■症例:不整脈・心房細動

2024年09月11日

漢方坂本コラム

古人が見ていたものと、

時代を超えて、同じものを見ている。

漢方治療を行っていると、そう感じる時がある。

人も病も、時代とともに変わる。

しかしながら、変わらないものもある。

漢方という古臭い医学が、現代に未だに残り続けている理由は、

きっと変化を続ける人間の中に、変わらないものがあるからだと思う。

59歳、男性。

警備員として働く、真面目そうな方である。

持病に不整脈・心房細動がある。

そしてその治療において困ることがあり、

当薬局にご来局された患者さまである。

3年前に検査で発覚した心房細動は、

今現在西洋薬で治療している最中である。

しかし薬を飲み始めてから、めまいとふらつきが起こるようになった。

薬による副作用だろうと本人は感じ、

病院でもその可能性は否定できないという説明を受けた。

降圧剤を飲んでいたので、まずはそれを医師の指示のもと止めた。

それでもふらつきは止まらない。

その他不整脈の薬を2種類飲んでいるが、それらはずっと飲まなければいけないと病院では言われている。

おそらくどちらかの薬で副作用が出ているのだろうと、

漢方薬でどうにかならないか、というご相談だった。

西洋薬による副作用を、漢方薬で止めることはできないかというご相談。

可能か不可能か、それを判断するためにも、

まずはお体の状況を捉える必要がある。

不整脈は、今でも胸に感じることはある。

しかし、むしろめまいの方が、今はずっと気になっている。

それは立ちくらみとか、ふらふらする感じではなく、

じっとしている時に、目の焦点が合わなくなるような、視界が狭まってくるようなめまいである。

眼科では特に問題はなく、循環器では、そんなこともあるんだねというリアクションだった。

あまり取り合ってくれないが、本人にとってはかなり不快で、

仕事をしている時が、特に辛いという。

未だに不整脈を感じる時がある、

ということはいくら副作用だからといっても、薬を止めることは得策ではない。

不整脈の薬を飲みながら、漢方薬でめまいを止める。

それが出来るかどうか。

さらに詳しくお体の状況を伺う。

食欲あり。大便正常。

小便やや頻尿の気配あり。特にお小水が近く、尿の出が少ない。

胃に申し分なく、睡眠もとれている。

ただし近年、動くと疲れやすい。若い時に比べたら、早歩きすると息が切れるようになった。

浮腫みは靴下の痕が付く程度。手足の冷えやほてりもそれほどない。

その他、特に明確な不調はない。

本人からは、めまい以上の申し分は感じられなかった。

お小水の近さも息切れも、まぁ、年のせいかなと。

本人はそうおっしゃいながら、あまり気にされていない。

なるほど。

年のせい。確かに、そうだろう。

されど、年のせい。

このめまいは、治るかもしれない。

この時点でその可能性が見えてきた。

心臓。

主に漢方中心の医学が行われ、

未だ西洋医学が発展していなかった時代、

心臓の不調は、顕在化すればそれがそのまま死に至る病だった。

今のように心臓にメスを入れることも、

止まった心臓を動かすことも出来ない時代だったから。

だからこそ、漢方では心臓の弱りを早くに見つけることに心血を注いだ。

その結果、早期に心臓の弱りを感知する術が発達した。

心臓が弱り始めると、体にどのような変化が起こってくるのか。

普段なら気にも留めないような症候を見つける術。それを「胸痺」や「飲病」という概念で表してきた。

その考え方で、この患者さまを観てみる。

心機能を弱りを想定しながら、一つ一つの症候に耳を傾けてみる。

すると、見えてくるものがある。

微飲。

めまいや視界の乱れを起こし得る、病態の一つである。

今回のめまいは、これによって起きている可能性がある。

当然、西洋薬の副作用は否定できない。

しかし、それらの薬を飲んだら、皆がめまいを発するかと言えば、そうではない。

身体に微飲が有る。

もしそうであるならば、めまいが起こりやすい体になっているはずだった。

微飲を去る薬がある。

今回はまず、シンプルにそれをやってみる。

その結果、めまいがどう反応するのか。

本来西洋薬による副作用を漢方薬で止めることは難しいが、

今回は十分に試してみる価値はあると感じた。

私は三週間分の薬を出した。

二回目の来局日。

喜ぶでもなく、驚くでもなく、

患者さまは当然というお顔でご来局された。

服用して数日経つと、仕事中に早歩きをしても息苦しくなくなったという。

ただし、そういえば、という後で気が付く感じだった。

そして体が軽くなった気がする。

さらに思い出してみると、焦点が合わないようなめまいが無くなってきている。

これもいきなり変わったというよりは、

気が付いたらそうだった、という感覚である。

不整脈の薬は同じように飲み続けている。

それでもめまいは無くなっていた。

もしかしたら副作用ではなかったのかもしれないと、

ご自身でも感じられたようである。

不整脈はどうですかと聞くと、

思い出すように少し考えた後、そういえばなかったと、答えられた。

不整脈・めまい・息切れが同時に良くなっている。

変化としては、私が想定したことがそのまま起こってくれていた。

治り方としても、申し分ない。

治っていることに、後で気が付く。これは薬が抵抗なく体に入り、優しく治癒へと向かっている証拠である。

その後患者さまは同処方をしばらく続けた。

そして波を起こすことなく、良い体調を維持されている。

今回のめまいは、たぶん薬の副作用ではなく、

お体の弱りによるものだったのだろう。

だとするならば結果的に、一番大切な所に手が届いた。

年齢に伴う心機能の弱り。

その進行を予防し得る、漢方薬によるアンチエイジングである。

科学が発展し、西洋医学に出来ることがどんなに多くなったとしても、

漢方はその意義を失わない。

未来がそうであってくれたら、私はとても嬉しい。

分からないことが多かったからこそ、

現代の人が想像し得ない何か。

その積み重ねが漢方だとするならば、

人の本質を紐解く多くのヒントが、漢方には残されているはずである。

人は変わる。

そして、医療も変わる。

しかし、変わらないものもある。

古人が見た景色の中にこそ、

きっとそれがある。



■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈

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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。

※当店は漢方相談・漢方薬販売を行う薬局であり、病院・診療所ではございません。コラムにおいて「治療・漢方治療・改善」といった言葉を使用しておりますが、漢方医学を説明するための便宜上の使用であることを補足させていただきます。