◇養生の実際
~食養生がなぜ大切なのか・胃腸の役割とその乱れ~
<目次>
体における胃腸の役割と「胃気の不和」
「胃腸の乱れ」とは何か
1、胃腸の弱い方
2、胃腸の強い方
3、胃腸が緊張しやすい方
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食養生がなぜ大切なのか・胃腸の役割とその乱れ
先のコラムで、食養生の具体像を解説していきました。
ただ実際には、少々補完的な解説が必要であると思っています。
食養生は、多くのケースで症状改善のための絶対条件になると解説しました。
では、なぜ食養生が大切なのでしょうか。
そして「胃腸の乱れ」とは、具体的に何を指しているのでしょうか。
今回はこの点について、補足していきたいと思います。
養生はその意味を知ることが極めて重要です。意味を知った上で行うからこそ、継続して無理なく行うことができるからです。
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私が食養生を説明させていただく方の中には、「自分はそれほど胃腸は弱くないよ」と、そう感じられている方も多くいらっしゃいます。
しかし胃腸の乱れとは、単に「胃に何らかの不快感がある」ということだけではありません。
自覚的な不具合が胃腸になかったとしても、胃腸に乱れを生じている場合が、実際にあるのです。
しかし自覚がなければ、自分に食養生は必要ないと思ってしまうことも、当然のことかと思います。
そこで、ちゃんと説明しておきたいのです。
胃腸にまつわる疾患はもちろんのこと、自律神経失調症やパニック障害、更年期障害や酒さ・赤ら顔などにお困りの方にとっても、病を改善へと導くために、とても大切な内容になります。
体における胃腸の役割と「胃気の不和」
最初に、胃腸の役割について説明していきます。
胃腸がいかに重要な役割を担っているかを、まずは知っておいてください。
結論から先に申し上げます。
漢方では、胃腸を「さまざまな病の根幹をなす要所」だと捉えています。
特に「胃」という部位。
ここを「心下」と呼びますが、この不具合が見立て上、非常に大切なのです。
この不具合のことを、漢方では「胃気の不和」と呼びます。
東洋医学には肝や心、腎や肺や脾という臓腑の失調から体を捉える臓腑弁証というのもがありますが、ここで言っている「胃気の不和」とは、これとは全くの別物です。
より東洋医学の本質に近い上位概念、と言っても過言ではありません。簡単に説明していきましょう。
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「胃気の不和」が提唱されたのは、臓腑弁証が成立するずっと前、およそ2000年前に書かれたとされる漢方の聖典『傷寒論』です。
その中で胃(心下)は、「血液や水分循環の要所」だと捉えられているフシがあり、この「胃気の不和」が生じると、胃腸のみならず、からだ全体に大きく影響を与えるという現象が提示されています。
これは現代の病においても通用する考え方です。
というのも、胃気の不和を解除する薬を使うと、さまざまな病が改善へと向かうことを実際に経験するからです。
例えば胃炎や膵炎、過敏性腸症候群や潰瘍性大腸炎などの消化器疾患のみならず、自律神経失調症やパニック障害、更年期障害や起立性調節障害、酒さや赤ら顔に至るまで、全身に及ぶ症状であったとしてもこの「胃」に対する手法をもって改善し得るという臨床的事実があります。
これは私の経験というだけでは決してなく、今まで歴代の名医が散々論じてきたことでもあります。
先哲たちはさまざまな病において、「胃(心下)」にいかなる不調が潜んでいるのかを探り当てることの重要性を説き続けてきました。
古典において散見されるこれらの記載は、「胃」という部位の大切さを強く物語っています。
すなわち漢方において、「胃」というのは単なる消化管の一部ではなく、あらゆる病の根源をなし得る大切な部位だと、古くから認識されているのです。
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「胃気を和す」という手法。
漢方には、「胃気を和す」という多くの病に通用する大切な手法が存在しています。
そしてこれは臓腑弁証では及びもつかないほどの、現実的な効果を発揮する手法であり、かつさまざまな病に広く応用できる、非常に有意義な手法でもあります。
したがってひとたび心下に問題を見つければ、漢方家はそれを「病を改善するための重要症候」として非常に重視します。
それゆえ、漢方にはたくさんの胃薬が用意されています。それらは単なる胃薬ではなく、自律神経や血流といった全身状態を改善するための薬として運用されているのです。
ただし、いくら漢方薬を使っても、ここで食事の節制が行われなければ、病は絶対に改善へとは向かっていきません。
漢方薬で調え、食事で胃を乱すのイタチごっこになります。
「胃気の和」を実現するためには、適切や薬方選択と、食養生との両輪が必要になってきます。
病の根幹から改善していくためにも、自分に合った薬を飲むことと同等、時にそれ以上に、食養生というものが重要になってくるのです。
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「胃」という部位の重要性を理解していただいた所で、今度は実際にどのような方に「胃気の和」を行う必要があるのかを説明していきたいと思います。
