■症例:片頭痛

病と伴に歩む生活。

それがどういう事なのか。

健康な方がそれを理解することは、実は難しい。
頭で考える事とは、かなり違うものである。

例えば、おしゃれに興味のある女の子。
ネットで洋服を見たり、友達と買い物に行ったりする。

でもその時にもし、割れんばかりの頭痛が起こる恐怖を常に抱えていたら。

本当に楽しめるだろうか。
心から友達たちと笑い合えるだろうか。

そしてその興味を、この先もずっと持ち続けることが出来るだろうか。

病は人生を変えるし、
辛い症状は未来への考え方をどうしたって変えてしまう。

日常的に苦しまなければならない症状であればあるほど、
その傾向は特に強いと思う。

取分け片頭痛は、なかなか治らないために、治療自体を諦めている方が多い。

突然起こる激痛におびえることのない生活。

漢方治療はもっと見直されても良い。
治療によって変わる患者さまの表情を見ていると、そう思うことが多々ある。

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18歳、女性。高校三年生。

初診は11月。
受験を控えた冬、お母さまと一緒にご来局された。

今でもその時の顔色を思い出す。白を通り越して青かった。
そして頭痛に苦しむ方特有の目。どんよりと曇り、活力を感じなかった。

片頭痛。そう診断されたのが3年前である。

今までは病院で出された鎮痛薬で何とかしのいでいた。
しかし今年の夏ぐらいから酷くなった。鎮痛剤が全く効かなくなってしまった。

そして一カ月前からさらに酷くなる。
ほぼ毎日痛み、ひどいと吐き気がこみ上げて何もできなくなった。

受験を控えた時期。
勉強することはおろか、学校へ行くことさえ難しくなっている。

当然不安なはずである。本番まで、もう半年もない。
しかしそれさえも感じさせないほど、目の前に座っている女の子は暗く、静かだった。

迅速な治療が求められる今回のケース。

まず感じたのは、全身から滲み出す「冷え」の症候だった。

面色青白く、線の細いからだ。
手足が冷えやすく、特に足首が常に冷えていた。

「寒証(かんしょう)」。

明らかに冷えに属する頭痛である。

「温めなければこの頭痛は取れない」。
治療方針をそう断じて、細部を詰めるべく、お体の状態を詳しく伺った。

疲労感が強く、体が重い。

頭痛は雨が降るときに強くなる。
また月経前にも酷くなる傾向があった。

激しい月経痛と、月経中に酷くなるだるさ。

食欲はあるが、普段から少食。
少し食べ過ぎると、すぐに胃がもたれるのだという。

頭痛は頭全体がズキズキと痛み、酷いと吐き気、特に朝と夜とにひどくなる。

そして頭痛と同時に、頭部に熱感を伴うようだった。

激痛と同時に頭が熱くなる。
熱くなりつつも、芯が冷えているという感覚。

そして最近特に、熱を伴う頻度が増えている。
うまく表現できないけれど・・と、小声で話されていた。

頭痛に伴う頭部の熱感と、芯の冷え。
不思議な症候だが、実は片頭痛ではよくあることである。

そして漢方ではある病態を示す重要症候の一つだった。

「煩躁(はんそう)」。

煩わしく手足をばたつかせるという意味だが、
それ以上に深淵な意味を持つ言葉である。

人は急激かつ極端に冷えると、
その冷えを温めようと自律神経の異常興奮を生じる。

その興奮は身体の「火」となり、
頭部や四肢といった末端にまで火熱が波及することになる。

しかし、いくら火を焚いても芯部の冷えは取れない。
するとその火はさらに燃える。冷えを取るために、勢いを増さざるを得ない。

その結果、からだに極端な興奮状態を生じる。
激痛と同時に発生する熱感と冷え。異常な煩わしさを発生させる、これが「煩躁」である。

つまり「真寒仮熱(しんかんかねつ)」に伴う「煩躁」。

呉茱萸湯(ごしゅゆとう)の正証だった。

お出ししたのは一週間分。

おそらく効果があるだろうと、予測した上での短期投与だった。

相当不味いですよと釘を刺しておいた。
患者さまは覚悟して飲んでくれた。一週間後の来局時、不味いけど飲めましたと言っていただけた。

飲めている時点で私は安堵した。
この薬は味が最大の障壁になる。ある程度飲めているならば効くことが多いからだ。

しかし、予測は完全に裏切られた。

体は確かに温まった。そして胃も楽になった気がする。
しかし頭痛は一切変わらなかった。一週間ずっと、全くと言っていいほど痛みは変わらなかった。

漢方薬なのだから長く飲まないと効かない。
患者さまはそう覚悟されていて、変化のない頭痛にも対しても特に苦を示さなかった。

しかし、私には強烈な違和感があった。
この状況でこの薬ならば、経験的に変化が起こるはずだった。

「この薬ではない」

私はそう結論付けた。このまま続けたとしても、おそらく頭痛は良くならない。

もう一度考え直す。
こういう時は十中八九、何かを見落としているはずだった。

ポイントになるのは、やはり「煩躁(はんそう)」である。

「煩躁」は、ある。
これは確かにある。

極端な冷えと、それに伴う火(異常興奮)。
これもある。患者さまが呈している症候からも、矛盾なく、明らかだった。

しかし症状をよくよく確認すると、
見落としていたものが確かにあった。

「煩という現象は寒・熱だけでは論じられない」という点。

そこを大きく見落としていた故に、呉茱萸湯では痛みが変化しなかったのである。

思えば、患者さまはずっと訴えていた。
曰く、だるい。曰く、重いと。

一点、患者さまにもう一度症状を確認した。

やはり・・・。

この「煩躁」を治すべき温薬は、呉茱萸湯ではなかった。

薬を変方して一週間後。

今度の薬は、明らかに著効を示した。

飲み始めて2日、毎日続いていた頭痛が減弱する。
そして3日目、寝起きの頭痛が激減し、午後から学校へと行くことが出来た。

はっきりと感じたのは目の光だった。
曇りが消えている。心なしか肌が淡く桜色を帯びているようにも見えた。

体のだるさはまだある。十分に改善しているとは未だ言い難い。

しかし、それでも本人にとっては劇的な変化だったようだ。
こぼれるという表現が相応しい、そんな笑顔を私に見せてくれた。

同方を継続して一月後、頭痛は完全に消失した。

体調も良くなった。体が軽くなり、学校へも毎日行けるようになっていた。

この時点で、私は薬に幾ばくかの改良を加えた。
受験勉強による疲労を去る、そして未だ残る月経痛を同治するためである。

彼女の体調は日に日に良くなり、そして、いよいよ2月を迎えた。

受験の本番が近い。この状態なら、体調を気にすることなく受験に臨めるはずだった。

そして何よりも、本人の前向きな姿勢が頼もしかった。
もう以前の彼女ではなかった。これから迎える大学生活、その瞳はまっすぐと前を向いていた。

晴れて合格した彼女は、高校生から大学生になった。

そして彼女は変わった。髪色が金になり、明るく可愛らしい格好をするようになった。

はじめて来局された時とは、まるで別人である。

しかしそれは、彼女がなりたかった本当の自分になれたということ。
山吹色の髪が、白い肌によく似合っていた。

体調が変わると心が変わる。

病が人を変えるのと同じように、健康もまた人を変えていく。

彼女が見ている未来は、きっと半年前と同じではない。
「悪い男にひっかからないように」と伝えると、彼女は歯を見せて笑って、最後の薬を受けとった。



■病名別解説:「頭痛・片頭痛

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