、薬方を決定する寸前までいったことに猛省しなければならない。

病に単純なものなど無い。
臨床に慣れれば慣れるほど、それを忘れてはいけないと自分を戒めた症例である。

■病名別解説:「喘息・気管支喘息