□アトピー性皮膚炎 2
~漢方治療の現状と新しい試み~
<目次>
4、迷走する治療方法
猪苓湯や竜胆瀉肝湯・牛黄などによる治療
5、新たな試み・「温病」からアトピー性炎症を理解する
「温病理論」への着目
「温病」への歩み
「温病」の読解と現代応用
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<前項までのあらすじ>
ここ半世紀の間に急増してきた疾患、アトピー性皮膚炎。
この病に対して、漢方家はさまざまな治療方法を考案してきました。
荊防敗毒散・消風散といった皮膚治療の常套手段による対応、また温清飲を活用することで皮膚の乾燥症状に対して活路を見出し、さらにそこから消化機能の回復へと視点を移行させ、桂枝加黄耆湯や補中益気湯によって根本的な体質改善を試みました。
しかし、ある一定の効果は確認できるものの、これらの治療方法だけでは充分に改善させることのできないケースが散見されたのです。
いかにして皮膚を焼き続ける炎症を解除するのか。時代を経るにつれて、漢方家たちはその点について再考する必要に迫られてきました。
※前回のコラム→□アトピー性皮膚炎 1 ~どういう治療が行われてきたのか・漢方治療の変遷~
4、迷走する治療方法
【猪苓湯や竜胆瀉肝湯・牛黄などによる治療】
消風散や荊防排毒散・温清飲を主体とした皮膚治療でも十分とは言えず、さらに桂枝加黄耆湯や補中益気湯にて本質的な治療を求めても効果が上がりにくい。こういう現実を目の当たりにした漢方家は、その後さまざまな治療方法を試みてきました。
身体の興奮状態を一時的に解除するべく牛黄を用いるという手段や、猪苓湯や竜胆瀉肝湯など水分代謝に働きかける薬方を使いながら治療を試みる手段も行われてきました。
これらの治療には確かに一理あります。実際に効果をあげることもあり、各先生方の特徴的な運用として新たな見解を提示するものでもありました。
しかしその再現性という意味では決して充分とは言えませんでした。あくまで一時的・場渡り的な手段だと言わざるを得なかったのです。
・
荊防敗毒散や温清飲、そして補中益気湯から牛黄に至るまで、今まで行われてきた治療方法だけでは解決できないアトピー性皮膚炎がずっと存在し続けていました。
正直に言えば、漢方治療が難しいとされる病の一つがアトピー性皮膚炎だったのです。
治療手法に根本的な解決策を見出すことができない、それが近年まで行われてきたアトピー性皮膚炎治療に対しての本音です。
しかし昨今、アトピー性皮膚炎治療は新たな局面を迎えました。今までの手法にはない、根本的な解決策が提示され始めたのです。
5、新たな試み・「温病」からアトピー性炎症を理解する
あらゆる炎症は、基本的には身体に及ぼされた刺激を排除し、かつそれを元通りに修復しようとする生体反応として起こります。
刺激に対して炎症を起こすことでその影響を消失させる、異物を排除して身体を守ろうとする反応が炎症反応です。
この時通常であれば、刺激が排除されれば炎症は収束します。再度刺激がきて炎症が起こる場合であっても、一時的に炎症が引くという形を取ることが普通です。
しかしアトピー性皮膚炎ではこの「炎症の引き」があまり起こりません。いったん炎症が起こると引かずにずっと生じ続けてしまう、つまり人体にとっての異物をいつまでも排除しようとし続けてしまうという特徴があるのです。
さらにアトピー性皮膚炎の中でも、特に難治とされるものではこの傾向が強くなります。
患部の炎症に波がなく、ある一定の活発さを保ったまま継続して皮膚を焼き続けてしまう。
したがって難治性アトピー性皮膚炎の治療を成功させるためには、この継続して生じ続ける炎症をとにかく抑えなければなりません。
この独特な炎症像を解除することができない、その点こそが今まで漢方治療を困難にさせてきた原因だと考えられるのです。
「温病理論」への着目
このような「漫然と継続する炎症」に対して、ひとつの解決策が隣国・中国で提示されていました。
中国清代において書かれた『温病条弁』。その中で提示されていた概念、「温病理論」です。
体の中に生じた「熱」が身体を焼き尽くそうとする、そういう熱に対する治療方法を述べたものがこの「温病」という病態理論です。
「漫然と生じ続ける」という炎症像に一致する、そういう病態に対応するための手法が完成された概念としてすでに隣国では提示されていたのです。
