◆漢方治療概略:「疲れ・疲労倦怠感」・後編
<目次>
疲れ・疲労感に使える処方
1.十全大補湯
2.補中益気湯
3.小建中湯
4.六君子湯
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「疲れ・疲労倦怠感」においては、一般的に「虚」に対する治療がしばしば行われます。
「虚実」は東洋医学における重要概念ですが、簡単に言えば、実とは体力が充実している状態を指し、虚はその逆、体力がない状態を指しています。
ただし本質的には体格のみで判断できることではありません。
虚実の見極めのポイントを「前編」にて解説していますので、まずは処方の解説に入る前に是非こちらのコラムをお読みください。
後編では、疲労を取るときに使いやすい漢方処方を解説していきます。
どこでも手に入れやすい、なるべくありふれた有名処方をピックアップしました。
1.十全大補湯
2.補中益気湯
3.小建中湯
4.六君子湯
それでは各処方の使い方を解説していきましょう。
疲れ・疲労感に使える処方
1.十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
最初に言うと、上記にあげた処方は数字が進むにしたがって「虚」の程度が深くなります。
まずは十全大補湯ですが、この処方はこの中では最も「虚」の程度が軽い状態に使うと考えていただいた方が良いと思います。
四物湯という「血」を補う薬と、四君子湯という「気」を補う処方を合わせ、そこに黄耆と桂皮という生薬を加えたものが十全大補湯です。
気血を同時に補うという目的で使うこの処方は、一見非常に虚した状態に使うように見えますが、実は極虚の状態に使用すると痛い目を見る処方でもあります。
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なぜならば、四物湯という薬は、漢方において「重い薬」に属するからです。
地黄・当帰あたりが重く、「胃気」があまり強くない方に使うと逆に胃腸を荒らしてしまうことがあります。
そのため先に述べたような、もともと少食であまり食べられないという胃気の弱い方に使うべき薬ではありません。
「虚」の程度は深まれば深まるほど、胃気(胃腸)の弱りに帰結していきます。したがって、胃気の弱りを顕在化させていない疲労にこの薬を使うというのが前提で、十全大補湯で食欲が湧くという方も当然いらっしゃいますが、それはもともとは大食家で、年齢とともに昔のように食べられなくなったという程度の弱さに対して効果を発揮するという印象です。
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そこで十全大補湯を服用する場合では、食べる力はそこそこある時に使うという点に気を付けてください。
この処方が良く効くケースは、若い時は元気だったものの、年齢とともに疲れやすくなり、寝ても疲れが取れにくくなったという壮年期以降の方です。
実は年齢はあまり関係ありませんが、こう言った方がイメージが付きやすいと思います。
特に、酒を飲むと良く眠れるから毎日晩酌するようになったという方であれば一度試してみてください。また、養命酒を飲むと調子が良いという方。この薬は養命酒を濃くしたような薬です。したがって養命酒を飲むよりも、この薬を飲んだ方が効果が高いと思います。ただしこの時気を付けていただきたいのが、酒によって胃もたれや下痢が起こっているのであれば、まずは酒を止めるか胃腸を立て治す薬から始めてください。
2.補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
疲労回復薬として最も有名な処方だと思います。
中(胃腸)を補い気を益す薬、という名称通り、胃腸への配慮がちゃんとなされている処方です。
この薬にも胃に重い生薬に属する当帰が入っていますが、十全大補湯に比べて明らかに当帰の重さを消す工夫がなされています。
当帰の滋養を胃に負担なく入れ込むという配慮、創方者である李東垣による巧の処方と言えるでしょう。
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しかしこの処方もやはり「重い虚」の状態に使う薬ではありません。
疲労していたとしても未だ活力のある状態に使います。疲れて立ち上がることが出来ないとか、力が入らず体を起こすことが出来ないとか、そういう段階で使う薬ではありません。
詳しくは当HP補中益気湯の解説を見ていただきたいのですが、疲労といっても日常に転がっているような疲れやすさに対して効果を発揮する処方です。
例えば最近疲れが取れないなとか、今日は深く寝たいなとか。ドリンク剤でも飲んでやろうかというタイミングで、この薬を服用するとドリンク剤以上の効果を感じられると思います。
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十全大補湯に比べて胃気への配慮が強いため、誰でも安心して服用することができます。
また筋肉質な方でも、また筋肉の付きが悪い方でも比較的安心して飲むことができます。
誰でも安心して服用することができる、そういう汎用性の高さがこの薬の最も優れている点です。
副作用が少なく、使いやすいという点ではこの薬が最も優れているでしょう。ただし、当薬局にお越しになられるような、やや非日常的な疲労状態を生じている方に対してはぬるいという印象です。すなわち私はこの処方をあまり使いません。
