漢方治療の経験談「起立性調節障害治療」を通して 3

2022年05月23日

漢方坂本コラム

起立性調節障害。

この病はご本人のみならず、

ご家族も、相当につらい思いをされる病です。

相談中に涙を流すお母さまもいらっしゃいます。

お兄ちゃんの体調を良くしてくれてありがとうと、手紙をもらった時には私まで涙が出ました。

さまざまな心配と不安とが、ご家庭を覆い潰さんとする病だからこそ、

自然とこの病に関するコラムが、増えてしまいます。

起立性調節障害にて、当薬局におかかりになる方のほとんどが、

すでに他の医療機関で治療を受けられていた方です。

また漢方も、初めて飲むという方のほうが少ないと思います。

そのため私には、どのような治療を行ってきたのかを知る機会がたくさんあります。

それらの治療の多くは間違いではなく、

ただその方には適切でななかったというだけで、一般的に言えば王道と呼べる手法であることが多いものです。

補中益気湯や苓桂朮甘湯など。

すべでの起立性調節障害が王道だけで治せるわけではありませんが、

中にはこれらの薬で治る方はもちろんいらっしゃるわけで、

王道は王道として、大切な手法だと感じています。

ただその一方で、

患者さまが受けてきた漢方治療の中には、それはマズいと思うようなものもあります。

今回は、そのことについて少し自身の見解を述べてみたいなと。

これは起立性調節障害のみならず、漢方治療全体に通じて言えることでもあるからです。

以前のコラムでもお伝えしたことですが、

漢方の世界には、有名だけれども臨床では全く通じない、というものがいくつかあります。

その最たるものが「じん」の概念。「腎虚じんきょ」という概念です。

東洋医学特有の概念で、加齢による体調不良や先天的な不具合に対して、この「腎虚」という概念が良く使われます。

東洋医学でいう所の「腎」とは、骨・生殖能力・成長といった生命力の基盤に関係する臓腑だと考えられています。

だから加齢に伴う骨の弱りや、生殖能力など下半身の衰えがあれば、

腎が虚している、すなわち「腎虚だね」と、しばしば判断されます。

また基礎的な生命力が弱い、先天的に弱さがあるというお子さまにも腎の弱りを考えます。

だから起立性調節障害では「腎虚」が背景にあるとして、ときに補腎薬と呼ばれる薬が使われます。

お子様の場合は六味丸ろくみがんが良く使われます。

眠れない、という子であれば、天王補心丹てんのうほしんたんなんかが使われる場合もあります。

東洋医学概念の基礎から言えば、この手法は正しいのかもしれません。

ただ、正しかったとしても、良くはなりません。

いくら六味丸や天王補心丹を使っても、起きられるようにはならないという、臨床の現実があります。

起立性調節障害を補腎によって解決しようとすることは、ほとんどのケースで誤りだと言っても過言ではありません。

むしろ悪化させることさえある。

胃がもたれるとか、逆に食欲がなくなるとか。私から見ると、そうなったとしても何ら不思議はないと感じます。

なぜならば、起立性調節障害は「腎虚」によって起こるものではないからです。

一番の問題は、

そもそもこの「腎虚」という概念を、われわれ漢方家は都合よく使い過ぎだということです。

基礎的生命力の低下を腎虚とするならば、では補腎をすればそれが治るというのでしょうか。

例えば、先天性の病がすべて補腎で解決できたら、そんな簡単なことはありません。

また腎がいくら骨に関連し、生殖能力を主ると言ったところで、

実際に補腎を行ってそれが治るかというと、骨折も生殖能力の低下も、補腎をいくら行ったところで治らない、というのが本当の所です。

もし、私の子供が起立性調節障害になり、

漢方治療を受けた時に「腎に弱りがあります」「補腎をします」と言われたら、

私だったらその治療を疑ってしまいます。

補腎を行う治療がすべてダメだとは言いませんが、こと起立性調節障害においては、ほとんどのケースでおそらく無理だからです。

もしかしたら、現代中医学(中医学には現代中医学と伝統中医学とがあります)を切り回されている先生方にその傾向があるのかなぁと思ったりもします。

子供の病=六味丸とばかりに、この処方を頻用されることがあるからです。

しかし、いくら六味丸などで腎を補っても、起立性調節障害は治りません。

だからそういう安易な治療だけは、行わないほうが良いのではないかなと、感じてしまうのです。

東洋医学は先生方によって正解が異なる、正しいやり方が何通りもある医学です。

だから他で行われている治療を吟味することは私の本意ではなく、

私にはその能力もない、というのが正直なところです。

私は腎という概念が間違えている、意味がないと言っているわけではないし、

補腎薬がすべての病に使えないと言っているわけでもないのです。

ただ、「腎」という便利な概念を安易に使う傾向に警笛を鳴らしたいのと、

「腎」とは何か、「腎虚」とは何かということを、

東洋医学的な、中医学的な基礎から一度脱却して考えたほうが良いのではないかと感じるのです。

現代中医学を実証性の高い医学として運用されている先生方も、もちろんたくさんいらっしゃいます。

そして、そういう先生方が捉えている「腎」は、

成長の弱さ=腎虚、子供の病=六味丸などという、

短絡的な概念では、絶対にないはずです。



■病名別解説:起立性調節障害

□起立性調節障害 ~治療の具体例と治り方~
□起立性調節障害 〜効果的な漢方薬とその即効性〜

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