人は様々なことが複雑に絡み合った状態が、普通、である。
典型的なパターンというものを知ることは重要である。
しかし現実的にはそれほど存在しないものである。
絡み、こじれた所から、どのように紐を解くのか。
そして、その歪みに気づくことができるのかどうか。
実際の臨床において、常に考え続けなければいけない命題である。
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71歳、男性。
体格良く背広を着こなす姿には、一城の主といった貫禄があった。
しかし背が折れ、肩をゆっくりと上下させている。
頬にほんのりと赤味がさしていて、息苦しそうに細く・長く息を吐いていた。
気管支喘息。言葉を交わす前に、そのことを理解する。
発症は約2年前。
病院にてシムビコート(吸入薬)を処方されている。そのためか発作は何とか治まっているという。
新年が始まり、早々の来局だった。
寒い時期である。冷えると特に調子が悪い。
また朝が特につらく、透明な痰が出て、切れにくく息苦しいのだという。
唯一の救いは風呂だった。
ゆっくり温まった夜や朝は、比較的楽なようだ。
なるほど、ということは・・・とカルテに薬方を書こうとした時だった。
「むかし心筋梗塞をやり、心臓にステントが入っている」というのである。字を書く手が止まった。
重要な情報である。心臓の弱り。
この場合、使用に際して厳重な注意を払わなければいけない生薬がある。
頬にほんのりと赤味をさしている点、
そして西洋医学的な気管支喘息治療が効果を示さず、むしろ徐々に悪化しているという点、
これら総合的な情報が、私の考えにアラートを鳴らす。
私は頭にあった処方に重要な変更を加えた。
恐らくこの方は、単純な気管支喘息を患っているわけではない。
背景に軽い心臓性喘息(左心不全による肺のうっ血)を伴っている可能性がある。
この両者では治療方法が全く異なる。
気管支喘息治療薬の中には心臓に負担をかけるものがあり、
選択を間違えると気管支喘息が改善しないばかりか、心臓機能を悪化しかねない。
この方は定期的に心臓の検査はしているという。
そして特に問題はない。しかし私は、それでも心臓の不調を否定しきれなかった。
その判断の結果は、良い方向に転んでくれた。
二週間後、四週間後と、順調に呼吸が楽になっていった。
そして3か月後には、7割がた改善している状態になった。
患者さんが「呼吸が楽でうれしい」といってくれたのを聞きながら、
私はホッと胸をなでおろした。
心臓の弱りに気が付けなければ、私は失敗していたかも知れない。
そのことを確認できないまま、薬方を決定する寸前までいったことに猛省しなければならない。
病に単純なものなど無い。
臨床に慣れれば慣れるほど、それを忘れてはいけないと自分を戒めた症例である。
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■病名別解説:「喘息・気管支喘息」
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