□梅雨の病
~梅雨に起こりやすい症状と効果的な漢方薬~
<目次>
梅雨に起こりやすい症状と効果的な漢方薬
■胃腸症状
〇平胃散(へいいさん)
〇人参湯(にんじんとう
■風邪症状
〇藿香正気散(かっこうしょうきさん)
■体のだるさ
〇藿香正気散(かっこうしょうきさん)
〇五苓散(ごれいさん)
■各種痛み
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6月に入り、どんどん夏めいてきている昨今。
この時期になると、体調を崩し始める方がちらほらと出てきます。
気温の上昇とともに、梅雨を経てから夏になる。
この日本特有の気候変化に、ついていけない方が多くなるからです。
人間はその活動が天候により大きく変化します。
寒い時期には、それに耐えうる体に変化し、
暑い時期にも、それに対応できる体に変化します。
そして当然、湿気に対しても体は変化します。
お身体がこの変化に耐えきれない場合に、体調が崩れ、さまざまな症状を発生させてきます。
世界が湿気に覆われる梅雨。
今回のコラムでは、この湿気に対応する方法を詳しく述べていきたいと思います。
特に本格的に暑くなると、きまって体調が悪くなるというかた。
その原因は、この梅雨時期の過ごし方にあるかもしれません。
今後の夏を楽しむためにも、ぜひ参考にしていただければ幸いです。
梅雨に起こりやすい症状と効果的な漢方薬
まずは梅雨に起こりやすい症状をあげていきましょう。
さまざまな症状が出やすい梅雨ですが、大きく分けるとおおむね4つに絞られます。
■胃腸症状
何と言っても梅雨に壊しやすいのは胃腸です。
特にもともとお腹が弱い、下痢しやすいという方では、梅雨になるとお腹に不調が起こりやすくなります。
胃よりも腸に出やすいという傾向があり、
お腹がぐるぐると鳴って、便意とともに腹痛を伴い、トイレに駆け込みたくなるという排便異常が増えてきます。
梅雨の下痢の特徴は、軟便なのにすっきり出ない、という点です。
ドバっと出てしまえばそのあと楽なのですが、ちびちびと少しずつしか出ず、すっきりしない状態が続いてしまいます。
細い便がビビビと出る感じです。いくらねばってもすっきり出ませんので、トイレから出てもまたすぐ腹痛が起きて、トイレに駆け込みたくなります。
またこのような時は、少し水分を取っただけで腹痛が起こります。水に対して腸が敏感になっている状態です。
過敏性腸症候群(IBS)や潰瘍性大腸炎(UC)にて治療中の方は特に注意が必要です。
養生をしっかりと守って頂きながら、この梅雨時期を乗り切っていただきたいと思います。
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このような梅雨時期の下痢に対しては、良い漢方薬があります。
普段元気な方でも梅雨にしばしば起こる下痢ですので、一家の常備薬として用意されておくと良いと思います。
ここでは簡単に2つ挙げておきます。使い分けは比較的簡単です。ご自身の判断でも、ある程度対応できるはずです。
※なお過敏性腸症候群や潰瘍性大腸炎におかかりの方で、梅雨時期に下痢を悪化させた場合は、他の手法を用いる必要がありますので漢方専門の医療機関にご相談ください。
〇平胃散(へいいさん)
外の湿気が増えると、胃腸の水分代謝が悪くなります。
お腹に水が溜まりやすくなることで、ビビビというすっきりしない細い便が出るようになります。
そんな時に、まず試していただきたいのがこの平胃散です。
お腹の湿気取りとして有名な処方です。比較的即効性をもって効いてくれます。
ポイントは散剤やエキス剤などの粉状の薬を、少なめの水分で服用することです。沢山の水で飲むと、その水分でお腹を壊してしまうからです。
とにかく軟便だけれども、便がすっきり出ないという状態に対して効果を発揮します。またお腹が張ってガスっぽくなる場合でも効いてくれます。
本来は山中を移動することが多かった日本での旅の常備薬でした。
基本処方ですが今でも有効活用できる、梅雨時の名方です。
〇人参湯(にんじんとう)
梅雨はお腹を冷やしやすい季節でもあります。
湿気は冷えを呼びます。濡れたタオルを体に巻いておくと、どんどん冷えていくのと同じ理屈です。
