岡潔(おかきよし)、
という人をご存知でしょうか。
我が国が世界に誇る、20世紀を代表する天才数学者です。
当時、世界の数学者の誰もが手に負えなかった多変数函数論の三つの大問題を、すべて一人で解決した人物です。
相当変わっていたそうです。
挙動や言動があまりにも天才的だったため、
時に奇人・変人と呼ばれることもあったそうです。
私は岡潔という人の存在は知っていましたが、
変わった人なんだろうな、というくらいのイメージしか持っていませんでした。
ただ、ある時何気なく見ていたスマホに、岡潔の言葉が出てきてハッとさせられました。
それ以来、私は岡潔のファンになりました。
一見漢方とは関係のない数学者の言葉であるにも関わらず、
通じるところがあるのです。共感と伴に、深く感銘を受けざるを得ない言葉なのです。
そこで今回は、私の漢方の考え方に大きな影響を与えてくれた、
岡潔の言葉を少しだけ、皆さんにご紹介したいと思います。
『春宵十話』などの有名な随筆集から引用しようと思ったのですが、
結局YouTubeに出ていたのもが分かりやすくまとまっていました。
少々長い文書ですが、是非味わって頂きたい。
理論・感性・想い・美しさ。
共感・腑に落ちる・生きた智恵、そして情緒。
そういう言葉で紡がれる、端的かつ衒いの無い文章。
これは漢方、そして東洋医学の世界において、
ある種の終着地点であり、「解答」です。
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私は長年、
数学者として理論と感性の深い関係について考えてきました。
しかし、その過程で最も大切だと悟ったのは、人間の情緒を丁寧に磨くことの尊さです。
情緒とは、単なる感情ではありません。
それは、人間の内奥に宿る繊細な感受性であり、世界を深く理解するための最も貴重な感覚なのです。
私は、数学を通じて真理を求めてきましたが、
数学の本質に触れるとき、そこには理論だけでなく、情緒の深い働きがあることを感じます。
人が何かを理解するとき、それは単なる計算や分析の結果ではなく、
心の奥底で「そうだ」と腑に落ちる瞬間がある。
その「腑に落ちる」感覚こそ情緒がもたらすものであり、
これがなければ本当の意味での智恵にはなりません。
日本の伝統文化には、情緒を磨く叡智が随所に息づいています。
茶道における一服の茶。生け花における一輪の花。俳句における季節の一瞬の美しさ。
これらはすべて、些細な瞬間の中に深遠な情緒を見出す行為であります。
私は数学の世界で、これと同じような繊細さを追求してきました。
数学の美しさも実は情緒と深く結びついているのです。
情緒を磨くためには、まず静かに自分の内面と向き合う勇気が必要です。
騒々しい外の世界から離れ自分のうちなる声に耳を傾けること。
そこには、言葉では表現できない繊細な感覚が宿っています。
私は数学の研究を通じて、論理的思考と同時に、直感的な感性の重要性を常に感じてきました。
数学の最も美しい発見は、しばしば論理以上の、ある種の詩的な直感から生まれるものなのです。
現代社会は、効率と合理性を過度に重んじるあまり、情緒的な豊かさを忘れつつあります。
若い世代は、数値化できない価値を軽視し感性を鈍らせています。
しかし、人間にとって最も大切なものは、数値では測れない繊細な感受性なのです。
音楽を聴いて感動する力。自然の美しさに心を揺さぶられる感性。他者の痛みに共感できる繊細さ。
これらこそが、真の人間性を形作るものであります。
では、情緒を磨くためにはどうすればよいのでしょうか。
私はまず、自然に触れることをすすめます。
春の桜、夏の青々として草木、秋の紅葉、冬の雪景色。これらはすべて私たちの心を豊かにし奥行きを与えてくれます。
人は美しいものに触れたとき、言葉にできない感動を覚えます。その感動が、情緒を養うのです。
また、日本の古典を読むことも情緒を育てるために大切です。
『万葉集』『源氏物語』『枕草子』など、これらの作品には、日本人の繊細な心の動きが描かれています。
たとえば、和歌にはほんの数十文字の中に、季節の移ろいや人の心の機微が表現されています。
これを味わい、そこに込められた想いを感じ取ることができるようになれば、情緒は自然と深まっていきます。
そして、実際に和歌を詠むことも、情緒を磨く手助けになります。自分の心が動いた瞬間を、短い言葉に託し、それを形にする。
言葉を選びながら、自分の感情をじっくりと見つめ直すことが、情緒をより豊かにします。表現することによって、自分自身の心がどのように動いているのかを知ることができるのです。
また、人との関わりの中でも情緒を磨くことができます。
相手の言葉に耳を傾け、その心を感じ取ること。単に情報を受け取るのではなく、その人の想いに寄り添うことでより深い共感が生まれます。
こうした共感が、人との関係を豊かにし、さらに情緒を深めるのです。
そして、芸術に触れることも重要です。
音楽や絵画、文学に親しむことで、言葉では表しきれない感動を得ることができます。
芸術は、時代を超えて人の心に訴えかける力を持っています。そうしたものに触れ、自らの心を動かす経験を重ねることで、情緒はより一層磨かれるのです。
さらに、子供の教育においても、情緒を育てることが何よりも重要です。
知識を詰め込むことよりもまず心を育てなければなりません。幼い頃から美しいものに触れさせ、四季の変化を肌で感じさせ、物事に対して感動する心を育むこと。
これが人としての土台を築くのです。
そうした情緒を持った人間が成長し、学問を志したとき、その知識は単なる情報ではなく生きた智恵となります。
情緒が失われた社会では、人は冷たくなり、物事を効率や合理性だけで判断するようになります。
しかし、本当に大切なことはそうした論理の外側にあります。
人が人を思いやる心も、美しいものに感動する心も、すべて情緒から生まれます。それなしに、真の幸福を得ることはできません。
私たちは、知識を得ること以上に、心を育てることに努めるべきです。
自然を愛し、古典に親しみ、自らの感情を表現すること。それを続けていけば、情緒は少しずつ磨かれていきます。
そして、情緒が豊かになったとき、初めて私たちは、本当の意味で世界を理解し、人生を味わうことができるのです。
情緒が磨かれると、人生の見え方も変わってきます。
何気ない日常に喜びを感じることができるようになり、困難に直面したときも感情に流されるのではなく、心の奥深くで静かに受け止めることができるようになります。
このような心のあり方こそが、人としての成熟であり、本当の意味での成熟ではないでしょうか。
情緒を磨くことは、決して自己陶酔的な営みではありません。
それは、世界をより深く、より繊細に理解するための知的な実践なのです。
私たちは情緒を通じて、数値では捉えられない豊かな世界の真理と出会うことができます。
数学者として、また一人の人間として、私は常にこの情緒の深さに畏敬の念を抱き続けてまいりました。
情緒を磨くことは決して特別なことではありません。
日々の生活の中で、美しさに目を向け、他者を思いやり、感動する心を大切にすること、
その積み重ねが、やがてあなたの人生をより豊かなものへと導いてくれるのです。
若い方へ、どうか自分の情緒を大切にしてください。
効率や成果だけを追い求めるのではなく、繊細な感受性を育むことに時間を使ってください。
そこにこそ、人生の最も深い喜びと智慧が宿っているのですから。
(YouTube『天才数学者が語る「情緒をみがくこと」の重要性|岡潔|数学者|情緒|』@偉人の教え)
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論理的思考と情緒との関係。
理解と直感、そこから実感へと至る過程。
よくよく噛みしるべきものがあります。
私も若い人にこそ、伝わって欲しいと感じます。
この文章は、我々漢方を生業とする者にとって、
技量を高めるための「要点」であり、
考え方の根幹にあるべき「基盤」であり、
さらに理を追究せんとする者が持つべき「心構え」であると、
私は感じます。
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