〇参考コラム
→【漢方処方解説】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・前編
3.小建中湯(しょうけんちゅうとう)
『金匱要略』という漢方の聖典には「虚労」という概念が記載されています。
血流の悪さに伴う疲労を主とする病態ですが、この「虚労」に使用される代表方剤が小建中湯です。
黄耆建中湯や当帰建中湯という類方もありますが、その原型が小建中湯です。ですのでここでは小建中湯をメインにしてご紹介したいと思います。
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昭和の大家が書いた本には「子供には小建中湯」という口訣が多く記載されています。
特に胃腸が弱いお子さま、お腹が冷えて下痢しやすいとか、食欲にムラがあって食べる時と食べない時との差が激しいとか、そういう時に使うと子供が元気になるよという使い方を推奨しています。
これは確かにその通りで、私もこの処方でたくさんのお子さまの症状を改善してきました。
そのためズバリ言えばこの薬は、お子さまの疲労倦怠感に是非使ってみることをお勧めいたします。
ただし、シナモン(桂皮)があまり好きではないという子には合わない時があります。
また、この薬の甘さが嫌だという子であれば同様に止めた方が良いかもしれません。
得てして飲みやすい処方ですが、味が苦手という場合は避けた方が良いでしょう。お子様は大人に比べて敏感な傾向があります。飲みやすさという点に着目すると、お身体に合う漢方薬が見つけやすいものです。
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実はこの処方は、子供だけに使う薬では決してありません。
「虚労」と呼ばれる東洋医学の重要病態、その骨格を作り上げるために考案された中心処方という位置付けがなされています。
子供のみならず、上手に使うと大人の疲労感、特に今までどの処方でも改善し得なかった深い疲労感が消えていくという効果を発揮することがあります。
処方の根幹として「胃気への配慮」が明確になされているからです。胃気がどのように身体に影響を与えるのか、その概念を具現化した薬がこの小建中湯という処方です。
そもそも私は、この小建中湯こそが疲労を取る薬の原型になっていると考えています。先で述べた補中益気湯や十全大補湯は、明らかに小建中湯を原型として作られています。
そう解釈することで、逆に補中益気湯と十全大補湯の使い道が見えてくるものです。ただしこの小建中湯を正確に運用するためには、やはりエキス顆粒剤ではなく煎じ薬をもってする必要があります。
4.六君子湯(りっくんしとう)
日常的に起こりやすい疲労に対して、上記3つの処方をあげてきました。
そして虚の程度は最終的に胃気の弱さにたどり着くとも説明しました。
十全大補湯・補中益気湯・小建中湯は、この順で胃気の弱りを回復する力が強くなります。
これらは全て、胃気にある程度配慮しながら疲労を取るという薬能を持っていますが、胃気の弱さが明確であるならば、一度疲労回復という視点を外して、まずは胃気の回復から行わなければならないケースがあります。
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もともと少食で常に食欲がないという方、また重い労働や強いストレスから食欲がなくなり体重が減ってしまったという方であれば、まずは食べる力から回復しなければなりません。
この時いくら疲労を取ろうとしても回復しません。食べてそれをエネルギーにするという疲労回復の根幹(胃気)を立て直さなければならないからです。
したがって漢方における疲労回復薬は、その程度が重くなるほどに胃腸薬に帰結していきます。この六君子湯はその一つですが、実際には六君子湯だけでなく、様々な胃腸薬をもって胃気を回復する手法を試していきます。
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ただし六君子湯は比較的使いやすい処方だと思います。飲みやすく、軽い。どのような胃腸の状態であろうとも、ある程度優しく、副作用なく安心して服用することのできる胃腸薬です。
食欲がないという場合に、まずは使ってみることをお勧めいたします。副作用が少ないため、胃気の弱い方の導入として紹介しやすい処方です。
使用のコツとしては、胃気の弱さにしたがって六君子湯をさらに薄めるという手段があります。六君子湯ではまかないきれない胃気の弱りに対して、さらに六君子湯を少量にして服用した方が効果が高いという場合があるのです。
漢方はあくまでその方に合った分量である場合にのみ効果を発揮します。特に胃気の弱い方では胃腸が繊細ですので、多めに飲むよりもむしろ少なめに飲む方が効く、ということが実際に起こります。
また六君子湯をさらに違う薬で薄めるという手段もあります。よく使われるのが香蘇散で、普通量の香蘇散に少量の六君子湯を混ぜると胃気の回復が早い場合があります。
特に胃気の弱さとともに、鬱々として気持ちが暗くなる、気力がなくなるという方に良いでしょう。紫蘇の香りが好きという方であれば、尚の事お勧めしたい服用方法です。
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