古人が見ていたものと、
時代を超えて、同じものを見ている。
漢方治療を行っていると、そう感じる時がある。
人も病も、時代とともに変わる。
しかしながら、変わらないものもある。
漢方という古臭い医学が、現代に未だに残り続けている理由は、
きっと変化を続ける人間の中に、変わらないものがあるからだと思う。
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59歳、男性。
警備員として働く、真面目そうな方である。
持病に不整脈・心房細動がある。
そしてその治療において困ることがあり、
当薬局にご来局された患者さまである。
3年前に検査で発覚した心房細動は、
今現在西洋薬で治療している最中である。
しかし薬を飲み始めてから、めまいとふらつきが起こるようになった。
薬による副作用だろうと本人は感じ、
病院でもその可能性は否定できないという説明を受けた。
降圧剤を飲んでいたので、まずはそれを医師の指示のもと止めた。
それでもふらつきは止まらない。
その他不整脈の薬を2種類飲んでいるが、それらはずっと飲まなければいけないと病院では言われている。
おそらくどちらかの薬で副作用が出ているのだろうと、
漢方薬でどうにかならないか、というご相談だった。
西洋薬による副作用を、漢方薬で止めることはできないかというご相談。
可能か不可能か、それを判断するためにも、
まずはお体の状況を捉える必要がある。
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不整脈は、今でも胸に感じることはある。
しかし、むしろめまいの方が、今はずっと気になっている。
それは立ちくらみとか、ふらふらする感じではなく、
じっとしている時に、目の焦点が合わなくなるような、視界が狭まってくるようなめまいである。
眼科では特に問題はなく、循環器では、そんなこともあるんだねというリアクションだった。
あまり取り合ってくれないが、本人にとってはかなり不快で、
仕事をしている時が、特に辛いという。
未だに不整脈を感じる時がある、
ということはいくら副作用だからといっても、薬を止めることは得策ではない。
不整脈の薬を飲みながら、漢方薬でめまいを止める。
それが出来るかどうか。
さらに詳しくお体の状況を伺う。
食欲あり。大便正常。
小便やや頻尿の気配あり。特にお小水が近く、尿の出が少ない。
胃に申し分なく、睡眠もとれている。
ただし近年、動くと疲れやすい。若い時に比べたら、早歩きすると息が切れるようになった。
浮腫みは靴下の痕が付く程度。手足の冷えやほてりもそれほどない。
その他、特に明確な不調はない。
本人からは、めまい以上の申し分は感じられなかった。
お小水の近さも息切れも、まぁ、年のせいかなと。
本人はそうおっしゃいながら、あまり気にされていない。
なるほど。
年のせい。確かに、そうだろう。
されど、年のせい。
このめまいは、治るかもしれない。
この時点でその可能性が見えてきた。
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心臓。
主に漢方中心の医学が行われ、
未だ西洋医学が発展していなかった時代、
心臓の不調は、顕在化すればそれがそのまま死に至る病だった。
今のように心臓にメスを入れることも、
止まった心臓を動かすことも出来ない時代だったから。
だからこそ、漢方では心臓の弱りを早くに見つけることに心血を注いだ。
その結果、早期に心臓の弱りを感知する術が発達した。
心臓が弱り始めると、体にどのような変化が起こってくるのか。
普段なら気にも留めないような症候を見つける術。それを「胸痺」や「飲病」という概念で表してきた。
その考え方で、この患者さまを観てみる。
心機能を弱りを想定しながら、一つ一つの症候に耳を傾けてみる。
すると、見えてくるものがある。
微飲。
めまいや視界の乱れを起こし得る、病態の一つである。
今回のめまいは、これによって起きている可能性がある。
当然、西洋薬の副作用は否定できない。
しかし、それらの薬を飲んだら、皆がめまいを発するかと言えば、そうではない。
身体に微飲が有る。
もしそうであるならば、めまいが起こりやすい体になっているはずだった。
微飲を去る薬がある。
今回はまず、シンプルにそれをやってみる。
その結果、めまいがどう反応するのか。
本来西洋薬による副作用を漢方薬で止めることは難しいが、
今回は十分に試してみる価値はあると感じた。
私は三週間分の薬を出した。
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二回目の来局日。
喜ぶでもなく、驚くでもなく、
患者さまは当然というお顔でご来局された。
服用して数日経つと、仕事中に早歩きをしても息苦しくなくなったという。
ただし、そういえば、という後で気が付く感じだった。
そして体が軽くなった気がする。
さらに思い出してみると、焦点が合わないようなめまいが無くなってきている。
これもいきなり変わったというよりは、
気が付いたらそうだった、という感覚である。
不整脈の薬は同じように飲み続けている。
それでもめまいは無くなっていた。
もしかしたら副作用ではなかったのかもしれないと、
ご自身でも感じられたようである。
不整脈はどうですかと聞くと、
思い出すように少し考えた後、そういえばなかったと、答えられた。
不整脈・めまい・息切れが同時に良くなっている。
変化としては、私が想定したことがそのまま起こってくれていた。
治り方としても、申し分ない。
治っていることに、後で気が付く。これは薬が抵抗なく体に入り、優しく治癒へと向かっている証拠である。
その後患者さまは同処方をしばらく続けた。
そして波を起こすことなく、良い体調を維持されている。
今回のめまいは、たぶん薬の副作用ではなく、
お体の弱りによるものだったのだろう。
だとするならば結果的に、一番大切な所に手が届いた。
年齢に伴う心機能の弱り。
その進行を予防し得る、漢方薬によるアンチエイジングである。
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科学が発展し、西洋医学に出来ることがどんなに多くなったとしても、
漢方はその意義を失わない。
未来がそうであってくれたら、私はとても嬉しい。
分からないことが多かったからこそ、
現代の人が想像し得ない何か。
その積み重ねが漢方だとするならば、
人の本質を紐解く多くのヒントが、漢方には残されているはずである。
人は変わる。
そして、医療も変わる。
しかし、変わらないものもある。
古人が見た景色の中にこそ、
きっとそれがある。
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■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈」