スイッチOTCと漢方

2025年11月18日

漢方坂本コラム

昨今、「スイッチOTC」という言葉を耳にする機会が増えてきていますが、

みなさんこれ、ご存知ですか?

もし私が医療関係者でなければ、多分知らなかったであろうマニアックな言葉です。

今回のコラムではこの言葉の意味と、なぜ最近注目されているのかを少しだけ説明していきますが、

はい、コラムを早速スルーしようとした人、ちょっと待ってください。

こういう時事的なこと、私は今まであまり取り上げてきませんでしたが、

病院で保険の漢方を出してもらっている方は知っておいた方が良い情報ですし、

少しだけ深堀すると、実は漢方治療において考えさせられる部分があるのです。

ですので漢方にご興味を持たれている方であれば、是非とも少々お付き合いくださいませ。

そもそも「OTC」とは何かというと、

医者に行かずとも(処方箋がなくても)、ドラックストアなどの薬局で直接手に取って購入することのできる薬(医薬品)のことです。

医者で出される薬(処方箋医薬品)と薬局で自分で購入できる薬(OTC)とは、ともに医薬品ではありますが種類が違います。

ごくごく簡単に説明すると以下の通り。

医師の指示によって出される薬は効果も高いがリスクもある、故に医師の診断が必要です。

そして保険が効くので金額的な負担が少なくて済む。おおよそ国が自分の代わりにその7割の金額を払ってくれます。

一方、薬局で処方箋なく購入できる薬(OTC)は基本的にリスクが低く副作用が少ない。その分効果も穏やかです。

そして医者にかからなくてよいので手軽。ただし保険は効かないので値段の全てを自分で払う必要があります。

さて、ここで問題です。

国としてはどちらの薬を増やしていきたいでしょうか。

医療費がやばい!と、国は盛んに騒いでいます。

すなわち国が国民の医療に対して払っている額が相当大きく、財源をひっ迫しているということです。

したがって国としては当然、医者で出される処方箋医薬品をなるべく少なくしていきたい。

だから処方箋医薬品から、完全に自己負担で購入してもらう「OTC」へと、なるべく多くの薬を移行させていきたいのです。

この移行された薬を「スイッチOTC」と言います。

つまり国はスイッチOTCを勧めることで、

医療費のひっ迫を軽減し、然るべく所に的確に医療費を使っていきたいと考えているわけです。

そもそもの話、医者の処方箋によって出される薬と、処方箋なく購入できるOTC、

その差は基本的に薬としての強さやリスク、即ち的確な使い方が求められる度合の違いに由来しています。

ただしこの違い、明確な線引きが為されているわけではありません。

湿布とか胃薬とか、モノによっては医師の診断が無くても使えるよねというグレーゾーンの処方箋医薬品が結構あるのです。

しかも薬は当初出始めたばかりのころよりも、時間が経って沢山使われていくうちにその安全性がより確立されるようになります。

したがって昔よりもずっと安全に使えることが分かったよね、という薬も時と共に沢山出てきます。

そういう薬はスイッチOTCとして、薬局で取り扱い可能となるわけです。

そしてこ今回、政権の変化に伴いこのスイッチOTCの動きがさらに加速するという話が出ています。

そしてやり玉に挙がっているのが漢方薬。

漢方薬って、処方によっては病院で出す必要なくない?という考えが出始めているのです。

今まで医師が保険薬として扱ってきた漢方処方のいくつかが、

保険で出せなくなると同時に、薬局で購入できるようになる。

それが現実のものとなった場合、そのメリット・デメリットはどの立場から見るかによって違います。

今回のコラムでは、そこについて深く考えてみたいのです。

本当のところメリットとデメリットはどちらの方が大きいのか、ということをです。

まず患者さん視点で見れば、

薬局で自由に手軽に購入できるようになることはメリットでしょう。

ただし今まで保険が効いていた薬が全額自己負担になるとすると、これは大きなデメリットです。

ただし単純に今までかかっていた金額の全額に近い形で負担になるわけではないと思います。

おそらく負担が少なくて済むような値段になるでしょう。各メーカーがそういう企業努力をするはずです。

