□健康寿命を延ばす
~高齢化社会だからこそ知っておきたい漢方処方~
<目次>
・【適度な運動習慣を維持するために】
「足のつり」や「浮腫み」に備える
・【心肺機能を維持するために】
「息切れ」や「胸苦しさ」を軽減
・【胃腸機能を整える】
「便秘」の解消
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2025年。いよいよ高齢化社会が現実のものとなります。
今年、後期高齢者(75歳以上の方)が一気に増え、およそ5人に1人が後期高齢者になるそうです。
医療・介護の需要がどっと押し寄せてくると同時に、団塊の世代の方々にとっては、自分の健康は自分で守らなければならない、そういう時代になってきています。
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とはいえ、最近のお年を召した方々は若々しく見えます。
当薬局にお越しになられるご高齢の方も、一見してとても若い方が多いです。
後期高齢者になったとはいえ、現状大きな病気はない、持病はあっても今のところ生活に問題なく介護も必要としない、という方もいらっしゃると思います。
ただし重要なことは、その状態を一日でも長く続けていけるかどうかです。
60歳を過ぎれば、当然ではありますが体はどうしても衰えていきます。そのスピードも年々速くなるでしょう。今の状態を来年も続けていけるようにするためには、それなりの配慮が必要です。
食事・睡眠・適度な運動という基本的な養生はもちろんのことですが、より積極的に健康を維持できるようにするべく、お勧めできる漢方薬がいくつかあります。
今回はそのための漢方薬、つまり「ご高齢者の方々がこの先も体調を維持していけるようにするための漢方薬」をご紹介していきます。
難しいことは抜きで説明します。そしてなるべく簡単に選べて効果が出やすい薬を選んでいきます。
これから始まる超高齢化社会の中で、とにかく健康でいられるようにする。今回のコラムがその一助となれば幸いです。
【適度な運動習慣を維持するために】
「足のつり」や「浮腫み」に備える
お年を召してくると多くなるのが足腰の弱りです。特に夜間や朝方に足の激痛で起きる、いわゆる足のつり(こむら返り)が年齢とともにだんだん増えてきます。
「程度な運動習慣」は老化予防に欠かせない要素です。しかし年齢とともに筋肉が衰えてしまうこともまた事実であり、仕方のないことです。
筋肉がつりやすい、つるので運動が続けられないという時にこそ、使っていただきたい良い漢方薬があります。
■芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)
足のつりには芍薬甘草湯です。とにかく効果的ですし、とても有名です。漢方のことを知っている方ならば、今更説明する必要がないでしょう。それくらい、即効性をもって良く効く漢方薬です。
運動する時に足がつりやすいという方にも便利です。ゴルフやハイキングなどでは出かける前に飲み、かつポケットに忍ばせていつでも飲めるようにしておいてください。
また夜間や朝方、足がつって激痛で起こされるという方は、枕元に置いておくか、寝る前に飲んでおくと効果的です。
甘く飲みやすい薬ですが、甘草が多めに入っています。甘草には浮腫みや血圧上昇の副作用があるので、数週間続けて服用する際には注意してください。また甘草が配合された他の漢方薬との併用も注意が必要です。
ちなみにこの薬、単に足のつりに良いだけではありません。腹痛を和らげてみたり、生理痛にも良く効きます。さらに漢方医学において、その理論上大変重要な処方でもあります。筋肉の緊張・収縮を和らげるというだけではない意味があり、漢方の造形の深い先生ほどそのことを理解されています。
■鶏命散加茯苓(けいめいさんかぶくりょう)
足のつりに使う漢方薬の中で、最も紹介したかったのは芍薬甘草湯ではありません。鶏命散加茯苓です。
あまり耳にしたことがないと思います。もしかしたら保険の漢方を扱われている医療関係者の方でも知らないかもしれません。
しかしこの薬、使わないでいるのはもったいないほど、足のつりによく効きます。多少使い方にポイントがあるのでご説明します。
足が浮腫んで、つりやすくなる方。例えば夕方や夜になると足が浮腫む、すると夜に足がつってしまうという場合。この薬を是非飲んでみてください。特に夏場にそれが起こりやすいという人におすすめです。さらにちょっと動いただけで息切れしやすいという体質があれば、この薬の服用をぜひ検討してください。
浮腫みによる足のだるさにも良く効くため、立ち仕事や座り仕事で夕方に足が浮腫んで夜に足がつって辛いという女性にも良いでしょう。基本的には芍薬甘草湯で効かない場合の第二選択薬ですが、上記に当てはまる場合には積極的にこの薬を試すべきです。この薬ではないと止まらない足のつりである可能性があります。
ただしお求めになることが難しい薬でもあります。保険薬としては用意されていません。漢方薬を専門に扱っている薬局で取り扱われています。
【心肺機能を維持するために】
「息切れ」や「胸苦しさ」を軽減
心肺機能は年齢とともにどうしても弱ってきます。最近階段の上り下りがきついなとか、若い人と歩いているとそのスピードについていけないとか。
少しの活動で息が上がりやすく、胸が苦しくなる。お年を召してくると、もともと元気な方であってもこのような症状をどうしても自覚してきます。
心臓はそもそもコンパクトで強い臓器です。しかし一生休むことのできない臓器でもあります。必ず弱りを見せ始める心肺機能を安定させておくことは、健康寿命を延ばすための一つの柱になります。