その答えは、当然「胃腸の乱れ」が存在している方です。
ただしこの「胃腸の乱れ」は、先述のように、単に「自覚的に胃腸に何らかの不快感がある」という場合だけで決してありません。
一見、胃腸が強いと思われている方にもこの「胃気の不和」があり、非常に見つけにくい症候であるがゆえに、歴代の漢方家はあらゆる方向からこの乱れを認識しようと試みてきました。
私たちが考えている「胃腸が弱い」とは、また違った概念であるということ。
この分かりにくい「胃腸の乱れ」とは何なのかについて、次に解説していきたいと思います。
「胃腸の乱れ」とは何か
まず先に申し上げたいことがあります。
胃腸は、「強い・弱い」で論じられるものではない、ということです。
まずは、そのことを理解していただくことが最も大切なことだと思います。
胃腸は強い・弱いではなく、「乱れているか・調っているか」で判断されるべきものなのです。
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例えば、あまりたくさん食べられない、食欲がなくなりやすい、下痢しやすい、胃もたれしやすい。
そういう方であれば、確かに「胃腸が弱い」状態だと言えるでしょう。
ですので胃腸を改善しなければいけない意味も感じやすいかと思います。
しかし、これは胃気の不和、つまり「胃腸の乱れ」の一つのケースにしか過ぎません。
さらに、食欲旺盛で、お腹いっぱいまで食べることができ、胃もたれがあってもすぐに回復し、病院にて検査しても胃には何ら異常がない。
そういう方であれば、確かに「胃腸が強い」状態であると言えるかも知れません。
しかし、こういう方ならば胃腸が乱れていないかというと、そうではありません。
胃腸の強い方だからこそ陥る「胃腸の乱れ」があのです。
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胃腸がもともと強い方であれば、何でも食べられるし、少々胃に不快感があってもすぐなくなるし、お酒だって油ものだって冷たいものだってお菓子だって、胃腸を気にせず自分の思うままに食べられるはずです。
しかし、このような食生活を行っていれば、必ず胃腸は疲れます。
疲れない胃腸など、存在しません。なぜならば、胃腸は大きな「筋肉」の管だからです。
ダンベルをもって筋トレをした時、何回やっても疲労しない筋肉などあるはずがありません。
筋肉は過剰に使えば必ず疲れます。胃腸も筋肉で構成されている以上は、過剰に使えば必ず疲労が起こってしまいます。
むしろ、胃腸の強い方では、胃腸の弱い方が経験することのできないほどの疲労を抱えることができます。
強いからこそ、そこまで疲れることができるということ。胃腸の強い方ほど、自覚しないまま胃腸を疲れさせることが可能になるのです。
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つまり、胃腸の弱い方であっても、逆に強い方であったとしても、胃腸に乱れが生じることがあります。この理解が、まずは大切になってきます。
そして、胃腸が乱れるとは、胃腸という筋肉(平滑筋)活動が乱れるということです。
つまり敏感になったり、冷たくなったり、ギュッと力が入って硬くなったり、逆に力が入らなくなって弛緩したりする。
筋肉活動の乱れですから、たとえ胃カメラをのんで胃壁を見たとしても、それに気付くことができません。
それ故に、この解釈は西洋医学ではあまり認知することができません。
これが、胃腸の乱れを認識することの難しさです。
直接的には確認できないゆえに、東洋医学ではこの症候を把握するための手法がさまざまな角度から考案されてきました。
胃腸のみならずより全身的な状態から、胃腸の乱れを認識する手法が培われてきたのです。
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その中で、胃腸の乱れには大きく分けて3種類あると、考えることができます。
一つずつ、簡単に説明していきたと思います。
自分に当てはまりそうだと感じられたならば、是非、食養生を実践してみてください。
1、胃腸の弱い方
一つは、胃腸の筋肉活動が弱い方です。
いわゆる胃腸が弱い方。自覚的にも、胃腸の不具合を感じやすい方です。
食欲がなくなりやすいか、あっても食べるとすぐに胃に不具合を感じる方。胃だけでなく、脇腹や背中に痛みや凝りを波及させる方もいます。
そして食べたいという気持ちがあっても、すぐに胃腸に負担がくるため、胃痛や胃もたれや下痢・便秘などの症状を、当たり前のこととして生活している方もたくさんいらっしゃいます。
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多くはもともとの体質という側面が強く関わる状態で、時に極端なダイエットや食事制限、また暴飲暴食によってこの状態に陥る方もいます。
例えば六君子湯などがこの状態に当てはまる処方ですが、この手の胃腸弱りは、詳しく見るとかなり千差万別です。
したがって、六君子湯だけでまかなうことは不可能で、より広い処方の中から対応していくことが求められます。
2、胃腸の強い方