お腹を出しっぱなしで寝てしまったり、日中冷たい水を飲んでしまったりすると、お腹がギューッと痛くなって下痢をします。そんな時は、この人参湯が大変効果的です。
お腹を中から温める名方です。冷えて起こった胃痛・腹痛・下痢なのであれば、一服でしっかりと効いてくれます。
ポイントは必ず温かい湯に溶かして服用すること。安中散という漢方薬の組成で作られている大正漢方胃腸薬も胃を温める薬ですが、その強いバージョンだと思っていただいて良いと思います。
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一般的な梅雨時期の下痢であれば、平胃散と人参湯とである程度足ります。
細い便が出てすっきりしないのであれば平胃散、
便意とともに強い腹痛がくるなら人参湯の適応です。
ただし強い腹痛が起きて、同時に便がすっきりと出ないという場合もあると思います。
そんな時はどうすれば良いかというと、両方混ぜちゃえばいいのです。
平胃散と人参湯を一緒に混ぜて、少なめの熱い湯に溶かして服用してください。
※こちらのコラムも参考にしてください。
→□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬1~
→□下痢 ~梅雨時期の下痢に効く漢方薬2~
■風邪症状
梅雨になると、風邪をひくかたが多くなります。
当薬局でもこの時期になると、必ず何人かは風邪をひいてしまうかたがいらっしゃいます。
ただし梅雨時期の風邪は、他の季節で起こるそれとは少々趣が異なります。
梅雨特有の風邪があるのです。例えば、こんな症状を伴うような風邪です。
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まず、その多くが咽の痛みから始まります。
朝起きたら咽が痛い。そして放っておくと徐々にその痛みが強くなります。
同時に鼻水や鼻づまりが起こり始めます。ここまでは、ほかの風邪の始まり方に近いと思います。
しかし梅雨の風邪ではその後からが特徴的です。非常に体がだるくなるのです。
体が重く、だるくなる。そして、何となくやる気も起きず、脱力感と伴にイライラするというかたもいます。
さらに体の芯が熱っぽくなります。だるくて、何となく熱い。汗がじとっと出るような倦怠感を伴う熱さです。
汗が出ることでゾクゾクと寒気を感じるかたもいます。熱いんだけど寒い。どんどん熱が高くなってくる風邪とは違い、この何となくだるい・熱い・寒いという感じが、ゆっくりとかつ継続して、じわじわと長期間継続するというのが梅雨時期の風邪の特徴です。
急激に体調が変化するような分かりやすい症状ではないため、人によっては風邪だとは思わないようです。
体のだるさを何とかしてくださいと、単なる倦怠感だと思ってご来局されるかたもいます。しかし良く良く効くと完全に風邪なのです。そんな時は梅雨に効く風邪薬を出すと、スッと体が楽になります。
〇藿香正気散(かっこうしょうきさん)
梅雨時期の風邪に用いる代表方剤です。的中するとすぐ効きます。ただし梅雨風邪は長引く傾向があるので、良くなってもしばらくは飲み続けたほうが良いでしょう。
上で述べた平胃散を改良した方剤です。体の中の湿気取りを行いつつ、それを身体の外側にまで効果を波及させた薬です。
平胃散が基本になっていますので、下痢にも効果を発揮します。また梅雨時期のアレルギー性鼻炎や副鼻腔炎にも効果を発揮します。
比較的飲みやすく、特に的中する時は美味しいと感じる方も多いようです。
非常に優しい薬ですので、試しに飲んでみようという形でも一向にかまわないと思います。
■体のだるさ
梅雨風邪の特徴に「だるさ」があるように、
梅雨になると風邪をひいてなくても「だるくなる」といかたが大変増えてきます。
身体に湿気がまとわりつくと、それだけで体は重くなります。動き出しがおっくうになったり、いつも以上にすぐ疲れてしまうといった感じです。
外気の湿度が高くなると、自然発汗がしにくくなるため身体の水分代謝が悪くなります。体に水が溜まりやすくなり、そのために浮腫んだり、下痢をしたり、冷えたりといった症状が強くなるのです。
