11月の中旬、これから寒さが深まるという時期に、
県外から高校三年生の女の子が、お母さまと一緒にご来局された。
一見してその子には、成長期特有のひ弱さはない。
しかし色白を超えて蒼白な顔色と、重たそうな瞼が、
得ている病を物語っていた。起立性調節障害。病院で診断された病名である。
昨年の8月、夏の時期に部活を頑張り、
そのままテスト勉強に移行。疲れが極まり、9月に発熱を起こした。
その後、熱は治まるも朝起きることができなくなり、
2ケ月間、学校へ行くことができなかった。
病院に通った後、治療するべく訪れた近くの漢方薬局で、
補中益気湯をもとにした煎じ薬を出され、服用を続けた。
そして回復へと向かう。一時、学校へも行けるようになった。
しかし、三週間前にまた朝がつらくなり、
そして現状、学校には全く行けていないという。
今回の再発は、ちょうど体育大会とテストとが重なったのと、
月経がさらに重なった時だった。
補中益気湯を飲んではいるが、以前のように効いてはくれない。
高校三年生、受験を控えている中、
このままの体調が継続してしまえば、進路に差し障る。
本人もお母さまも当然のこととして、口調に焦りを滲ませていた。
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今までの経緯を聞いて、まず感じたのは、
この子はきっと良くなる、という感触だった。
当然、楽観視ができる状況ではないし、
的確な治療が行われれば、という条件付きではある。
しかし、ここまで病の経緯に矛盾がなければ、
治療のためにやらなければいけないことは、明白だった。
詳しく状況を伺う。
中肉中背、やや浮腫みを帯びた顔。
朝6時に目は開くものの、実際に起き上がれるまでに4時間はかかる。
その間、頭がボーっとして、こめかみに頭痛を伴い、
時に吐き気を伴う。立ちくらみが酷く、とにかく毎朝体がだるくて起き上がれないという。
ただし食欲は旺盛。朝から食事を摂ることができる。
口の渇きを聞くと、少し渇く感覚はあるという。
特に長湯するのが好きで、風呂上りには咽が渇く。
二便(大便・小便)正常、下痢することもなく、
小水の出が、やや遠いかも知れないとのことだった。
月経前では頭痛が強くなる。
初日に腹痛・下痢を起こすものの、毎回ではないという。
その他、さまざまな症状を包括して聞いたところで、
私はペンを置き、彼女に聞いた。
シナモンは好きですか、と。
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一通り症状を確認した上で、
私の最初の想定に、それほど矛盾はなかった。
この子が何故こうなってしまったのか。
その原因を端的に言えば、明らかに「頑張り過ぎたから」である。
部活を頑張り、勉強を頑張り、学校行事を頑張った。
その結果として体力を消耗した。
そして同時に、未だに回復していない何かがあった。
だから再び波を打つ。
良くなったとしても、また力を失ってしまう。
先に治療された先生は、おそらくそれを「気」だと捉えたのだろう。
補気の名方・補中益気湯。一旦良くなったことを考えても、それが間違いだとは言えない。
しかし、再発してしまう状況から考えても、それが正しいとも言えない。
私が感じたのは「気」ではなく、
むしろ「水」だった。
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水の失調。
この子から抜けたのは、明らかに「水」である。
まずは夏場の部活で汗をかき、さらに体育大会でまた汗をかいた。
水が抜け、そして抜けた水が未だに回復していない。
多分未だに抜け続けていて、毎日お風呂に長く浸かっていることからその可能性が伺える。
まず補うべきは「水」、
ではあるが、単に水を補えば治る、という問題でもなかった。
例えば生脈散という処方がある。
水(津液)を補う処方として、起立性調節障害にも使われることがある。
また水をたくさん飲むという手法もある。
しかし、生脈散でも水をたくさん飲んでも、今回の「水」はおそらく回復しないだろう。
なぜならば、水は補うものではなく、巡らせるもの、だから。
水の滞りを除き、流れを導く。
そしてしかるべき部分に水を回復させる、そういう手法がある。
東洋医学では昔から、独自の解釈をもって水の流れを観察した。
「水飲」、「痰飲」、「水気」に「湿病」。
水によって生じる病を、さまざまな言葉で示してきた。
これらを総じて、様々な「治水」の術を編み出してきたのが東洋医学。
その多くの治水術の中で、津液を補うということはその一つにしか過ぎない。
今回の病では、的確な「治水」が行えるかどうか、
それが全てである。それが出来て初めて、身体の水は回復する。
そういう目をもってこの子の症状を鑑みると、
水の勢いと、水が貯留する部位、
身体に備える治水の要が、この子の場合は明確だった。
ただし油断はしない。慎重にいく。
身体の水を動かし、失われた水を回復するべく、
私は14日分の薬を出した。
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著効といってもよい。
そういう結果が出た。
二回目の来局時に症状を伺うと、
まずは頭痛が無くなった。そして朝起きてから活動できるまでが、30分は早くなった。
さらに自然と水を飲む量が減り、その割にお小水の量が減っていない。
顔の浮腫みが無くなっているという。確かに、見た目に顎がほっそりとしていた。
水が動き出した。
そして、然るべき所に水が回復してきた。
簡単に言えば血流が良くなったということ。
体が軽くなったでしょうと聞くと、
軽くなったし顔が細くなったのが、同じくらい嬉しいと笑っていた。
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体は「水」でできている。
その70%が、水分で構成されている。
水を保持し、流し、動かすことが生命活動なのだとしたら、
人体を捉えようとした東洋医学は、水を研究し続けた医学だと言っても良い。
人は年齢を重ねるごとに、皮膚も髪も乾燥してくるのを常とする。
しかし若いうちは、逆に内も外も「水」で溢れている。
故に、体の機能が調い切らない成長期における病は、
多くが「水」に起因しているといっても過言ではない。
治水の術。この東洋医学独特の手法が、
こと起立性調節障害においては、大きく寄与できると私は感じている。
彼女の起立性調節障害は結局、初手で成功したまま、
同処方を貫き通すことで完治した。
なんとか受験にも間に合い、そのまま治療を続けて、
途中、気圧の低下や夏場の疲労で体調を崩しはしたものの、
おおよそ10か月後には、見違えるように元気になっていた。
最後のほうでは甲府にいる友達に会いにきたといい、
私との会話を早々に切り上げて、友達に会いに行く姿が微笑ましかった。
想えば県外からのご来局を、ずっと続けてくれた方である。
心から感謝したい。
最後に笑いながら、がんばり過ぎないでねと、伝えておいた。
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■病名別解説:「起立性調節障害」
〇その他の参考症例:参考症例