■症例:起立性調節障害(OD)

2021年04月08日

漢方坂本コラム

18歳、男性。高校三年生。

3年前、つまり高校に上がる頃から、朝、起きることが出来なくなった。

波はあるものの、一日中ずっと気持ち悪い。

吐き気を伴う気持ち悪さで、実際に吐くこともある。

起立性調節障害。

3年間、ずっと悩まされてきた病だった。

一見して礼儀正しい、素直な男子高校生である。

体つきもしっかりしている。すでに大人の雰囲気を醸し出していた。

しかし、背中を終始丸めている。その姿勢から、体のだるさが見て取れた。

表情にも覇気がない。

ポツポツとゆっくり話す口調は、体に似合わず、とてもか細かった。

体調を崩し始めたのは中学三年生のころ。

さまざまなストレスから、体調を崩したのがきっかけだという。

精神的にきつかった時の症状はすでに治っていはいたが、

その後もめまいや吐き気が続き、

メニエール病や逆流性食道炎、また心療内科的な病の診断を受けたこともあった。

さまざまな治療を受けてきた。

ある程度は良くなる。しかし症状が完全に治りきることはなかった。

現在も吐き気やめまいが続き、何よりも朝、体に力が入らないのがとてもキツかった。

来局されたのは秋の深まる11月中旬。

四か月後に受験を控えた大切な時期である。

現在、学校に行けるのは週に3日。

2日は学校に行けず、そういう日は夕方にならないと体を動かせなかった。

本人は、不安感が強いのだという。

穏やかな性格であると同時に、怒気をはらむような強い口調がとても苦手だった。

体が委縮してしまう。穏やかで丁寧な口調は、そういった敏感さの裏返しかもしれなかった。

そういう中での受験。

不安で当然だった。にじみ出る優しい人柄を考えれば、本人とご家族との心中を察するに余りあった。

とにかく、一刻も早く楽にさせてあげなければならない。

受験まで、もう時間的にも待ったなしである。

朝のだるさと、めまいと吐き気。

そして心身に巣くう緊張感。

総じて判断すると、心療内科的な病を疑われることもまた、少々納得のいく状態ではある。

しかし、まず私は「心の病」ではないと断定した。

そう仮定する。それでも十分に辻褄(つじつま)の合う状態だったからである。

あくまで「体」の悲鳴。

明らかにこのお体には、「痰飲(たんいん)」が絡んでいる。

飲んだ水が流れず、滞っている。この水を漢方では「痰飲」と呼ぶ。

古来東洋医学では、水がさまざまな悪さをすることを経験的に知った。そして、その治法を数多く提示してきた歴史がある。

患者さまには、めまい以外にも重さを伴う頭痛があった。

朝は瞼が腫れ、夜は足がむくんで重だるくなった。

口は渇くが、胃が張って水を飲むことができない。

立ち眩みはもちろんのこと、座っていてもグラっとくるようなふらつきを常に感じていた。

これらは皆、身体に滞る「水」の仕業である。

そして「水」の仕業は「体」だけではない。「心」にもまた、影響を及ぼすことがある。

不安感や焦燥感、やる気のなさや集中力の欠如。

「心の重さ」を伴うさまざまな精神症状、これらもまた「水」の仕業によって起こるものである。

まずは「体」の重さを取る。そうすれば「心」もまた、必ず軽さを取り戻す。

そういう状態を作ることが真っ先に必要だった。

「痰飲」を如何にして去るか。この患者さまでは、そこが最大の眼目になる。

漢方には、「痰飲」を去るための方剤が数多く用意されている。

有名どころでいえば「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」や「半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)」。

両者ともに、起立性調節障害治療に頻用されている処方である。

「沢瀉湯(たくしゃとう)」という処方もある。時に迅速な効果を発揮するめまい治療薬である。

しかし、今回はこれらの処方では改善が難しい。

その理由は一つ。

水の「勢い」。あふれ出す水の「勢い」に合わせて、方剤を選ぶ必要があるからである。

そもそもなぜ「痰飲」に対して数多くの処方が用意されているのか。

それは、水にはさまざまな「形」があるから。本質を変えずに形を変える、これが水が持つ最大の特徴である。

ジワリと染み出す雨水もあれば、堤防を決壊させる洪水もある。

「痰飲」に用意された処方の多さは、それがそのまま水の多様性につながる。

そこに正確に合わせられるかどうか。「痰飲」を除去する場合は、まず水の「形」を見極めることから始まっていく。

起立性調節障害の多くは「水」の病である。

多種多様な水の病、然るにそこに適応する方剤が、これらだけで足りるはずがない。

より広く、処方を選用するべき病。

今回の患者さまの場合、あふれ出す水の勢いは強かった。

最初に出したお薬は二週間分。

段階を踏む治療が求められる。そう思っての短期処方だった。

二週間服用するも、朝の起きにくさは変わらない。

しかし手足の冷えがなくなった。さらに服用直後、胃がすっきりとする感覚があった。

胃の停水が動き始めた。

すかさず処方を変える。心下(胃)の牙城が崩れた。これで薬を入れ込むことができるようになった。

ここからは定石でいける。

そう確信して、同じく二週間分、今度は水の勢いを逐う方剤をお出しした。

そこからは、明らかな改善が見て取れるようになった。

まずは吐きたいという気持ち悪さが減った。そして朝のだるさが日に日に良くなっていった。

ただまだ波がある。日によっては肩がかったるく、体のだるさが強くなった。

問題なかった。想定の範囲内。波がなく改善できることの方がまれだと言ってもよい。

かならず良くなる。

あとは、受験に間に合うかどうかだった。

治療を始めて2か月後。

だいぶ良くなった。体のだるさは、7割方完全することができた。

学校にも毎日いけるようになった。それとともに、毎日熟睡できるようにもなっていた。

間に合ったかもしれない。今の状態なら、きっとテストに支障はない。

素直な彼ならきっとがんばれる。

受験の結果はどうであれ、彼のまじめさが心から頼もしかった。

受験勉強の中での治療。どんなに不安だったことだろう。

本人も相当がんばってくれたと思う。

そして春、治療を始めて4か月後。

電話で合格の報告を受けた。うれしかった。最高の結果で、この春を迎えることができた。

いつも思う。

治療とは、患者さまの人生に関わることなのだと。

だからこそ緊張する。

もし良い結果が得られなかったら。どんなに平静を装っていたとしても、治療の間、私の心中からその思いが無くなることはない。

今回のように良い結果が得られる時もあれば、そうでない時も当然ある。

私の能力不足に忸怩たる思いをすることもある。そんな時、患者さまの努力に、逆に救われることがある。

受験勉強の最中、患者さまは私が提案した養生を毎日続けてくれた。

毎日である。不安で、体調が悪く、かつ勉強をしなければいけない時に、毎日養生を守ってくれたのである。

自らの経験から自信をもって行った今回の治療、

ではその手法が最善だったのかどうか。実は私には分からない。もっと良い道筋があったのかもしれない。

でもきっと正しかったのだと思う。そう思わせてもらえた。

彼のひたむきな努力があったからこそ、私はそう思わせてもらえたのである。



■病名別解説:「起立性調節障害

〇その他の参考症例:参考症例

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