■八味地黄丸(はちみじおうがん)
そんな時に使われる代表的な薬が八味地黄丸です。有名処方です。腎気丸・八味丸という別名もあります。
東洋医学では老化現象をしばしば「腎虚」と表現します。「腎虚」になると骨がもろくなったり性欲が衰えたり白髪が増えたりするという理屈を中医学では提示しています。
八味地黄丸はこの腎虚を回復する代表方剤ですが、ここではその解釈は一切忘れてください。
八味地黄丸は骨密度や性欲を高める薬ではありません。心機能の低下に用います。そして良く効きます。だいぶ弱ってしまった場合には不適切ですが、心機能が弱り始めたなという病院の検査では分からない程度の初期段階で著効します。
心機能が低下すると様々な症状が出てきますが、そのうち老化とともにまず息切れが出てきた時点で早めにこの処方を飲み続けておくとその後の心機能の悪化が防げます。特に不整脈があったり、過去にアブレーションをやったことがあるという方に効きやすいという印象があります。
腎虚という概念はいったん捨てて、心機能の低下その初期段階に使うということを覚えておいてください。さらにこの薬は糖尿病にも使われることがあるのですが、これは東洋医学的に観るとある種の体質者は心機能の弱りと糖尿病とがリンクしてくるからです。そこを八味地黄丸が突きます。
そしてこの薬を飲むにあたっては、胃腸が弱いという方は注意してください。もともと胃もたれしやすいとか、食欲が湧きにくいという方の場合、地黄という生薬が胃に負担をかけることがあります。
■六君子湯(りっくんしとう)
■補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
ではもともと胃が弱い人は息切れしだしたら何を飲めば良いのかというと、ずばり胃腸薬です。六君子湯や補中益気湯が無難で良いと思います。胃腸の弱さが取れてくると、息苦しさも同時に解消されることが多いものです。
心肺の問題を胃腸薬で治していくという手法は、東洋医学では昔から行われています。胸の痛みや詰まりに、ややマニアックですが栝呂薤白半夏湯や枳縮二陳湯という薬を使いますが、これらの薬は結局のところ胃薬です。
胃腸が弱い方は、胃腸を回復させることこそがアンチエイジングだということを是非知っておいてください。
【胃腸機能を整える】
「便秘」の解消
心肺機能と同様に、消化管活動も年齢とともにどうしても衰えていきます。そして食べる力は心肺機能と同じくらい、生命活動に直結する力でもあります。
いつまでもごはんをおいしく食べられて、かつちゃんと自力で排泄できること。それが年齢を経てもなお維持できているというのは、健康の証であると同時に長寿の秘訣、アンチエイジングの要です。
年とともに便通が遠くなってしまうことは、ある意味仕方のない側面もあります。しかしなるべく放っておかない方が良い。漢方薬の力を借りながら気持ちの良い便通をつけ、胃腸の調子を整えるよう心掛けてください。
■大甘丸(だいかんがん)
便通を促す薬として市販されている基本処方です。本来は嘔吐を止める使われていました。
便が詰まっていために食事が胃を下らずに吐いてしまう、という症状を便を出すことで嘔吐を止めます。「南薫(なんくん・南風)を求めんと欲せば、必ず先ず北牖(ほくゆう・北窓)を開く」と、浅田宗伯はその効果の機序を説明しています。
つまり便通がちゃんとつくことは腸のみならず、胃を整えることにもつながります。お腹が軽くなることで食欲が出て、年齢を重ねてもちゃんと食べられるようになるのです。そして大甘丸は妊娠中のつわりに使えるほど、優しい薬でもあります。
そもそも便通を促す漢方薬の多くは、大黄という刺激で腸を刺激すると同時に、いかにその刺激を緩和させて丁度良い刺激を作り出すかという意図をもって構成されています。その点でこの薬はシンプルです。大黄の刺激を甘草で和らげる、ただそれだけです。
製品によってはかなり小さく細かい球状の薬(丸剤)になってますので、ご自身にあった量を調節しやすいというのもこの薬のメリットです。
■麻子仁丸(ましにんがん)
便が硬くて出にくいという方。酸化マグネシウムが効かない、しかしアローゼンだと腹痛が起きる、そういった方に是非試していただきたい薬です。
「腸燥」といって腸が燥いて便が出ない状態に使うとされています。イメージとしては酸化マグネシウムのように便に潤いを持たせる薬能と、腸を刺激して便を出させる薬能とを適度に併せ持つ薬です。
適度に柔らかい便が優しい刺激で出るようにする。漢方の下剤の中でもとても使いやすい薬です。特に年をとっても食欲旺盛で上半身から汗をかきやすいという人に効きやすい傾向があります。
胃腸が弱く食欲がないという人にはあまり向きませんのでご注意ください。胃腸が弱い人の便秘では薬に工夫が必要です。補中益気湯や六君子湯を飲みつつ少量の大黄剤で便通を調節するなどの方法がしばしば行われます。
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ずっと健康でいるために。
結局のところ、大切なことは適度な運動と食生活、そして睡眠です。
そのためにも骨格筋の衰えを予防し、胃腸を健やかに保ち、心肺機能を正常に保つことを意識する。
それを実現できる漢方薬を常備薬として使えるのは、漢方が文化として根差している日本だからこそ出来ることです。
せっかくこの国に生まれたんです。利用しないのは勿体ないと思います。
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