厳寒の2月、その中でも特に寒い日に、
とにかく頭皮が乾燥する、という患者さまからのご相談を受けた。
69歳・女性。
頭皮から、並々ならぬフケが落ちて困るという。
困り果てた様子は一目瞭然で、
お座りになってから、とにかく訴えが止まらなかった。
1月10日頃から、突然、頭皮がかゆくなり、
フケのようなものがポロポロと剥がれ落ちて、止まらなくなってしまった。
病院でステロイドをもらって使用するも、一向に良くなる気配がない。
抗アレルギー薬を服用しても治らず、
他の皮膚科にいって強いステロイドをもらってもダメだった。
さらに、ステロイドの内服治療もやった。
それでも良くならず、困り果てた結果、HPをみて当薬局にご来局されたという患者さまだった。
病院では脂漏性皮膚炎と診断され、
治るのに時間のかかる病だから、落ち着いて気長にやっていきましょうと言われた。
比較的早い段階で痒みはなくなったものの、
それでもフケが止まらないのは困る。どうにかならないか、というご相談である。
お話ししている最中は、息をつく間もなく、
少々興奮ぎみの所を、まずは落ち着いてもらうように促す。
そして「順序だててお話を整理していきましょう」と伝えると、
一息ついた患者さまは、今回の治療の核となる部分、この病に至る経緯を、お話になられた。
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1月5日の夜、
突然寒気が起こり、そのまま寝ると次の日の朝、咽の痛みと体の痛みとが起こって、熱が37℃まで上がった。
7日に病院へ行き、風邪でしょうということで抗生剤をもらって飲んだ。
そしてその夜、大量の寝汗をかき、
咽痛や身痛は消失。一時、治ったかのように見えた。
しかしそれ以来、体が疲れやすくなった。
9日にいつもの体操教室に行ったが、普段通りに運動すると極端に体がだるくなった。
さらに、そこから食欲がなくなり、
全身の肌が粉をふいて乾燥し始め、突然頭皮に痒みを生じて、脂漏性皮膚炎を起こしたのだった。
漢方治療を行う者ならば、
治療上、この経緯を無視することは絶対にできない。
一月前のこととは言え、確実に現状に影響を与えている。
この病は、明らかに「外感病」の流れの中で把握しなければいけない病態である。
外感病とは、外からの病邪によって引き起こされた病のことをいう。
今回のように、風邪をきっかけとして発症している病のことである。
急性病として起こった風邪による症状は、確かに消失しているかも知れない。
しかし、それにより崩れた体のバランスがまだ治っていない。
影響が一か月以上の長きにわたって残っている、そういうことが現実に起こり得るのである。
そうである以上、考えるべき方剤は「経方」。
漢方の聖典『傷寒論』。そこから、治療方法を紐解かなければならない。
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寒気を伴う発熱を発症後、
寝汗によって解熱するも、未だに体のだるさが残っている。
食べることはできるが食欲がなく、食事に味を感じない。
すでに寒気も発熱もない。しかし、もともとひどい冷え症だったが、最近は足を温めない方が寝やすく、未だに寝汗があるのだという。
さらにフケだけでなく抜け毛がひどい。
そして口の中が乾く。無性に水を含みたくなる時がある。
舌はべっとりとした厚い白膩苔でかつ乾燥状が強く、
所々に剥げている、広い範囲での剥落が明らかだった。
肢体細く、皮膚は強い乾燥状。
もともと胃腸は強い方ではなく、疲労すると食欲がなくなってしまう傾向がある。
大便正常、問題なくすっきりと出て、
一方、小便は少ない。あまりはっきりとは分からないが、色はいつも濃いわけではないとのことだった。
動悸はなく、ほてりもない。眠りも正常で、寝ても疲れが取れないという以外は良く眠れている。
必要なことを一通り確認させていただくと、
この時点で、ある程度の治療方針は決まった。
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やはり決め手は、最初から患者さまに感じていたもの。
体に巣食う興奮。
身体を焼き、燻蒸し続ける興奮(熱)を、如何にして沈静化させるのかが問題だった。
さらにその熱は、身体だけでなく、感情にも波及している。
落ち着きを不能にさせる興奮。感情とともに外にあふれ出しているこの興奮が、病態の特徴を決定付けている。
本来ならさらさらと流れおちるべき川の水が、熱で蒸されて乾濁し、濁気がのぼって心身を乱しているという状態。
であるならば、陰水を益しつつ、胃気を復して堤防を開く。
そして、澄んだ清水の下流を回復する。
私は14日分の薬を出した。
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2回目の来局時、
朗らかなお顔で来局された患者さまを見て、私は安心した。
著効である。
服用後から寝汗がなくなり、深く眠れるようになった。
それに伴い疲労感が取れ、食欲も少しずつ回復しはじめた。
さらに抜け毛がなくなり、口の乾燥も気にならなくなっている。
その口調から、やや興奮気味な印象は抜けきらないまでも、
自覚的に認められる良い変化に、安堵の表情を浮かべられていた。
着目するべきは舌の変化で、苔の剥落がなくなり、同時に苔が薄くなっている。
陰水の性質が変わってきた証拠である。
思いのほか早い変化に、薬を出した私でさえ少々驚く効果だった。
患者さまも、食事の養生をしっかりと守ってくださった。
そのかいもあり、一か月後にはフケがなくなり、ステロイドの軟膏を使わないですむようになっていた。
そして3か月後には、あれだけ興奮していた口調も影をひそめ、
実に穏やかな、患者さま本来の雰囲気を取り戻されていた。
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原因不明とされる病、脂漏性皮膚炎。
マラセチアという菌が関与するとはされているものの、
誰の皮膚にでもいるこの菌が、なぜ人によって悪さを起こすのか、未だにその理由は分かっていない。
ただし臨床を経験していると、発症している方は皮膚のみならず、身体に何らかの不調を抱えている方が多い。
皮膚の症状のみならず、からだ全体に何が起こっているのかを捉えられるかどうか。
今回は脂漏性皮膚炎治療の常道ではないものの、
臨機応変な治療が求められるその一例として、本症例を上げさせていただきました。
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■病名別解説:「脂漏性皮膚炎」
〇その他の参考症例:参考症例