この状態は普段から運動不足や睡眠不足があるかたに特に多く見られる傾向です。一言でいうと血流が悪いかたで、普段の養生を怠っていると梅雨は容易に体をだるくさせてしまうのです。
〇藿香正気散(かっこうしょうきさん)
先で述べた梅雨の風邪薬・藿香正気散は、身体のだるさを取るときにも有効です。咽の痛みや寒気や熱がなくても、ただだるいというだけの症状に効くことが多いものです。
したがって風邪の予防も含めて、梅雨時期に連服すると良いと思います。この時期になるとお腹が壊れやすく、かつだるくなりやすいというかたであれば是非常備薬として服用してみてください。
〇五苓散(ごれいさん)
水分代謝を改善する有名処方・五苓散は、梅雨時期から夏にかけての体調不良によく効く薬です。
発汗過多や脱水、また梅雨時期の発汗の上手くいかなさにおいて無くてはならない処方で、五苓散を飲むとスッと体が軽くなります。ただし使うタイミングに少々コツがいる処方でもあります。
全てがそうではありませんが、この処方を使うポイントは口渇です。日常的に、水をたくさん飲みたくなる時がある、というかた。単に浮腫んでいるからという理由で使われることの多い利水剤ですが、一律的に使ってもあまり効果はありません。効かせるためには口渇の有無が大きな目標になる、というのがこの処方の特徴です。
ただし、梅雨時期や夏場に五苓散を効かせるためには、ほかにも少々コツが必要です。特にだるくて、足が浮腫み、少し動くと息苦しく胸があおられるというかたは、少し専門的な処方運用が必要になります。
■各種痛み
頭痛や腰痛、膝の痛みなど、様々な痛みは天候によって悪化しやすいものです。
普段から抱えておられる痛みが、天気が悪くなると悪化すると自覚されているかたは多いと思います。
これらの症状は、急激な気圧の変化により血行状態が変わるために起こると考えられます。
このような天気が原因となり生じる痛みについては、漢方では古くから着目され、その治療手法が見出されてきました。
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有名処方に防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)があります。これは「湿病」という病態に属し、外からの湿気により関節の痛みが増す場合、特に変形性膝関節症といった膝の痛みにしばしば用いられる漢方薬です。
また越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)という処方もあります。やはり膝の痛みに使われやすい薬で、関節の炎症を抑え、腫れを除いて痛みを改善する薬能があります。
他にも頚椎症などで見られる腕の痛みや痺れ、さらに坐骨神経痛などの症状に対しては、桂枝附子湯(けいしぶしとう)や甘草附子湯(かんぞうぶしとう)、また桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)や二朮湯(にじゅつとう)などが用意されています。
さらに頭痛に対してはかなり多くの処方があり、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)や五苓散、さらに川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)や麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)、時に小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)などが使われることもあります。
ただしこれら痛みの治療は、かなり専門的な知識を必要とします。痛みだけを取る鎮痛薬のように、だれでも簡単に使える薬は漢方では基本的に用意されていません。
痛みといってもさまざまな状態が考えられますので、気になるかたはなるべく漢方専門の医療機関に足をお運びください。ただ漢方が天候による痛みに対して効果的であるということは、是非知っておいてください。長く考察し続けてきた病態であるからこそ、漢方の得意分野だと言っても過言ではありません。
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