先述の通り、食欲旺盛で胃腸に不具合を自覚することのない、いわゆる胃腸の強い方であったとしても、胃腸に乱れは起こります。
胃腸が強いからこそ暴飲暴食が可能で、たとえ食事に気を使っている方であっても、どこかで早食いやお腹いっぱいまで食べている傾向をうかがうことができます。
ただし、一時的に起こった胃痛や胃もたれであっても、すぐに治る強さをもっているため、それほど不快には感じられません。
また食事に気を使えば治るとばかりに、食生活の改善へとは踏み込むことができず、単発的な食べ過ぎ・飲みすぎを繰り返しやすくなってしまいます。
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こういう方が胃腸に疲労を蓄積させると、胃腸という筋肉は硬く・緊張しやすくなってきます。
すると胃腸の弱い方では起こすことのできないほどの、強い自律神経失調と、それに伴う血流障害を発動します。
面部が強力に赤くなったり、強い痒みを伴う蕁麻疹が出てみたり、身体上部・皮膚表面に向かって、血流がわっと充血してくるような興奮性の症状を起こしやすくなるのです。
大柴胡湯という処方を用いる「心下急」という症候が、この手の病態の典型例です。
そのほかにも温胆湯や通導散などがあります。やはり、さまざまな全身症状やその程度を勘案しながら、広く処方運用を行うことが求められます。
3、胃腸が緊張しやすい方
胃腸は約9mほどもある、筋肉で作られた管です。
したがって、弛緩もするし収縮もします。そして疲労が蓄積してくると、その蠕動運動に不具合が生じてきます。
歩きすぎて足が疲れてくると、下肢の筋肉が硬くなったり、攣ったりすることがあります。
消化管もこれと同じです。疲れてくると筋肉が緊張し、さらにその活動が非常に敏感になってきます。
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この緊張度合いや、緊張の仕方は、人によって異なります。
総じていえば、先に述べた胃腸の強さ・弱さによって左右されます。
胃腸が弱い方であれば、些細な刺激にすぐ反応してしまうような弱々しい敏感さを起こし、逆に胃腸が強い方であれば、強く・硬く固縮します。食事やストレスによって、一時的かつ強力な痛みを生じることもあります。
ただしどちらかといえば、この胃腸の緊張状態も、やはり胃腸の弱い方ほど自覚しやすく、胃腸の強い方ほど自覚しにくいという特徴があります。
さらに胃腸の強い方では、胃にはまったく症状を感じないという方も多く、病の原因が「心下(胃)」にあることは思いもよらなかったという方が多くいらっしゃします。
また胃腸の緊張は、暴飲暴食やストレスだけで起こるものではなく、この部が緊張しやすいというある種の体質的傾向によって生じます。
しがたって、いくら食事の節制をしていたとしても「心下の緊張」が起こっている場合があります。その場合は特に厄介で、より分かりにくく、自覚しにくくなってしまいます。
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さらに胃腸の緊張が強い方では、薬に対しても敏感な反応を起こすことがあります。漢方薬を飲むことで一時的に胃に負担がきたり、先にのべたような強い自律神経症状や蕁麻疹などの皮膚症状を起こすことがあります。
その場合は、食事の養生をより徹底する必要があると同時に、薬の服用量を減らしたり、時に薬を改良・変更したりして、より細かな配慮を行いながら薬方を選択していかなければなりません。
認識しにくく、かつその敏感さ故に治療の難易度が高い病態ではありますが、上手にこの緊張を緩和することができると、胃のみならずからだ全体を締め付けていた緊張状態がスッと緩和されて、諸症状を改善することができるようになります。
病態がこじれないためにも、「食事を節制している。私は食養生には自信がある」という方ほど「胃の緊張」という観点から胃腸を見直す必要があると思います。
かなり専門的な病態認識になりますので、心配な方は一度、実際に足を運ぶことのできる漢方専門の医療機関に確認していただくことをお勧めいたします。
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胃腸の強弱と、緊張度合い。これが「胃気の不和」の実像だと私は考えています。
気を付けていただきたいのは、胃腸の強弱に関わらず、誰であっても起こり得るという点です。
そして、自分で自覚することが難しい場合が多いということも問題です。
だからこそ、養生の必要性を強く訴えなければいけないと、私は思うのです。
誰であっても胃腸は乱れるということを、是非知っておいてください。
そして、胃腸の乱れが思わぬ病の原因になっている場合が、本当にたくさんあるのだということ。
どうかその解釈を知っていただき、なぜ養生が必要なのかを理解した上で、ぜひ食事の節制にお努めください。
そうすることで、実感を伴う養生がしやすくなるのではないでしょうか。
理解が実感へと繋がる、そうなれば、養生が無理なく続けれれるようになってくるはずです。
誰であっても自分の胃腸を過信してはいけません。
当然のことながら、食事は人を作り続ける大切な恵みであり、その反面、人を傷つけ続ける害にもなり得るからです。
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