□アトピー性皮膚炎 1 ~どういう治療が行われてきたのか・漢方治療の変遷~

2021年05月21日

漢方坂本コラム

□アトピー性皮膚炎 1
~どういう治療が行われてきたのか・漢方治療の変遷~

<目次>

漢方治療の変遷
1、皮膚治療の常套手段による試み
荊防敗毒散けいぼうはいどくさん消風散しょうふうさんから黄連解毒湯おうれんげどくとうの合方
2、炎症を熱・乾燥を陰虚や血虚と解釈した治療
温清飲うんせいいんの活用
3、消化管の弱りと疲労に着眼した治療方法
桂枝加黄耆湯けいしかおうぎとう補中益気湯ほちゅうえっきとうによる治療

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<はじめに・アトピー性皮膚炎と漢方薬>

漢方は各先生方によって治療方法が大きく異なるという宿命をもった医学です。本項で述べるアトピー性皮膚炎では、特にその傾向が強いと思います。

アトピー性皮膚炎はここ半世紀の間に急増してきた疾患です。古典から治療方法を導き出す漢方では、こういった新しい病に対しては未だ治療方法が一定していないというのが現実です。

しかしだからこそ新たな試みが続々と誕生しているという側面もあります。未だ定まった治療方法が確立されていないからこそ、ここ半世紀の間でアトピー性皮膚炎に対する漢方治療は目覚ましい変化を遂げてきました

そこで今回はアトピー性皮膚炎に対する漢方治療が今までどのように変遷してきたのかをご紹介したいと思います。

漢方薬を選択するその基準は、先生方によりさまざまです。少々古いやり方であっても、要は改善へと導ける手法であればなんだって良いと私は思います。

ただし歴史上今までどのような治療方法が行われてきたのかを知っておくことは一つの参考になると思います。

今まで漢方家はどのようにしてアトピー性炎症を解除しようとしてきたか。漢方とアトピー性皮膚炎との闘いの歴史をご紹介してみたいと思います。

漢方治療の変遷

かなり古くから存在していたとされるアトピー性皮膚炎ですが、日本においてこの病名が紹介されたのは1950年頃(昭和中期頃)だと言われています。

当時は皮膚科領域にてまだ打つ手が少なかったということもあり、当時からすでに漢方薬による効果が期待されていました。

1、皮膚治療の常套手段による試み

荊防敗毒散けいぼうはいどくさん消風散しょうふうさんから黄連解毒湯おうれんげどくとうの合方】

アトピー性皮膚炎においてまず最初に行われた治療は、今までの皮膚科治療にて行われていた常套手段を継続するというものでした。

発疹・痒みという症状に対しては、荊防排毒散けいぼうはいどくさん十味敗毒湯じゅうみはいどくとう消風散しょうふうさんといった処方で対応することが基本です。そのため新しい皮膚病であるアトピー性皮膚炎に対しても、まずはこれらの処方が使われ始めました。

ただし単純な発疹とは違い、アトピー性皮膚炎においてはなかなか効果が表れませんでした。特に皮膚が赤黒く乾燥して痂皮が生じ、皮がやや厚くなって小丘疹が一面にみられるというような、炎症が激しく陳旧化したケースではこれらの薬だけでは対応することが難しかったのです。

そこで、漢方家は次の手段として黄連解毒湯おうれんげどくとうに着目しました

皮膚が赤く、熱を持ち、ただれて、痒みが激しいという場合、漢方では歴史的に黄連解毒湯をしばしば用いてきたからです。

そして黄連解毒湯を主体とすることで、確かにアトピー性皮膚炎に対してその効果を発揮しやすくなりました。

しかしこの手法にはひとつ問題がありました。黄連解毒湯は炎症(熱)を鎮める薬である一方、傷陰しょういんといって皮膚の乾燥症状を助長させてしまう傾向があったのです。

アトピー性皮膚炎は、皮膚に熱感を伴う炎症が生じると同時に、皮膚がガサガサに乾いてきてしまうという特徴があります。したがってこの傷陰に対して、何らかの配慮を行う必要があったのです。

2、炎症を熱・乾燥を陰虚や血虚と解釈した治療

温清飲うんせいいんの活用】

そこで皮膚の乾燥を「血虚けっきょ」や「陰虚いんきょ」と捉え、四物湯しもつとうという皮膚を潤す薬をもって対応する手段が多く取られ始めました。

黄連解毒湯に四物湯を合わせた方剤を温清飲うんせいいんといいます。この温清飲は、昭和中期から後期にかけてアトピー性皮膚炎治療のひとつの完成形でありました。

荊芥けいがい土骨皮どこっぴ連翹れんぎょう石膏せっこうなどといった清熱・止痒作用のある生薬を加えて使われることが多く、ある一定の効果があるとして、漢方家はこぞってこれらの処方を使いました。そして慢性化して皮膚苔癬化たいせんかが甚だしく、皮膚が肥厚していれば駆瘀血剤くおけつざい通導散つうどうさん桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがんなど)を合方するという手段を多く用いていました。

