□腰部脊柱管狭窄症・腰部椎間板ヘルニア
~坐骨神経痛への新たな漢方治療~
<目次>
■坐骨神経痛が発生したら・漢方治療を選択しますか?
■進化し始めている坐骨神経痛への漢方治療
■今までの痛み・痺れ治療の利点と欠点
1、中医学の基礎概念・痛み・痺れの捉え方
2、現代中医学的手法の利点と欠点
3、再考しなければならない基礎理論
■より現実的な考え方の模索と新たな治療手法
1、実際に漢方薬に出来ること・そこから導き出す現実的な理論
2、いかに血行循環を改善させるか
3、古典の読解にこそ解答がある
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■坐骨神経痛が発生したら・漢方治療を選択しますか?
腰やお尻の辺りに重だるい痛みを伴い、歩行中の下半身に不快な痺れや痛みを発生させる腰部脊柱管狭窄症や腰部椎間板ヘルニア。これらの症状は坐骨神経痛と呼ばれ、腰椎から下肢へと走行する坐骨神経に沿って不快感を発生させます。
もし脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアと診断されたのであれば、それは骨や椎間板の変形によって神経が圧迫されていることが確認された証拠です。したがってこれらの変形をもとに戻すというのが、根本的な原因に対する治療ということになります。
このような一般的な見解から考えると、漢方治療を行おうとはなかなか考えないのではないでしょうか。内服薬で治療するのではなく、神経ブロックや手術など、骨や椎間板や神経に直接働きかける治療を行おうとすることの方が自然だと思います。
この選択は決して間違えではありません。しかしこの先入観だけをもって漢方治療を選択肢に置かないというのは、正直勿体ないと感じます。なぜならば、坐骨神経痛は漢方薬よって実際に改善するケースが多いからです。
■進化し始めている坐骨神経痛への漢方治療
ただし「漢方薬を服用したけれどもちっとも効かなかったよ」という方も相当おられると思います。なぜそう思うのかというと、現在行われている坐骨神経痛治療の中には、少々古いやり方を用いてるケースが散見されるからです。
実は、一昔前までは漢方治療においても脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアに伴う坐骨神経痛は難治性の症状でした。しかし現在漢方の世界では坐骨神経痛の治療手法が見直されてきており、より現実的な手法によって漢方治療が大きな飛躍を遂げている現状があります。
今までの治療手法を全て否定するわけではありませんし、各先生方が行っている治療をすべて把握し切れているわけでもありません。しかし少なくとも私自身の周りではより効果的な治療が新たに導き出されています。そこで今回、今までどのような治療手法が用いられてきたのか、そして新たにどのような考え方に基づいて治療を行い始めているのかということについて、その概要を解説していきたいと思います。
既に漢方治療を行ってみたものの効果が無かったという方にとって、新たな可能性を提示させて頂ければ幸いです。
■今までの痛み・痺れ治療の利点と欠点
まずは今まで行われてきた坐骨神経痛治療の概略をご紹介したいと思います。ネットや本などにて解説されているものの多くは、主に中医学の基礎概念に基づいています。そこで今回は中医学を例にあげてご説明したいと思います。現代中医学は非常にシステマチックに理論を構築している学問ですので、初学の方でも分かりやすい理論を展開していることが特徴です。
1、中医学の基礎概念・痛み・痺れの捉え方
まず中医学では痛みの発生原因を「経絡の阻滞」と捉えています。経絡という気血の通り道が滞っているから痛む、という考え方です。そのため経絡の流れがなぜ滞っているのか、ということを把握することが、中医学的治療の核になります。
経絡が阻滞する原因は大きく2つに分かれます。外からの要因(外因)と中からの要因(内因)です。外因(がいいん)とは外からの影響によって痛みが発生している場合で、風・寒・湿などの要素に細かく区分されます。また内因とは逆に体内の失調に起因しているものを指します。痰飲(たんいん)と呼ばれる水分代謝異常や瘀血(おけつ)と呼ばれる血の滞り、また気血が少なく弱いという意味の血虚や気虚などがあります。
これらを詳しく区分して適応処方を導くというのが中医学の基礎的な考え方です。これを弁証論治(べんしょうろんち)と言います。例えば冷えて痛むならば外からの寒(外寒)にやられていると解釈します。また湿気が多くなると痛むのであれば外湿にやられていると解釈します。この時もし下肢の浮腫みや痛みに重だるさを伴えば、内因である痰飲も同時に絡んでいると考えます。そうやって病態を解析(弁証)し適切な薬方を選択(論治)していくのが中医学です。
