■症例:更年期障害(酒さ鼻・ほてり)

昔、先代である父の下で修行していたころの話。

父がある患者さまから更年期障害のご相談を受けた。

私はいつも通り、その問診風景を見学させてもらっていた。
相談が終わり、説明を受けた患者さまは、煎じ薬を持ってお帰りになった。

その後、父はしばらく席を立たなかった。
そして患者さまが出ていったドアに目を向けたまま、私にしみじみとこう言った。

「ああゆう患者さまを見ることが大切なんだ。正証を見ることは、50人を診ることよりも貴重だ。」

この時父は、患者さまを見た瞬間から、つまりご相談の内容を知る以前から、すでにある処方を想定していたという。一種独特な病態を治す薬方、その真正面の病証を患者さまから感じとったからである。

このエピソードは、後に私が貴重な経験を積むためのヒントになった。

出会い、見て、感じることで初めてわかること。
漢方治療に求められる感じる力、見ることで把握する力の一端である。

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遠方より、電話でのご相談があった。

50歳、女性。
更年期障害のご相談である。

閉経後、火照りが強く出はじめて、顔面が赤くなった。
緊張すると動悸し、顔が火照って頭から汗をかくという。

皮膚科にて「酒さ鼻」と診断され、そこから加味逍遥散(かみしょうようさん)とミノマイシンを服用し始めた。

しばらく調子が良かったが、肝機能の数値が上昇しはじめた。そこで抗菌剤を止め、さまざまな漢方薬を試してみた。

苓桂味甘湯(りょうけいみかんとう)・葛根紅花湯(かっこんこうかとう)・桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)・黄連解毒湯(おうれんげどくとう)・桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、すべて煎じ薬である。

しかし、顔のほてりは一向に消えなかった。

今では病のことを考えすぎたためか、心身ともに疲労が強いという。
食欲がなくならないことだけが救いだと、電話越しにお話になられた。

顔面・皮膚の症状である。実際に見させていただかなければ、分からないことが多すぎる。

ただ私には、この電話の段階である病態が着想できた。
疲労・ほてり・動悸・不安感、であるならば、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)の類が適応する可能性が高い。

見ないでもいけるのかどうか・・・そんな心境でいたところだった。
やはり実際に見て欲しいのでそちらに行きますと、患者さまがおっしゃってくれた。

ご足労を厭わず、ご来局を決めてくてた患者さまに感謝するしかない。

想定される桂枝湯の類を念頭に置きながら、当日までお待ちした。

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一カ月後、実際に患者さまがご来局された。

そして患者さまを見た瞬間、私は自分の考えが間違っていたことを直感する。

華奢な肢体に乾燥した肌と髪。理知的だが緊張をはらんだ口もと。
桂枝加竜骨牡蛎湯では効かないと思った。そして同時に、ある処方が頭に浮かんだ。

父が以前、正証と断じて更年期障害に著効させた処方。
患者さまの外見的な印象は、まさしくその処方を私に想起させた。

詳しくお体の状態を伺う。

口が乾燥し、ソワソワして落ち着かず、不眠の傾向があり、急に火照るだけではなく、突然背中が風邪をひいたように寒気がするという。

何一つ矛盾がなかった。すべての症状がその処方の適応病態につながっていた。

私は断じてその薬を出した。
遠方からわざわざお越しいただいたのだ。初手の段階で正確に適応させることが勝負になる。

2週間後、患者さまから喜びのお電話があった。
服用し始めてから明らかに動悸が減り、のぼせも少なくなり、顔が楽になったという。

私は心から安堵した。
患者さまにはそのまま同処方を続けていただいた。

半年後、症状がほとんど気にならないという状態になった。
薬を服用しなくても、もう不安ではなくなってきたという。

それからは薬を徐々に減らし、廃薬へと向かった。結果的には同じ処方をずっと押し通す形だった。

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見てわかること、それは頭で理解している以上に大きなものである。

百聞は一見に如かず。単に情報だけで導いた解答が、見た途端に一発で覆されるということは実際に良くある。

「見る」ということはそれほどに重要で、それ故に東洋医学では「望診(ぼうしん:見て病を認識する手法)」を最も重視する。

今回的確な処方をお出しすることができたのは、足を運んでくれた患者さまのおかげである。
お会いしなければ分からなかった。電話だけの相談では、私はおそらく見抜けなかったと思う。

あともう一つ、父が大切だと言っていたあの症例、あの時の患者さまにお会いしていたこと。
私の経験の中に、あの時の患者さまがいてくれたからこそ、今回の患者さまのお力になることができたのである。




■病名別解説:「更年期障害
■病名別解説:「酒さ・赤ら顔
参考症例:「■症例:酒さ様皮膚炎・ほてり