さて、今度は医療の立場から見ていきましょう。

もしスイッチOTCが拡大されれば、

病院よりも薬局側にとって有利、というのが一般的な見解です。

医師からすれば、今まで保険で出せていた処方が出せなくなる。つまり扱えなくなる薬が増えてしまいます。

逆に薬局側からすると扱うことの出来る薬が増える。しかも今まで薬局では扱えずに医師が出していたような、効き目の高い薬が出せるようになるというメリットがあります。

先日メーカーの方ともお話しましたが、もしそうなればスイッチOTCとして薬局で販売可能な漢方薬を増やしていくという流れになるでしょう。

そうなれば今まで病院に流れていたお金の一部が薬局側に流れるという見方もできます。

まぁ、スイッチOTCといっても医療費全体の金額からすれば微々たるものです。ただし流れとしては確かに、薬局側有利だと言われていることも理解できます。

私は薬局側の人間ですので、

今回の話、普通に考えれば有利な話です。

やったね、スイッチOTC。

と言いたいところですが、

私は今回のこの流れそのものに、若干の危惧を覚えている者の一人です。

スイッチOTC。

もろ手を挙げては喜べません。

ただし最初に入っておくと、

このスイッチOTCに関して、賛成だとか反対だとかの主張は特にありません。

ただ、国にも医療関係者にも、

できるだけ漢方を「大切に扱ってほしい」と強く願っているだけです。

今回のスイッチOTCは漢方において、

大正明治から令和という大局で見た場合に、

薬局有利・医院不利とかそういうことを言っている場合ではないような、

大きな変化のきっかけになる可能性があると感じています。

だからこそもう一度、

漢方医学を将来に残し、漢方薬を大切に扱うためにはどうしたら良いのかを、

このタイミングで考えてみたいのです。

漢方の歴史を俯瞰して見た時、

明確に言えることはまず、最も隆盛を極めたのは今ではなく江戸時代だったということです。

大陸からの輸入に頼ってきたそれまでの医学から一転し、

日本独自の伝統医学として一気に発展しました。

ただし、残念ながらその流れは継続することができませんでした。

時代の変化とともにその後、我が国において漢方は、

完膚なきまでの衰退を経験することになります。

今でこそ「漢方」という言葉は多くの方が知っています。

しかし「漢方?何それ?」と言われてしまう時代がありました。

医師が患者に草を出し、それを煎じて飲ませるなんて非常識だ、変人だと言われてしまう時代があったのです。

おそらく昭和初期まではまさにそういう時代だったと思います。

漢方がそこまで廃れてしまった理由、

それは見方によって色々あるとは思います。

ただ本質的な理由を言えば、

それは「医学として稚拙」だったからです。

効かないとか、飲んでも意味がないとか、そういうことを言っているわけではありません。

逆です。実際に効くし、病から人を回復させることも現実的に可能です。

ただしそれを人に伝え、広めていくことを目的とする「医学」としては稚拙でした。

いくら効いていたとしても、それを科学的に立証することができない。

つまり客観性高く、再現性をもって、漢方という医学を説明することができなかったのです。

故に、伝え広めていく目的をもつべき「医学」としてはどうしても認めにくい。

下手をすると「占い」と同じだろうと。

漢方の歴史は、まさにこの闘いの歴史だと言っても過言ではありません。

すなわち迷信や占いではなく「医学」であることを、立証し、成り立たせるための闘い。

漢方はこの闘いを、今までの長い間ずっと繰り返し続けてきたのです。

漢方を生業とするあらゆる者たちが、

自らの行っている行為を「医学」として認めてもらうために、

あらゆる手を尽くしてきたというのが、我が国における漢方の歴史です。

医者や薬剤師などの医療関係者、製薬メーカーや農家の方々など、

漢方に関わる人達が皆で手を取り合って、それを成し遂げてきた。

その結果として1967年、我が国において初めて漢方処方が保険薬として適用されます。

漢方が医学として法的に認められた瞬間です。

そこから時を経て、今では8割の医者が漢方を処方する時代になりました。