(※これら「温病」の解釈については、こちらの記事にて詳しく解説しております。)
・
結論から言えば、アトピー性皮膚炎に対してはこの治療方法こそが必須となります。しかし、中国清代という比較的最近になって作られたこの概念は、非常に有益であるのにも関わらず日本ではあまり研究が進んできませんでした。
そのため日本ではこの概念があまり認知されておらず、未だにごく一部の先生方のみしか採用していないというのが現状です。
しかしそういう現状がある中、日本におけるアトピー性皮膚炎治療は、刻一刻と「温病」に着目する方向へと導かれていったのです。
「温病」への歩み
アトピー性皮膚炎に対しては「温病」の考え方が必要。この着想は、日本の今までの経緯を俯瞰すると、決して急に湧き出たものではありませんでした。
確かに日本では「温病」の認知と解析が非常に遅れています。しかし少なくとも今まで日本の漢方家たちが試行錯誤して行ってきた手法は、温病の治療へと知らず知らずのうちに近づくものでした。
・
例えば、先で述べた猪苓湯や竜胆瀉肝湯といった水分代謝調節の薬は、温病における手法を一部垣間見せるものです。
ただし純然たる温病理論にピタリと当てはまる処方ではなく、保険適用処方の中からどうにか近いものを選んだというのが正直なところだと思います。
また牛黄は温病治療に用いられる生薬の一つです。そのため一定の効果があることに関しては、確かに頷ける所ではあります。
しかし、温病のごく一部、さらに特殊な状況においてのみ使用する生薬です。したがって広く温病を解決できる生薬では決してなく、一時的な使用のみのやり方、決して本質には届かない小手先のやり方といった感が否めません。
さらに温病には銀翹散という有名な処方があります。温病の処方があまり使われていない日本において、比較的頻用されている数少ない温病処方の一つです。
この方剤を基にアトピー性皮膚炎治療の方針を組み立てようとする試みもありますが、やはり効果はそれほど表れません。その理由は、銀翹散が適応する病態とアトピー性皮膚炎の病態とでは、温病上の病性が全くことなるためです。
方向性は正しいが未だ遠い。私見ではそういう状況がここ10年ほど続いていたのではないでしょうか。
やはりポイントは『温病条弁』にあります。この書の読解こそが、アトピー性皮膚炎治療を新たな段階へと底上げするために今必要なのです。
「温病」の読解と現代応用
温病の理論体系はとても広大です。アトピー性皮膚炎への現実的な手法を導くためには、その広大な地図の中から的確な治療方法を紐解かなければなりません。
そして実際に正しい解答を導くことが出来れば、荊防敗毒散や温清飲、桂枝加黄耆湯や補中益気湯、そして猪苓湯や牛黄といった今までの治療とは比較にならないほどの効果を発揮します。
なぜそう言えるかというと、温病理論にあるポイントを抑えることで、効果の即効性と持続性の高い手法を組み立てることが可能だからです。
これは私自身が実際に経験するところなのですが、温病理論には確かにアトピー性皮膚炎に適応できる炎症の解除方法が明記されています。
・
まだ考察の段階ではありますが、温病を体系化したバイブルである『温病条弁』という書物の中に、原因不明とされる皮膚疾患に対し得る見解が述べられています。
『温病条弁』では温病の病態をいくつかの尺度をもって区分しています。熱の所在をあらわす「衛・気・営・血」、病の流れを示す「上焦・中焦・下焦」、さらに病性を明らかにする「風温や暑温・伏暑・湿温」など、多岐に渡る区分を温病全体に張り巡らせています。
まずはこれらの要素の本質を理解した上で、複雑に絡み合う区分を理解しなければいけません。そして、その流れの中で身体に継続する熱(炎症)をどのように解除しようとしているのか。その辺りのことを、本書を通じて理解する必要があります。
・
本書の読解には時間がかかります。私も未だ十分に理解が及んでいるとは言えません。さらにその考え方を現代に応用するとなると、大変な難しさを伴います。しかし近年行っている治療とその良好な結果から鑑みると、アトピー性皮膚炎治療は「温病」を通して新たな段階へと進み得る可能性を秘めています。
この書の読解を進め、今後多くの治験を集積していかなければなりません。
アトピー性皮膚炎は、決して治らない病ではありません。私を含めた各漢方家の努力によって、より一層効果的な治療方法が今後見出されてくる疾患だと感じています。
・
・
・
■病名別解説:「アトピー性皮膚炎」