◆漢方治療概略:「動悸」・後編

2021年05月01日

漢方坂本コラム

◆漢方治療概略:「動悸」・後編

<目次>

桂枝・甘草剤を使ってみる

■苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)
■桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)
■炙甘草湯(しゃかんぞうとう)
■桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)と芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)

半夏・茯苓剤を使ってみる

■半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
■温胆湯(うんたんとう)
■六君子湯(りっくんしとう)

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<まえがき>

昨今、漢方薬はとても身近な薬になりました。

多くのCMが流れていますし、ドラッグストアにはたくさんの漢方薬が販売されています。このような市販薬は簡単に手にとって選べるという意味でとても便利です。しかし「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。

そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略がいりゃく(細部をはぶいたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。

概略はあくまで概略。臨床では確実にその応用が求められます。ただし基本的手法でズバリと治せる方も多く、そういう意味では体調不良でお困りの方にはぜひ読んでいただきたい内容かと。

ただ「何を言っているのか良くわからないぞ」とか、「やってみたけど全然だめ」という方がいらっしゃいましたらその時はぜひ漢方専門の医療機関に足をお運びください。

この場で伝えたいことは山ほどありますが、とてもじゃないけれど伝えきれません。実際におかかりになれば基本どころではない、各先生方が提供される漢方の神髄を体感できるはずです。

「動悸」の漢方治療概略・後編

緊張すると動悸する、家でリラックスしている時に動悸で胸があおられる。動悸は生活の中でありふれた症状ではありますが、それが日常的に続くとなると非常に気になるものです。心臓がどうかしてしまったのではないかと恐怖心にかられる方も多く、当薬局でもご相談の多い症状の一つです。

ただし動悸は漢方薬によって治りやすい症状です。私見では漢方治療を行う上での基礎的症状だといっても過言ではありません。

その分たくさんの適応処方があるため、どう選んだら良いのかわからないと思います。そこでごくごく簡単に、動悸治療の指針を解説していきたいと思います。

失敗の少ない優しい処方を選んでおきましたので、ぜひ参考にしてみてください。

※前編はこちらを参照してください
◆漢方治療概略:「動悸」・前編

桂枝・甘草剤を使ってみる

動悸に使われる処方の多くに「桂枝けいし」と「甘草かんぞう」とが内包されています。緊張したときにみぞおちあたりから突き上げるような動悸を感じるという状態、「気の上衝じょうしょう」と呼ばれる緊張状態に対して、桂枝・甘草剤がしばしば著効します。

桂枝・甘草は「身体をスムーズに興奮へと導く際に用いる組み合わせ」です。興奮によっておこる動悸の中でも「冷ますべき興奮」に用いる薬ではなく、「がんばって興奮し過ぎないよう、体を助けてあげるべき状況」に対して効果を発揮します。

興奮は単に高い・低いの尺度だけで測れるものではありません。興奮が安定していない、つまり不安定という状況においても動悸が起こりやすくなります。

桂枝・甘草剤はこういった興奮状態を「安定」させてあげるという薬です。非常に漢方的な概念に基づいて使われる方剤群であり、その機序を説明しようとすると大変難しくなってしまいます。

ですのでここでは簡単にその使い分けだけ解説します。

桂枝・甘草剤が適応する方の特徴としては「緊張・興奮した時にだけ、顔が火照って赤くなり動悸する」という傾向があります。

黄連剤はどちらかと言えば、常に顔を赤くしているような人に適応します。一方、桂枝・甘草剤が適応となる方は、その時にだけ顔が赤くなるという印象があります。いつもは普通の顔色なのに、緊張した時だけ、興奮した時にだけ顔がポッと赤くなるという感じです。恥ずかしがりやの方や、緊張しいの人に、このような方が多いと思います。

当然これだけでは判断できないのですが、一つの参考にはなるかと思います。また断続的に顔が火照る方でも、黄連が必要な時があるため一概には言えないという側面も多分にあります。そしてどちらかと言えば「黄連」や「柴胡」が適応するイライラではなく、「不安」の方に感情が引っ張られる傾向があります。緊張しいで、おどおどした感じ。何となく伝わるでしょうか。桂枝・甘草が必要だと感じられる方は、慣れてくるとけっこう分かりやすいものです。

■苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)

桂枝・甘草の組み合わせは、そこから多くの処方へと派生していきます。特にこの「苓桂朮甘湯」はとても有名であると同時に、桂枝・甘草剤の基本処方です。

色白で、立ちくらみしやすく、やや貧血の傾向があり、動悸するという方。そういう方であればまずこの処方を服用してみることをお勧めいたします。女性には適応者が多いのではないでしょうか。とても優しい薬ですので、それほど躊躇することなく簡単に試して問題ありません。

特に「呼吸が苦しく・息が深く吸えなくなるような動悸」に対して良い薬です。いろいろな所で「浮腫みがある人」という解説を良く見ますが、そこにはあまりこだわらなくて良いかと思います。

■桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)

桂枝・甘草剤である以上に、桂枝・甘草を内包した「桂枝湯けいしとう」を基本にしているという所がこの処方のミソです。

桂枝湯は「疲労」を取る薬です。そう考えて一考に差し替えありません。桂枝湯で検索すると風邪の基本処方と書かれていることが多いのですが、疲労に対しての方が効きます。また疲労には「補中益気湯ほちゅうえっきとう」が有名ですが、桂枝湯の加減の方が効く場合も少なくありません。

ですので「桂枝加竜骨牡蛎」は「疲れてくると動悸する」という方に良く用います。疲れるとドキドキして胸があおられる、さらにソワソワして居ても立っても居られなくなり不安感が押し寄せてくるという方。それほどまれでなはく、けっこう日常的に起こることの多い状態です。

疲労を取る薬ですので、頑張り過ぎている日常を見直しながら、長く服用することで疲労を取り続けることをお勧めいたします。

■炙甘草湯(しゃかんぞうとう)

ネットで動悸と調べると比較的出てくることの多い処方です。桂枝・甘草剤の一種ではありますが、この処方も基本は「桂枝湯」です。

やはりある種の疲労に対して効果を発揮する薬です。胸回り、つまり胸・背中という上半身・帯状の部分に対して、血行を促す効能を持っています。

年齢が40から50・60と進むにつれて、人の胸回りはどうしても血行が滞ってきます。肩のだるさを感じやすくなったり、胸の圧迫感を感じやすくなったりしてきます。こういった加齢に伴う胸回り血行障害に対して効果を発揮するのがこの処方です。胸回りの血行を促すことで、心・肺の血流の負担を軽減するという意味合いが込められています。

そのため不整脈や肺病にも良く使われます。壮年期の女性で体格良く、疲れてくると脈が飛ぶ感覚があるというような方、同時に動悸や胸苦しさがあるという方であれば試してみる価値のある処方です。

■桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)と芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)

「桂枝茯苓丸」は「瘀血おけつ」と呼ばれる血行障害に対して用いられる有名処方です。かなり有名ですので、その適応病態はさまざまな所で詳しく解説されています。

夜間に手足が火照りやすい、月経血に血の塊が混ざりやすいなどの症状が目標になります。その他にもさまざまなポイントがありますが、ここでは一つだけ。動悸に使うなら「芍薬甘草湯」を混ぜる。即効性が明らかに変わってきます。月経痛が激しいという方にもおすすめです。

半夏・茯苓剤を使ってみる

心下しんか(胃)に水が溜まっている。この状態を漢方では「心下に支飲しいんあり」といいます。

飲んだ水が胃で滞ってしまっていますよ、という解釈。確かに胃腸の弱い方では、しばしばこのような状態が起こります。

そしてこの支飲は、単に胃に水を溜まらせるということだけに止まりません。水が胃から上へとあふれるように、さまざまな症状を身体に発現させてきます。

例えば心下に支飲がある方では、めまいが起こりやすくなります。また咽のつまりや胸の圧迫感、息苦しさや動悸などが生じるようになります。

胃から上、つまり胸や咽や顔面や頭に水があふれ出してくるという着想です。そして水の溜まりは、身体に継続する緊張感をしばしば並存させてきます。

そのため自律神経が乱れることによって起こる動悸に対しては、この胃部の支飲という解釈がとても大切になってきます。そしてこういった症状に対して用いられるのが「半夏はんげ茯苓ぶくりょう剤」です。