例えば腰痛や坐骨神経痛に使用される処方として「独活寄生湯(どっかつきせいとう)」がありますが、この処方ならば風・寒・湿の外因により発症した痛みが、気血両虚・とくに肝腎の不足という内因があることによっていつまでも治らないという病態に用います。冷えたり曇天になったりすると痛みや痺れが強くなる、かつ年齢を重ねて身体に弱りが出てきたという状態にて使用されることの多い処方です。「独歩顆粒」や「独歩丸」という商品名で販売されており、脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアにおいて比較的頻用されている傾向があると思います。
2、現代中医学的手法の利点と欠点
痛みの原因を外因と内因とに分け、症状からどのような原因によって病が形成されているかを把握する。中医学でのこのやり方は、説明する際にとても分かりやすい手法です。痛みや痺れを発生させる様々な病に広く応用させることが可能という意味で、非常に汎用性の高い考え方だとも言えます。
しかし果たしてこの手法が臨床的に的確かというと、実は必ずしもそうとも言えません。問題は分かりやすい区分を行い過ぎているために混在した症状に対応しにくいという点と、広く病態を包括して理解しようとするあまり各病の特殊性を考慮しにくいという点にあります。
例えば、冷えて悪化すると同時に湿布で冷やすと楽になる、もしこのような状態があるならばどう解釈したら良いのでしょうか。天候に左右されるが雨天の時にいつも痛むというわけではない、若い頃よりだいぶ筋肉は減ったが疲労感なく日常生活に差支えはない、このような白黒はっきりと分けることのできない状態が実際の臨床ではむしろ一般的です。区分をはっきりさせなければならない基礎中医学的解釈では、それが返って状況把握を困難にさせてしまうという一面があります。
さらに痛み・痺れという症状を広く経絡の阻滞と解釈してしまうと、例えば坐骨神経痛のような足の痛みと変形性膝関節症のような膝の痛みとを同じ土俵で解釈しなければならなくなります。実際に両者の病態は全くの別物であり、東洋医学においても治療の考え方をはっきりと区別しなければなりません。
このような理由から、中医学での基礎理論のみでは病態把握が難しく、なかなか効果を発揮させることが出来ないというケースが多々発生してきます。これは坐骨神経痛のみならず、変形性膝関節症や関節リウマチにおいても見受けられる傾向です。私自身も初学の頃、基礎的な中医学解釈のみでは一向に効果が上がらず、もし改善へと向かったとしてもまぐれに過ぎず、全く再現性がないということを多く経験しました。
3、再考しなければならない基礎理論
これは私だけの経験ではなく、広く現在の漢方界において認識されつつあることでもあります。加齢と共に筋肉と骨とが弱ることを単に肝腎不足と捉え、冷えたり曇天によって悪化するということを単に外感寒湿と捉える、だから独活寄生湯や牛車腎気丸で治療しますという考え方では、坐骨神経痛は改善されません。このような中医学の基礎概念をそのまま運用しているケースを今でも目にすることはあるものの、既に多くの先生方が「臨床的に使いにくい・使えない」ということに気づき始めています。
多くの臨床家が感じられているはずのこの事実を鑑みれば、基礎中医学的概念を臨床に用いる場合には、さらに現実的な手法へと再考する余地があると言わざるを得ません。分かりやすいという点で優れてはいますが、これをそのまま坐骨神経痛治療に応用することには無理があるというのが、私自身の率直な感想です。
実際に坐骨神経痛を治療していくためには、中医学の基礎理論をさらに発展させた上で運用する、また中医学にこだわらず新たな治療手法を導いていくなどといった配慮が必ず必要になってきます。中医学や日本古方派などの流派に関わらず、より現実的で実証性の高い手法を持たれいる先生方は、必ずと言って良いほど基礎からの脱却を成し得ています。
■より現実的な考え方の模索と新たな治療手法
近年、漢方による坐骨神経痛治療は基礎概念とは異なる考え方によって飛躍を遂げていると感じます。各先生方によってその手法は異なりますが、共通して言えることは「現実に起こっていることから理論を導いている」という点にあります。
ここでは私自身の経験に基づく考え方をお話しいたします。どちらかと言えば『傷寒論(しょうかんろん)』や『金匱要略(きんきようりゃく)』と呼ばれる漢方の聖典を理解されている先生方が中心となって行っている手法ではありますが、いわゆる現行古方派の考え方とは一線を画す理論により導き出されている考え方です。
