■症例:PMS(月経前緊張症)・発熱と悪寒

2022年02月03日

漢方坂本コラム

43歳、女性。

当薬局のHPを見てご来局された患者さまである。

主訴は月経前緊張症(PMS)。

ただし、本人曰く、少々変わった症状でお悩みとのことだった。

毎月訪れる月経前、

その時、イライラや便秘など、一般的な症状も確かにある。

しかし、最も辛いのはそうではない。

必ず起こる悪寒と発熱。とにかく、月経前になると風邪を引いたようにしんどくなるのをどうにかしてほしいというご相談だった。

月経10日前になると、いきなり背中がゾクゾクとし始め、

それと同時に関節の節々が痛くなる。どんどん痛くなって、だるくなってくる。

さらに体に微熱が起こり始め、自覚的にもほてり、余計にだるくなる。

また咽が痛くなることもあり、また時に耳まで痛くなることもあった。

本人が医療関係者ということもあり、今までいくつかの医療機関に足を運んできた。

婦人科にかかりPMSと診断されるも、そこで出された漢方薬は一向に効いてくれなかった。

また漢方内科にかかった。保険のエキス顆粒剤、柴胡桂枝湯さいこけいしとう四物湯しもつとう真武湯しんぶとうなどが出された。

5ヵ月続けたが、それも全く効いてはくれない。

市販の葛根湯を試すもやはり効かず、月経前になるのが、億劫で仕方なかった。

お子さまを育てながらの仕事。時間も不規則で、生活も乱れがちではある。

しかし乱れている理由は、仕事というよりも体調不良によるものが大きかった。

毎月来る体のどうしようもない不調に、少々笑えてきますと、

そう言いながら、あきらめ半分あざけるように、口を歪めていた。

かなり、辛そうである。

月経前に風邪のような症状がでることは確かにある。

しかし単にほてるとか、体温が上がるというだけでなく、

明らかに風邪にかかったような、強い悪寒と発熱とが毎回生じていた。

風邪を引いた時のだるさは、誰もが経験する所。

それが毎月来るとなれば、確かに辛すぎる。

さまざまな漢方薬を試しても効かない中、それでも足を運んでいただけたこと。

漢方に賭けていただいている心情も相まって、身が引き締まる思いがした。

症状を詳しく伺う。

高身長にて細身。

胃腸はそれほど強い方ではない。

便秘と下痢とを繰り返しやすく、かつストレスで胃が痛くなったり食事でもたれやすい傾向があった。

月経前もイライラするが、普段もイライラしやすい。

身体冷えやすく体がだるい。月経前に限らず、疲れやすいたちだとおっしゃられた。

月経前の不調は、月経中も続き、2日目あたりに強い生理痛がくる。

そして月経が終わると、風邪の症状も自然に消えるという。

なるほど。

確かに、西洋医学的な解釈では難しいのかも知れない。

しかし私には、納得できる部分が多い。

改善できないほどの、どうしようもない状態には思えなかった。

月経前に必ず伴う感冒様症状。

この場合西洋医学では、起こっている症状がPMSによるものなのか、風邪(感染症)によるものなのかを区別しなければならい。

ただし、漢方治療では必ずしもそうではない。

視点が異なると言ってしまえばそれまでではあるが、

実は原始的な視点で見れば、これらは同一の状態を体に形成するものであると、着想することができる。

漢方には、PMSに対して様々な薬が用意されている。

その中の一つに、もともと感染症のような発熱性消耗性疾患に用いられていたものがある。

風邪のような感染症にかかった時、体は自らそれを治すべく、自律神経と内分泌とを総動員して興奮状態へと向かう。

その結果が寒気であり発熱。感染症の初期に見られるさまざまな症状は、体が自ら興奮状態に陥ろうとするために起こるものである。

実は、この機序は月経前の状態に近い。

月経前、女性の体は子をなすための準備を、自らの力で興奮状態へと陥ることで成し遂げている。

PMSはこの興奮状態が、過度に、もしくは十分に行われていないという不安定さに起因している。

感染から体を治そうとする反応と、月経前に体が向かおうとする反応とは、実はかなり近いものなのである。

そういう視点でみると、

かつて感染症に用いられていた薬が、PMSに応用されるようになったことにも合点がいく。

今回の症例は、その流れを如実に表すケースだと考えれば何ら不思議はない。

そうであるならば、治療方針をその流れに乗せればよい。

少陽の範疇。要薬は芍薬。

勘所を心下と見定め、私は7日分の薬を出した。

服用して一週間。著効の兆しが見えた。

現在、月経前1週間。にも関わらず、今のところ寒気は起きず、関節痛もなく、発熱も起こっていなかった。

未だ頭痛があり、予断を許さない状況ではあるが、

それでも眠りが深くなった。よく眠れて疲れが取れてきたという変化に、治療方針の正しさが見て取れた。

私は同処方をお出しし、さらに2週間後、

月経前のPMSが明らかに良くなっていると、ご本人から笑顔でご報告を受けた。

そして同時に、胃腸の具合も良いという。この変化こそが、PMS改善の核。

おそらく今後波はうつものの、この処方を続けていくことがベストであると、この時点で確信することができた。

その後、お子さまの学校のイベントや、遅くまで仕事をした際、

緊張する場面や体を冷やした時に、また風邪っぽさを感じることはあった。

しかし前ほどではない。漢方を飲めばすぐに良くなるという。

そして6か月経った頃には、PMSはほぼ消失。

今後も養生を続けていただくことをお約束し、治療を終了した。

科学的根拠が乏しいとう点。それは漢方医学の弱点である。

ただし、その代わりに経験的根拠がある。永きに渡る経験の中には、現代医学でも想像することのできない病への着眼点がある。

単に病名だけを取って治療するだけでは、漢方の利点を発揮することは難しい。

しかし歴史に裏付けられた着想を掴みさえすれば、

どうしようもないと思われた症状でさえ、綺麗に無くなることも、大いにあり得ることである。

東洋医学の裾野が広がり、今では多くの方が漢方を服用されるようになった。

その分、一度試して良くならなければ、漢方は効かないという印象を持たれて当然だと思う。

しかし患者さまは、挑戦を続けてくれた。体調の悪い中、あきらめなかった。

治療はそういう患者さまのお気持ちに支えられている。

患者さまの覚悟と、漢方への期待を持ち続けていただけたことに、

ただただ、感謝するばかりである。



■病名別解説:「月経前緊張症(PMS)

〇その他の参考症例:参考症例

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