□メニエール病
~漢方薬をお勧めする理由・難治性メニエール病への対応~
<目次>
■メニエール病と漢方薬
■原因不明の病・メニエール病
■メニエール病の実態
1、「水腫」と「水の偏在」による「血行障害」
2、難治性のメニエール病を形成してしまう要因
■メニエール病に漢方薬をお勧めする理由
■西洋医学にはない漢方薬の薬能
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■メニエール病と漢方薬
メニエール病には漢方薬が良い、そうネットや本に沢山書かかれていますが、確かにこれは事実だと感じます。臨床上、どこに行っても改善しなかったメニエール病が、漢方薬にて改善するというケースを散見するからです。
ただし「じゃあ漢方治療のどういう点が優れているの?」という話になると、具体的なことがあまり解説されていません。メニエール病には漢方薬が良いと書かれてはいますが、ではなぜ漢方薬が良いのか、漢方治療が効果的なのかということになると、やや曖昧な解説に止まってしまうことが多いという印象です。
そこで今回は、実際にどうして漢方薬が良いのかという点について、私自身の考えをご紹介していきたいと思います。
漢方薬の効能は、科学的に満足できる形で証明されているものがほとんどなく、各臨床家や研究者の経験をもとに解釈せざるを得ないという一種の宿命があります。したがってここで述べることは、あくまで私自身が今まで教えて頂いたり、経験してきたことを基にしております。あくまで一つの見解としてここにご紹介いたしますので、メニエール病をお悩みの方への一助として頂ければ幸いです。
■原因不明の病・メニエール病
メニエール病の病態は、内耳に起こった浮腫み(内リンパ水腫)です。したがって耳の中の浮腫みを取る治療が行われます。しかし実際には、浮腫みを取る治療だけでは改善しない例が多いのです。正確に言うと、浮腫みを取ろうとしても取れない、もしくは浮腫みを取ることだけでは治らないというケースが多いと感じています。
なぜこのような現象が起きてしまうのでしょうか。その原因を私はこう考えています。そもそもこの病を、内耳の水腫ということだけで理解していてはいけないのではないかということ。つまり内耳の水腫というのは、メニエール病の一側面を表しているに過ぎないのではないかということです。
メニエール病で起こっているのはおそらく、水の過剰ではなく、水の偏在です。一部に水が過剰ではあるけれども、他の部分には水がむしろ枯渇している、こういった水の偏(かたよ)りが起こっているのではないかと考えています。
特発性(原因不明)の病であるメニエール病では、未だに分からないことが多く残されています。しかしこの解釈は少なくとも、漢方治療を行う上では核となる考え方です。「水の過剰ではなく、水の偏在。」この意味を、次の項にてやや詳しく解説してみたいと思います。
■メニエール病の実態
1、「水腫」と「水の偏在による血行障害」
水の流れは血流状態に依存しています。身体の水の巡りの動力は全身の筋肉活動であり、それを介した血流によって水は運ばれています。そして血液中の水分は血流が良い状態であれば水を滞りなく運びますが、血流が悪くなると水が血管外へと染み出していきます。こうして溜まった水が浮腫みです。血流が弱いと、身体の各部に流れの悪い水が溜まっていくのです。
これを川の流れに例えるならば、血流が良い状態は渓流のようなものです。山の傾斜に流れる川は水の流れが速いため川幅が狭くなります。一方、川は海に近づくにつれて流れが穏やかになります。同時に水が外側へと広がり川幅が広がっていきます。
血流が弱いために水が染み出すのは、この物理現象と類似しています。そしてメニエール病で起こる内リンパ水腫も、この物理現象が介在しているのではないかと考えられるのです。すなわちもし内耳の毛細血管(蝸牛血管条)の流れが悪くなれば、血中の水分が染み出す形で水腫が起きます。また、血流が悪いために内リンパ嚢から溜まった水が吸収しにくく(内耳から排出しにくく)なれば、やはり内耳に水が溜まっていくことになります。
つまり、メニエール病では内耳の血流が弱くなっている可能性があります。内耳の血管から水が染み出し、内耳に水が貯留しているわけです。
さらにそれだけではありません。血管外に水が漏れているならば、血管の中の水分は外に漏れたことで少なくなっているはずです。そして水漏れがおこっているホースと同じように、内耳の血液はその実質的な容積を外に失うことでさらに血流が悪くなります。つまり「水腫」と「水分が漏れたことによる血行障害」とが同時に介在している、これがメニエール病の実態ではないかと考えられるのです。
2、難治性のメニエール病を形成してしまう要因
つまりメニエール病を改善していくためには、「溜まった水腫を除くこと」と、「血中の水を補って血流を回復させること」との両方が必要になります。そして現行の西洋医学的でも、当然それを理解した上でメニエール病の治療が行われています。
イソバイドという利尿薬で浮腫みを積極的に出し、さらにアデホスコーワといった血流を増加させる薬が処方されるのはそのためです。さらに水を沢山飲みなさいと指導されます。水を飲むことで枯渇した血中の水を補い、血流を促しながら内耳の水腫を取ろうという配慮です。