1、実際に漢方薬に出来ること・そこから導き出す現実的な理論
その考え方の根幹を一言でいえば「より現実的な手法を用いましょう」ということに尽きます。
腰部脊柱管狭窄症や腰部椎間板ヘルニアは、骨や椎間板の変形により神経を圧迫することで坐骨神経痛が発生します。しかし圧迫している状態があるにも関わらず、常に症状が表れているわけではありません。お風呂や温泉に入って温まると症状が消失したり、立ち止まって休んでいるとまた歩けるようになったりするなど、坐骨神経痛には症状が緩和される時が存在します。
こういう現実があるならば、もし漢方薬をもってお風呂に入っている状態や身体を休めている状態へと導くことが出来るのであれば、症状は緩和されてくるはずです。つまり「症状を発生させていない時の体の状態へといかに導くことができるか」というのが、新治療の根本的な着想です。
坐骨神経痛治療に関わらず、漢方治療では薬を飲むと一時的に体がほんわかと温まる現象を自覚出来る時があります。また漢方薬服用後に熟睡できるようになり、朝起きた時に疲労感が取れているという現象もまた起こることがあります。このような治療の延長線上に坐骨神経痛治療への応用を見出し、痛みや痺れを緩和させるという手法を脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアに適応させていくわけです。
2、いかに血行循環を改善させるか
この治療において用いられる漢方の薬能は、一言でいえば血行循環を改善している、ということだと感じています。基礎中医学でいう所の「気」だとか「血」だとかの概念的なことではなく、現実的に血行が促されているから痺れや痛みが軽減されてくるのだと思います。
西洋医学においても神経周囲の血行障害を改善する必要性は以前より着目されており、プロスタグランジンE1製剤(オパルモンやプロレナールなど)いわゆる「血管拡張剤」を処方するケースが多くなってきています。しかしこれらを使ってもなかなか良くならないという方が実際にいらっしゃします。そのような場合であっても、的確な漢方薬を選択し服用して頂くとたちまち改善へと向かい始めるということが散見されます。
ただし血行障害と一口に言っても、人によりその状態は千差万別です。その個人差を把握し、的確に対応させるのが東洋医学であり、漢方薬と血管拡張剤との効能の差はおそらくこのような所に起因しているのではないかと考えています。
3、古典の読解にこそ解答がある
では実際に血行を促すためには、どのような手法を用いれば良いのでしょうか。患者さまの個人差を把握し、的確に処方を選択していくためには、それを導くための理論が必要です。
そのヒントは古典にありました。先述した『傷寒論』全体、そして『金匱要略』の中でも「湿病」や「血痺虚労病」などの解釈に見るべき要素があります。詳細はかなり専門的な説明になってしまいますのでここでは止めておきますが、これらの古典にて述べられている骨と筋の関係性や血行へのアプローチの仕方を臨床から学ぶことで、ある現実的な手法を導くことが可能です。
この手法が有意義である所以は、現実に患者さまが感じられている漢方薬服用後のリアクションからヒントを得ている点です。教育や説明のためにガチガチに固められた東洋医学理論を用いるわけではなく、あくまでより現実的な効果から治療手法を紐解いているという所に利点があります。
着想の根底が空理・空論から始まってはいないために、より現実的な効果を発揮させることが出来るのだと言えそうです。もちろん、すべての坐骨神経痛をこの手法をもって改善できるというわけではありませんが、今まで行われていた治療と比較して、より現実的な効果が増しているという点は確実だと思います。
我々臨床家に求められているものは現実的な結果であり、そこから理論を導くという考え方が今では主流です。現代中医学・日本古方派など様々な考え方が混在している現在、私たちはその考え方を知り学びつつも、実際に臨床に応用できる考え方を見出していくことが求められています。
そしてこの考え方は、特段新しい考え方というわけでは実はありません。新治療と銘打ってはいますが、現実から理論を組み立てるという行為そのものは、漢方の歴史の中で先哲たちによって常に繰り返されてきたことでもあります。そしてそれが古典として現代に継承されている、その流れを鑑みれば、古典にこそ現実的な手法が存在しているというのは、当然のことでもあるのです。
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