■半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)

半夏・茯苓剤の中で動悸に使う薬を挙げなさいと言われれば、真っ先にあがる処方、それが「半夏厚朴湯」です。

梅核気(ばいかくき)と呼ばれる「咽に何かつまったような感覚」に対して頻用されています。ただし、それだけを目標にしてもこの薬は効きません。咽に何かつまった感覚だけなのであれば「麦門冬湯ばくもんどうとう」(咽を潤す薬)の方が多くのケースで効果的です。

この処方の本質は、緊張を緩和させるという点にあります。そしてその原因は支飲、つまり胃の弱さと水分代謝異常にあります。

もとより緊張感と不安感とが強く、何事においても心配になり、心配になると胸に手を持っていくしぐさをする方。ハッとして胸に手を置き、息をゴクリと飲み込むようなしぐさをする方です。そういう方であれば、同時に胸がドキドキ、動悸を併発するはずです。このような動悸に対してこの処方はしばしば効果を発揮します。

胃・胸・咽の連動する緊張感を解除します。顔がむくみやすいというのも一つの目標になります。そんなところをポイントにしてこの薬を使ってみてください。紫蘇が好き、という方であれば尚良いと思います。

■温胆湯(うんたんとう)

胆を温める、という何やら意味の分かりにくい命名をされてしまった処方です。私見ではこの名称が良くないかと。古来より解釈が右往左往してしまっています。

ただ動悸に対しては無くてはならない処方です。特に自律神経失調における動悸に対しては超重要です。胆とか温めるとかは分かりにくいので置いておきます。基本は胃薬。立派な半夏・茯苓剤の仲間です。

ですので基本は「半夏厚朴湯」と同じ使い方で構いません。違うのは胃の詰まり方。「半夏厚朴湯」よりもやや「胃の詰まり」が強い場合に使います。

胃の詰まりが強いというのは、自覚的に胃が詰まる・もたれるという解釈ではありません。良く食べるということです。食べ物を詰め込む傾向がある方は、自覚せずとも必ず胃が詰まりやすくなってきます。

そのため大食家で、便秘の傾向がある方。胃の詰まりが強いので上半身にたくさん水が張り出してきます。胸・肩・背中が丸く太りやすいという方。背中に水を背負って重くなりますので、肩こりや時に背中が冷えるという方もいらっしゃいます。

不安感が強く、何事においても心配になりやすいという点は「半夏厚朴湯」と同じです。古人はこの状態を「きもが冷える」と解釈したのでしょう。だから「温胆湯」。この名称になったわけです。でも分かりにくいですよね。ポイントは胃の詰まりと上半身太りの傾向、そんな方の動悸であれば「温胆湯」は即効性をもって動悸を鎮めます。

■六君子湯(りっくんしとう)

胃腸薬として大変有名な「六君子湯」。ただしこの薬は、胃腸薬というだけで決して論じられません。

基本的には胃腸機能が「弱い」ということが全面に出ている場合に使います。疲れると食欲がなくなる、もともと小食で食欲がわきにくい、そんな方の胃腸薬として本方は非常に効果的です。

そして同時に「六君子湯」は半夏・茯苓剤の仲間です。なので動悸に使います。胃に支飲をため込んでしまうことで起こる、緊張性の強い動悸に対してです。

「半夏厚朴湯」や「温胆湯」との違いは「胃腸の弱さ」です。緊張感や不安感が強い方ならば先ずは「半夏厚朴湯」、胃が丈夫で食べ過ぎる傾向があるなら「温胆湯」、そして胃腸が弱く食欲がなくなりやすいなら「六君子湯」です。この使い分けが出来るだけでも、かなり「漢方を分かっている人」という感じです。



■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈

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