理屈としては正しいのですが、実はこれで治らない方がいらっしゃいます。これらの治療で一時的には良くなるものの、止めればメニエール発作を繰り返してしまう方、さらにはこれらの治療で全く効果を感じないという方もいます。
実はそういう方々が口を揃えておっしゃることがあります。「水が飲めない」です。
病院の先生から水を沢山飲めと言われたが、沢山飲めない。飲もうとすると苦しい、胃が張って気持ちわるくなり、時には下痢するという方もいます。
水が飲めないとは、すなわち水を飲んでも胃腸に溜まってしまい、満足に身体に吸収することが出来ないということです。つまり水を飲んでもいつまでも血管内に入らず、血流が改善されずに血行障害を継続させてしまっているという状態です。
私見ではこの現象こそが、難治性のメニエール病を形成してしまう要因だと感じています。つまり「胃腸の弱さ」。水を飲んでも満足に吸収することの出来ない「胃腸の弱さ」がある方は、いくら水を飲んでも血管中に水を取り入れることが出来ず、枯渇した血中の水を補うことが出来ません。そのためいつまでもメニエール病が完治へとは向かわない、これが難治性のメニエール病の多くに介在している病態だと考えられるのです。
利尿によって過剰な水を除く、血管拡張によって血流を増加させる。西洋薬によってこれらが出来たとしても「胃腸が弱い」という方では水の枯渇を改善することが出来ません。そのため血流がいつまでも回復しない。水を飲むというだけでは「水の枯渇」に対する配慮が充分だとは言えない場合があるのです。
■メニエール病で漢方薬をお勧めする理由
難治性のメニエール病を形成してしまう原因に「胃腸の弱り」がある。前置きが長くなりましたが、漢方治療をお勧めしたい理由がまさにこの点にあります。
メニエール病に効果を発揮する漢方処方、実はそののほどんどは「胃薬」です。胃腸機能を高めて、飲み水が身体へと入りやすくする。この薬能こそが血中の枯渇した水分を補い、血行を促す効果を発揮するのです。
東洋医学では、二千年前から胃腸と水分代謝との関係を注視してきました。めまいの発作に迅速な効果は発揮する「沢瀉湯(たくしゃとう)」は、水毒つまり水を除く薬として有名ですが、実は胃薬です。「心下に支飲(しいん)有り。」つまりみぞおち(胃部)に飲んだ水が支(つか)えている状態を治すというのがこの処方の本質です。つまり単に水を除くという薬ではなく、水を体内に吸収させて水を益し、然るべきところに水を流すという薬能を発揮する処方なのです。
「心下(胃部)の支飲(溜まった飲み水)を去れば胃気が和し(胃腸機能が回復し)、飲水が内(体内)に入れば血脈の水が益す。即(すなわ)ち上部(頭部・耳部)に滞る水飲が渓流の如く通利し(流れて)、下流へと導かれて沢泄する(消え去る)。」メニエール病に用いる漢方薬の多くに、この着想が流れています。
例えばメニエール病に良く使う薬として「苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)」があります。また「半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう)」や「真武湯(しんぶとう)」なども有名です。これらはすべて「胃薬」です。つまり、これらの薬はすべて「胃腸機能を高めることで水の偏在を回復する」という着想を、異なる形で体現しているに過ぎないのです。
■西洋医学にはない漢方薬の薬能
メニエール病にて使われる漢方処方は、よく「水毒を除く」と解説されています。身体に溜まった余分な水を抜くという働き、ですので漢方薬でも水を出しているだけなのではないかというイメージが持たれています。
しかしこれは大きな誤りです。漢方処方の中には、水を抜くということだけをしている薬は一つも存在しません。必ずと言ってよいほど、水を補いつつ、水を去るという、両方の働きが備わっています。過剰に溜まった水を、不足している所に戻す、それが西洋薬にはない漢方薬の効能なのです。
メニエール病を改善するためには3つの効能が必要です。「血中の水を補い」、「血流を安定させ」、「滞った水を除く」という3つの効能です。このうち胃腸の弱りがある方では、いくら水を飲んでも吸収できず、血中の水を益すということが出来ません。そこで漢方薬は、「胃腸機能を回復する」という手段をもって、血中の水を補うという効果を体現していきます。
メニエール病ではめまい発作と伴に、吐き気を生じて水を吐出することがあります。これは水が体内に入っていかないという現象そのものです。そこで東洋医学では胃に問題があると考えたわけです。水を飲み、胃に入り、体に吸収されれば滞りなく水が巡るという当たり前の着想から治療方法を見いだしたわけです。
当然・必然の視点から本質を見いだす、これこそが西洋医学的治療と大きくことなる点であり、同時に漢方治療を強くお勧めできる点でもあるのです。
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■病名別解説:「めまい・良性発作性頭位めまい症・メニエール病」