医学として、そして医療としての地位をこうやって気付き上げてきたわけですが、

保険適用となった後も、その道は決して平坦なものではありませんでした。

数年ごとに保険薬の見直しが行われます。その都度、漢方薬は何度も保険から外されそうになりました。

そのたびに、東洋医学を専門とする医師たちが団結し高らかに声を上げて、断固反対の姿勢を貫いてきました。

何度も何度もそういう態度を国に示し続けてきた。

その結果として、漢方は保険薬として生き残り続けてきたのです。

確かに私から見ても、保険から外れても良さそうな薬はあります。

薬局ですでに売られているものもあります。それでも、医師たちは保険薬として生き残らせる努力をずっと続けてきたのです。

保険薬の中に漢方が存在しているということ。

それは則ち、漢方が我が国において医学として認められている、ということに他なりません。

何が何でも保険適用を守り続けてきたからこそ、

その努力によって漢方は占いではなく、医学として今も存在しているのです。

さて、今回のスイッチOTC。

保険から外れる漢方処方が、ついに出てしまうかもしれません。

そして始めは一つや二つであったとしても、その前例を作ることになる。

小さな穴でもひとたび穿たれてしまえば、

時間とともにその穴は、どんどん広がっていく可能性があります。

もしそうなってしまえば、

将来、今まで医学として認められてきた漢方の信頼も、音を立てて崩れていくでしょう。

以前のように占いと同等に扱われてしまうかもしれません。

医学として認められなくなり、昭和初期の頃と同じように、漢方が廃れてしまう時代が来る。

だから今回のスイッチOTC。

私には手放しで喜べる話ではないのです。

確かに薬局側にとってはメリットもあります。

しかし長期的に見れば、危うさのほうが際立ちます。

今まで漢方は、漢方に関わる全ての者が手を取り合って支えてきた。

つまり薬局からしたらラッキーなどと、短絡的に言えるものでは決してありません。

と、私はそう感じるのですが、どうでしょうか。

あまりに大げさに考え過ぎだと、言われてしまうかも知れません。

確かに自分でもそう感じます。ただ、

漢方という医学は、大切に扱わなければならない危うさを、そもそも内包していると私は考えているのです。

私は漢方のことを考える時、

そして患者さんの体調を東洋医学的に把握しようとしている時、

いつも頭のどこかに父の気配を感じています。

父だけではありません。師匠の気配を、そして今まで出会ってきた先生方の気配を感じています。

さらに感じる気配は実際にお会いしてきた先生たちだけではありません。

会ったこともない本を読んだだけの昭和の名医たち、

また江戸や明治の先哲、さらに中国の歴史的な名医、そして聖典『傷寒論』の著者・張仲景でさえも、

私はその気配を感じながら、漢方のことを考えています。

きっとそれが、伝統医学を行うということです。

それ故に私は、漢方をこの先も無くしたくはないと、強く強く想うのです。

きっとこの先、人類にとって役に立つ医学であり続けることができる。そして、そうできるポテンシャルがあります。

それに、この先もし漢方が衰退してしまったら、今まで努力を重ねてきた先人たちの努力は何だったのか。

私が気配として感じるこの熱意は、実の伴わない、単に懐かしむだけの物になってしまいます。

これからの時代、医学は今よりももっと客観性も再現性もさらに高いレベルで求めれるようになるはずです。

その中で漢方が生き残っていくためにはどうしたら良いのでしょうか。

もう病院がどーのとか、薬局から見たらどーのとか、そういうことを言っている場合ではありません。

だから漢方薬がスイッチされるとしても、そうでなかったとしても、

私は本当にただ、漢方が大切に扱われて欲しい、そう願っているだけ。

今まで築き上げてきた信頼がある。だからこそ、

少なくとも目先の利益や収益だけを考えて、判断することだけは、

どうか避けて欲しい。

そう願うのです。



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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。