□慢性上咽頭炎 ~Bスポット治療と漢方薬・その違いと併用の意義~

2021年10月02日

漢方坂本コラム

□慢性上咽頭炎
~Bスポット治療と漢方薬・その違いと併用の意義~

<目次>

■慢性上咽頭炎とBスポット治療
■Bスポット治療では改善へと向かわない理由
1、上咽頭部の「敏感さ」を改善する必要性
2、周囲の炎症と関連して起こる可能性
■慢性上咽頭炎と漢方治療
1、敏感さのない状態へと導く薬能
2、鼻腔・副鼻腔・上咽頭と連続した炎症を鎮める薬能
■漢方治療の可能性とその意義

慢性上咽頭炎とBスポット治療

・のどに痰が絡む
・のどの奥が痛い
・のどの奥に詰まりを感じる

「のどの奥に何か異常がある」という感覚。これらの症状はその原因が意外にも「のどの奥」ではなく、上咽頭と呼ばれる「鼻と口との通り道」にあるという場合があります。上咽頭部に慢性的な炎症を生じているケースです。これを慢性上咽頭炎と呼びます。

この慢性上咽頭炎は、病院にかかってもなかなか良くならないという方が多く、そのため漢方治療をお求めになる方の多い病です。また単にのどの不快感を生じるだけではなく、より全身的な不調を招いてしまう可能性を秘めています。

外気の通り道である上咽頭部は、異物を排除しようとするための免疫機能が高まりやすい部位です。そしてこの場所に慢性的な炎症を生じていると、免疫が活性化されて炎症性物質(サイトカイン)を発生させ、それが血流にのって全身へと波及することがあります。その結果、上咽頭部の炎症を「病巣炎症」として、二次的に腎臓や関節・皮膚などにも炎症を誘発してしまうことがあります

また、上咽頭部の炎症は自律神経の失調を誘発させるとも言われています。確かに上咽頭炎を起こしている方では、めまいや嘔気、胃もたれや下痢・便秘、疲労感やイライラ・うつ症状などを併発していることが多いものです。このように上咽頭炎は、単に局部的な炎症として片付けられない側面を持ち、多くの症状を発生させ得る非常にやっかいな病です。

この慢性上咽頭炎に対しては、塩化亜鉛溶液を染みこませた綿棒を使って、鼻と喉から直接上咽頭の患部に薬液を擦りつけるという治療がしばしば行われています。

この治療は、「EAT(イート:Epipharyngeal Abrasive Therapy:上咽頭擦過治療)」と呼ばれ、時に「Bスポット治療」とも呼ばれています。

塩化亜鉛による収斂作用や抗炎症作用だけでなく、迷走神経を解した自律神経系への作用や、擦過さっかによる瀉血からの静脈循環の改善作用が期待されています。患部に対して直接アプローチできるという点で優れた手法であり、確かにこの治療によって改善を見る患者さまもいらっしゃいます。

ただし、中にはBスポット治療を行っても改善しないという方がいらっしゃいます。10回・20回と行ったけれど完治しなかったという方からもご相談を受けることがあります。特に治療を行ってもその時良くなるだけで、すぐに戻ってしまうという方が多いという印象です。なぜBスポット治療で完治することのできないのでしょうか。そこには治療効果が発現しにくくなっている理由がいくつか考えられます

今回は、Bスポット治療によって効果が表れにくい理由を考察しつつ、その上でどのような配慮が必要なのかを解説してきたいと思います。さらに上咽頭炎に対する漢方治療の有効性と、Bスポット治療との併用の意義について述べてみたいと思います。

Bスポット治療では改善へと向かわない理由

なぜBスポット治療を行っても完治することができないのか。それには2つの理由が考えられます。

一つは上咽頭部の炎症を鎮めるだけではなく、炎症を起こしやすい「敏感さ」を改善しなければならないケースがあるから。そしてもう一つは、上咽頭部の炎症を抑えるだけでは解決しない場合があるからです。

1、上咽頭部の「敏感さ」を改善する必要性

そもそも鼻腔や副鼻腔・上咽頭部といった空気の通り道は、毎日必ず何からの刺激を受ける部位です。

粉塵ふんじんやハウスダスト・花粉といった空気中に舞う何らかの刺激物はもちろんのこと、外気の温度や湿度などの影響も少なからず受けざるを得ません。したがってもし病院の検査において炎症が確認されなかったとしても、粘膜が敏感に反応しやすい状態を形成していれば、完全に治っているとは言えません。あらゆる刺激に敏感に反応してしまうことで、炎症を繰り返し起こしてしまうようになるからです。

上咽頭は鼻の穴の奥、のどの上側に位置しています。左右の鼻の穴から吸い込んだ空気は、鼻腔を経て上咽頭で合流し、その後気管に向かって下方に流れて中咽頭へと続いていきます。のどの奥に見える口蓋垂こうがいすい(のどちんこ)の奥が中咽頭で、その上が上咽頭、その下が下咽頭です。このように空気の通り道として連続している咽頭部ですが、上咽頭と、中咽頭・下咽頭とでは、空気の触れる表面が異なる構造で作られています。

中咽頭と下咽頭は食物と空気が通ります。したがってその表面は頑丈で凹凸の少ない扁平上皮へんぺいじょうひで覆われています。一方、上咽頭の表面は鼻腔や気管と同じく繊毛上皮せんもうじょうひで覆われています。繊毛上皮とは毛のような組織によって粘液を動かすことで、空気中の細かな異物を排出しやすいようにしている組織です。さらにこの繊毛上皮細胞の間には多数のリンパ球が入り込んでおり、異物に対してすぐさま免疫機能を発動できるような状態を形成しています。