当時、ほとんどの漢方家が温清飲を使っていたのではないでしょうか。アトピー性皮膚炎とくれば温清飲、ある意味短絡的といっても良いほど頻用されていたという印象があります。

なぜこのように頻用されていたのか、その理由は定かではありませんが、歴史的背景としては温清飲を基本処方として頻用する一貫堂医学いっかんどういがくや、血虚・陰虚という概念を定着させた中医学派の影響が色濃かったのではないかと想像します。

ただしこれら温清飲の加減にも限界がありました。少し良くなってもまた悪化する、長く治療していてもそういう完全に治りきらない状態にしかならず、完治させることが難しかったのです

中には胃腸を壊して飲めない方もいました。そこでまた皮膚科領域の薬である荊防排毒散や十味敗毒湯、消風散に黄連解毒湯を合わせたりして、治療方法がしばらく右往左往を続けてしまうことになったのです。

3、消化管の弱りと疲労に着眼した治療方法

桂枝加黄耆湯けいしかおうぎとう補中益気湯ほちゅうえっきとうによる治療】

皮膚の治療を行っていても治らない、もっと本質的な治療を行う必要がある。そう考え出した漢方家たちがとった次の手法は、免疫機能の中枢と言われている消化管に対するアプローチでした。

人は食事をとると消化管によって消化・吸収・代謝という活動を行いますが、これは単に栄養を取り入れるということだけではありません。飲食物は生命活動のために必要な材料ではありますが、基本的に身体にとっては異物です。

したがって異物である飲食物を異物ではないものにする、自身の体にとって合ったものに改良する必要があり、これを消化器は行っています。つまり消化管の機能が弱ると飲食物を変化させる力が弱くなるため、異物が体の中にどんどん入ってきてしまいます。

そうやって体の中に炎症を起こす材料が充満してくることで、炎症が起こりやすい体になってしまうという解釈。これがアトピー性皮膚炎治療に新しい解釈をもたらせたのです。

さらに人は疲労が積み重なるとアトピー性皮膚炎が治りにくくなります。疲労とは活動する力の弱りを起こすだけでなく、身体を回復させる力の弱りを招来します。

つまり疲労が関与すると皮膚を治そうとする力自体が弱くなり、どんなに養生を重ねても改善が遅々として進まなくなります。これらの理由から、アトピー性皮膚炎治療に対して、消化管の機能を回復し、疲労を取るという手法がとられ始めたのです。

古方派の先生方はしばしば桂枝加黄耆湯けいしかおうぎとうの加減を用いました。胃腸機能を回復させつつ、虚労と呼ばれる一種の疲労状態を回復させのが桂枝湯です。そこに元気を補うという意味で、補気薬の黄耆を加えた桂枝加黄耆湯や黄耆建中湯などを多用しました。多くは芍薬を増量させ、荊芥・土骨皮を加えるのが定石でした。

そして山本巌やまもといわお先生は補中益気湯ほちゅうえっきとうを推奨しました。補中益気湯は疲労を回復させると同時に身体の興奮状態を鎮める方剤です。桂枝などの熱性のある薬物にて炎症を増悪させることなく疲労を回復させるという本旨からいっても、この運用には確かに理があと思います。

ただし、多くのケースでこれらだけでは十分な効果を上げることが出来ませんでした。

桂枝加黄耆湯の加減や補中益気湯は、それだけでも確かに効果をあげることがあります。しかし、疲労や消化機能の弱りを回復させてもアトピー性炎症がいつまでも鎮まらないということが現実的に多かったのです。

私見では、大人のアトピー性皮膚炎や難治性のアトピー性皮膚炎において、特にそういう傾向が表れてきます。これはおそらく、たとえその根本原因が疲労や消化機能の弱りだったとしても、そこを改善するだけでは皮膚に対して「遠回りし過ぎている」ということです。

つまり、これらの手法は「炎症が強い場合には太刀打ちできない手法」です。胃腸機能が回復し、食事や運動の養生を厳守していたとしても、「身体にくすぶり続ける炎症を解除する」という治療を直接行わない限りはいつまでたっても効果が及ばないということです。

アトピー性皮膚炎を改善するためには、やはり「皮膚に生じている慢性炎症を直接沈静化させる」という側面から目を背けることはできません

いかにして「皮膚を焼き続ける炎症を解除するのか」。時代を経るにつれて、漢方家たちはその点について再考する必要に迫られてきたのです。



次項へと続く↓
□アトピー性皮膚炎 2 ~漢方治療の現状と新しい試み~

■病名別解説:「アトピー性皮膚炎

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