■症例:脂漏性皮膚炎(脂漏性湿疹)

2021年12月15日

漢方坂本コラム

厳寒の2月、その中でも特に寒い日に、

とにかく頭皮が乾燥する、という患者さまからのご相談を受けた。

69歳・女性。

頭皮から、並々ならぬフケが落ちて困るという。

困り果てた様子は一目瞭然で、

お座りになってから、とにかく訴えが止まらなかった。

1月10日頃から、突然、頭皮がかゆくなり、

フケのようなものがポロポロと剥がれ落ちて、止まらなくなってしまった。

病院でステロイドをもらって使用するも、一向に良くなる気配がない。

抗アレルギー薬を服用しても治らず、

他の皮膚科にいって強いステロイドをもらってもダメだった。

さらに、ステロイドの内服治療もやった。

それでも良くならず、困り果てた結果、HPをみて当薬局にご来局されたという患者さまだった。

病院では脂漏性皮膚炎と診断され、

治るのに時間のかかる病だから、落ち着いて気長にやっていきましょうと言われた。

比較的早い段階で痒みはなくなったものの、

それでもフケが止まらないのは困る。どうにかならないか、というご相談である。

お話ししている最中は、息をつく間もなく、

少々興奮ぎみの所を、まずは落ち着いてもらうように促す。

そして「順序だててお話を整理していきましょう」と伝えると、

一息ついた患者さまは、今回の治療の核となる部分、この病に至る経緯を、お話になられた。

1月5日の夜、

突然寒気が起こり、そのまま寝ると次の日の朝、咽の痛みと体の痛みとが起こって、熱が37℃まで上がった。

7日に病院へ行き、風邪でしょうということで抗生剤をもらって飲んだ。

そしてその夜、大量の寝汗をかき、

咽痛や身痛は消失。一時、治ったかのように見えた。

しかしそれ以来、体が疲れやすくなった。

9日にいつもの体操教室に行ったが、普段通りに運動すると極端に体がだるくなった。

さらに、そこから食欲がなくなり、

全身の肌が粉をふいて乾燥し始め、突然頭皮に痒みを生じて、脂漏性皮膚炎を起こしたのだった。

漢方治療を行う者ならば、

治療上、この経緯を無視することは絶対にできない。

一月前のこととは言え、確実に現状に影響を与えている。

この病は、明らかに「外感病がいかんびょう」の流れの中で把握しなければいけない病態である。

外感病がいかんびょうとは、外からの病邪によって引き起こされた病のことをいう。

今回のように、風邪をきっかけとして発症している病のことである。

急性病として起こった風邪による症状は、確かに消失しているかも知れない。

しかし、それにより崩れた体のバランスがまだ治っていない。

影響が一か月以上の長きにわたって残っている、そういうことが現実に起こり得るのである。

そうである以上、考えるべき方剤は「経方けいほう」。

漢方の聖典『傷寒論しょうかんろん』。そこから、治療方法を紐解かなければならない。

寒気を伴う発熱を発症後、

寝汗によって解熱するも、未だに体のだるさが残っている。

食べることはできるが食欲がなく、食事に味を感じない。

すでに寒気も発熱もない。しかし、もともとひどい冷え症だったが、最近は足を温めない方が寝やすく、未だに寝汗があるのだという。

さらにフケだけでなく抜け毛がひどい。

そして口の中が乾く。無性に水を含みたくなる時がある。

舌はべっとりとした厚い白膩苔でかつ乾燥状が強く、

所々に剥げている、広い範囲での剥落が明らかだった。

肢体細く、皮膚は強い乾燥状。

もともと胃腸は強い方ではなく、疲労すると食欲がなくなってしまう傾向がある。

大便正常、問題なくすっきりと出て、

一方、小便は少ない。あまりはっきりとは分からないが、色はいつも濃いわけではないとのことだった。

動悸はなく、ほてりもない。眠りも正常で、寝ても疲れが取れないという以外は良く眠れている。

必要なことを一通り確認させていただくと、

この時点で、ある程度の治療方針は決まった。

やはり決め手は、最初から患者さまに感じていたもの。

体に巣食う興奮。

身体を焼き、燻蒸し続ける興奮(熱)を、如何にして沈静化させるのかが問題だった。

さらにその熱は、身体だけでなく、感情にも波及している。

落ち着きを不能にさせる興奮。感情とともに外にあふれ出しているこの興奮が、病態の特徴を決定付けている。

本来ならさらさらと流れおちるべき川の水が、熱で蒸されて乾濁し、濁気がのぼって心身を乱しているという状態。

であるならば、陰水を益しつつ、胃気を復して堤防を開く。

そして、澄んだ清水の下流を回復する。

私は14日分の薬を出した。

2回目の来局時、

朗らかなお顔で来局された患者さまを見て、私は安心した。

著効である。

服用後から寝汗がなくなり、深く眠れるようになった。

それに伴い疲労感が取れ、食欲も少しずつ回復しはじめた。

さらに抜け毛がなくなり、口の乾燥も気にならなくなっている。

その口調から、やや興奮気味な印象は抜けきらないまでも、

自覚的に認められる良い変化に、安堵の表情を浮かべられていた。

着目するべきは舌の変化で、苔の剥落がなくなり、同時に苔が薄くなっている。

陰水の性質が変わってきた証拠である。

思いのほか早い変化に、薬を出した私でさえ少々驚く効果だった。

患者さまも、食事の養生をしっかりと守ってくださった。

そのかいもあり、一か月後にはフケがなくなり、ステロイドの軟膏を使わないですむようになっていた。

そして3か月後には、あれだけ興奮していた口調も影をひそめ、

実に穏やかな、患者さま本来の雰囲気を取り戻されていた。

原因不明とされる病、脂漏性皮膚炎。

マラセチアという菌が関与するとはされているものの、

誰の皮膚にでもいるこの菌が、なぜ人によって悪さを起こすのか、未だにその理由は分かっていない。

ただし臨床を経験していると、発症している方は皮膚のみならず、身体に何らかの不調を抱えている方が多い。

皮膚の症状のみならず、からだ全体に何が起こっているのかを捉えられるかどうか。

今回は脂漏性皮膚炎治療の常道ではないものの、

臨機応変な治療が求められるその一例として、本症例を上げさせていただきました。



■病名別解説:「脂漏性皮膚炎

〇その他の参考症例:参考症例

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