■症例:起立性調節障害(OD)

2023年02月17日

漢方坂本コラム

11月の中旬、これから寒さが深まるという時期に、

県外から高校三年生の女の子が、お母さまと一緒にご来局された。

一見してその子には、成長期特有のひ弱さはない。

しかし色白を超えて蒼白な顔色と、重たそうなまぶたが、

得ている病を物語っていた。起立性調節障害。病院で診断された病名である。

昨年の8月、夏の時期に部活を頑張り、

そのままテスト勉強に移行。疲れが極まり、9月に発熱を起こした。

その後、熱は治まるも朝起きることができなくなり、

2ケ月間、学校へ行くことができなかった。

病院に通った後、治療するべく訪れた近くの漢方薬局で、

補中益気湯ほちゅうえっきとうをもとにした煎じ薬を出され、服用を続けた。

そして回復へと向かう。一時、学校へも行けるようになった。

しかし、三週間前にまた朝がつらくなり、

そして現状、学校には全く行けていないという。

今回の再発は、ちょうど体育大会とテストとが重なったのと、

月経がさらに重なった時だった。

補中益気湯を飲んではいるが、以前のように効いてはくれない。

高校三年生、受験を控えている中、

このままの体調が継続してしまえば、進路に差し障る。

本人もお母さまも当然のこととして、口調に焦りを滲ませていた。

今までの経緯を聞いて、まず感じたのは、

この子はきっと良くなる、という感触だった。

当然、楽観視ができる状況ではないし、

的確な治療が行われれば、という条件付きではある。

しかし、ここまで病の経緯に矛盾がなければ、

治療のためにやらなければいけないことは、明白だった。

詳しく状況を伺う。

中肉中背、やや浮腫みを帯びた顔。

朝6時に目は開くものの、実際に起き上がれるまでに4時間はかかる。

その間、頭がボーっとして、こめかみに頭痛を伴い、

時に吐き気を伴う。立ちくらみが酷く、とにかく毎朝体がだるくて起き上がれないという。

ただし食欲は旺盛。朝から食事を摂ることができる。

口の渇きを聞くと、少し渇く感覚はあるという。

特に長湯するのが好きで、風呂上りには咽が渇く。

二便(大便・小便)正常、下痢することもなく、

小水の出が、やや遠いかも知れないとのことだった。

月経前では頭痛が強くなる。

初日に腹痛・下痢を起こすものの、毎回ではないという。

その他、さまざまな症状を包括して聞いたところで、

私はペンを置き、彼女に聞いた。

シナモンは好きですか、と。

一通り症状を確認した上で、

私の最初の想定に、それほど矛盾はなかった。

この子が何故こうなってしまったのか。

その原因を端的に言えば、明らかに「頑張り過ぎたから」である。

部活を頑張り、勉強を頑張り、学校行事を頑張った。

その結果として体力を消耗した。

そして同時に、未だに回復していない何か・・・・・・・・・・・・があった。

だから再び波を打つ。

良くなったとしても、また力を失ってしまう。

先に治療された先生は、おそらくそれを「気」だと捉えたのだろう。

補気の名方・補中益気湯。一旦良くなったことを考えても、それが間違いだとは言えない。

しかし、再発してしまう状況から考えても、それが正しいとも言えない。

私が感じたのは「気」ではなく、

むしろ「水」だった。

水の失調。

この子から抜けたのは、明らかに「水」である。

まずは夏場の部活で汗をかき、さらに体育大会でまた汗をかいた。

水が抜け、そして抜けた水が未だに回復していない。

多分未だに抜け続けていて、毎日お風呂に長く浸かっていることからその可能性が伺える。

まず補うべきは「水」、

ではあるが、単に水を補えば治る、という問題でもなかった。

例えば生脈散しょうみぇくさんという処方がある。

水(津液)を補う処方として、起立性調節障害にも使われることがある。

また水をたくさん飲むという手法もある。

しかし、生脈散でも水をたくさん飲んでも、今回の「水」はおそらく回復しないだろう。

なぜならば、水は補うものではなく、巡らせるもの、だから。

水の滞りを除き、流れを導く。

そしてしかるべき部分に水を回復させる、そういう手法がある。

東洋医学では昔から、独自の解釈をもって水の流れを観察した。

「水飲」、「痰飲」、「水気」に「湿病」。

水によって生じる病を、さまざまな言葉で示してきた。

これらを総じて、様々な「治水」の術を編み出してきたのが東洋医学。

その多くの治水術の中で、津液を補うということはその一つにしか過ぎない。

今回の病では、的確な「治水」が行えるかどうか、

それが全てである。それが出来て初めて、身体の水は回復する。

そういう目をもってこの子の症状を鑑みると、

水の勢いと、水が貯留する部位、

身体に備える治水の要が、この子の場合は明確だった。

ただし油断はしない。慎重にいく。

身体の水を動かし、失われた水を回復するべく、

私は14日分の薬を出した。

著効といってもよい。

そういう結果が出た。

二回目の来局時に症状を伺うと、

まずは頭痛が無くなった。そして朝起きてから活動できるまでが、30分は早くなった。

さらに自然と水を飲む量が減り、その割にお小水の量が減っていない。

顔の浮腫みが無くなっているという。確かに、見た目に顎がほっそりとしていた。

水が動き出した。

そして、然るべき所に水が回復してきた。

簡単に言えば血流が良くなったということ。

体が軽くなったでしょうと聞くと、

軽くなったし顔が細くなったのが、同じくらい嬉しいと笑っていた。

体は「水」でできている。

その70%が、水分で構成されている。

水を保持し、流し、動かすことが生命活動なのだとしたら、

人体を捉えようとした東洋医学は、水を研究し続けた医学だと言っても良い。

人は年齢を重ねるごとに、皮膚も髪も乾燥してくるのを常とする。

しかし若いうちは、逆に内も外も「水」で溢れている。

故に、体の機能が調い切らない成長期における病は、

多くが「水」に起因しているといっても過言ではない。

治水の術。この東洋医学独特の手法が、

こと起立性調節障害においては、大きく寄与できると私は感じている。

彼女の起立性調節障害は結局、初手で成功したまま、

同処方を貫き通すことで完治した。

なんとか受験にも間に合い、そのまま治療を続けて、

途中、気圧の低下や夏場の疲労で体調を崩しはしたものの、

おおよそ10か月後には、見違えるように元気になっていた。

最後のほうでは甲府にいる友達に会いにきたといい、

私との会話を早々に切り上げて、友達に会いに行く姿が微笑ましかった。

想えば県外からのご来局を、ずっと続けてくれた方である。

心から感謝したい。

最後に笑いながら、がんばり過ぎないでねと、伝えておいた。



■病名別解説:「起立性調節障害

〇その他の参考症例:参考症例

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