つまり上咽頭部は、そもそもが異物に対して常に反応しやすい敏感さを備えた部位であると言えます。実際に上咽頭部のリンパ球は健常人であっても活性化された状態で存在していて、侵入してきた異物や病原体といつでも戦える状態を形成しています。外部から侵入してきたものに対して真っ先に免疫を発動する部分、それが上咽頭です。このように上咽頭はただでさえ敏感な部位として存在しているため、この部に一度炎症が起こってしまうと、その敏感さがなかなか沈静化されないという特徴を持っています

上咽頭炎はその時起こっている炎症を取るというだけでは完治することができません。その敏感さ・炎症の起こりやすさをどう鎮めていくのかという側面に対しても同時に治療していく必要があります

2、周囲の炎症と関連して起こる可能性

さらに慢性上咽頭炎では、上咽頭部の炎症だけを鎮めたとしても完治しない可能性があります。隣接している鼻腔びくう副鼻腔ふくびくうに炎症を生じていれば、そこから上咽頭にも炎症が誘発されてしまうことがあるからです。

空気中の異物を排除するための繊毛上皮は、鼻腔・副鼻腔・上咽頭とつながって存在しています。そしてこれらは上咽頭部と同じように免疫が活性化されやすい状態を形成しています。つまり同じような敏感さを備えた、連続した表面構造を持っているわけです。したがって上咽頭部の炎症を抑えたとしても、鼻腔や副鼻腔に炎症が残っていれば、それが再び上咽頭部に炎症を波及させてしまう可能性があります。

例えば風邪をひいた時、くしゃみや鼻水・鼻づまりから始まった鼻腔の炎症(鼻炎)が、そのうち副鼻腔炎へと移行することは良くあることです。またのどの痛みから始まった咽頭炎が、そこから副鼻腔炎や鼻炎を併発させることも良く起こります。鼻腔・副鼻腔・咽頭というのは、機能的・構造的に連続しているために、一部で生じた炎症を波及させやすい傾向があるのです。実際に上咽頭炎を起こしている方では、鼻炎を起こしやすかったり、後鼻漏こうびろう(鼻から咽に下ってくる痰・慢性副鼻腔炎にて良く見られる症状)を伴っていることがとても多いものです。

そして私見では、Bスポット治療によって改善へと向かわない方ほど、鼻腔や副鼻腔にまで弱い炎症や敏感さが広がっているという印象があります。つまり上咽頭炎にてその炎症を完全に取りきるためには、その隣接している部分に生じている炎症や、炎症を起こしやすい「敏感さ」に対しても目を向けなければなりません。

慢性上咽頭炎と漢方治療

以上のことから、上咽頭炎を完治させるためには単にこの部の炎症を鎮めるというだけでなく、炎症を起こしやすい「敏感さ」も含めて改善していくこと、そして鼻腔や副鼻腔といったより広い範囲の治療を同時に行うことが必要になります。

これらのことを考え合わせると、たしかにBスポット治療だけでは改善しにくい慢性上咽頭炎があっても不思議ではありません。上咽頭炎を完治へと導くためには、上咽頭部の炎症を直接的に抑えるだけでなく、より総合的に配慮し得る治療が必要になってきます

私見では、漢方治療の有効性はまさにこの側面にあると考えています。

漢方治療では「敏感さ」などのない通常状態へと戻ろうとする体の反応を利用し、それに同調することで効果を発揮できるという原則があります。また上咽頭のみならず、より広い範囲の炎症を想定することで初めて薬方が決定できるという特徴があります。これらの治療上の特性があるからこそ、漢方治療は上咽頭炎に効果を発揮し得るのだと考えています。

詳しく解説していきましょう。

1、漢方治療の有効性:敏感さのない状態へと導く薬能

まず漢方薬は、そもそも体が自ら治そうとする活動に同調し、それを助ける働きをもって効果を発揮するという原則があります

体は生じている炎症に対して、自分自身でそれを完治させる活動、敏感さなどの無い平常状態へと戻ろうとする活動を必ず起こしていますそして漢方治療では、その活動を見極めて正しく助ける方向へと導くような薬方を選択することで初めて効果を発揮することができます

やや詳しく解説してみると次のようになります。まず身体に炎症が生じている場合、体は血流を患部にわざと集めてうっ血や充血を生じます。そうすることで炎症をその部に限局させ、周囲に広げないようにしています。そしてうっ血や充血は免疫細胞(白血球)を集めて粘膜を浮腫むくませます。その結果、刺激に対する敏感さを患部に発生させます。つまり刺激に対して炎症を生じにく状態にするためには、この充血やうっ血を完全に解除する必要があります。

この時もし炎症が強く生じているのであれば、まずは炎症の勢いを落ち着ける方向へと向かわせなければなりません。なぜならば、そうしなければ充血を生じさせようとする体の反応がいつまでも続いてしまうからです。その場合、漢方では「発表剤はっぴょうざい」と呼ばれる腫れを取る薬や、「清熱剤せいねつざい」と呼ばれる炎症を抑える薬を使用します。そうすることで炎症の勢いを終息させ、血流を平常状態へと戻そうとする体の反応を引き出していきます。

代表的な薬物としては、発表剤では麻黄・甘草が含まれる葛根湯かっこんとう麻黄湯まおうとうがあげられます。また清熱剤では石膏や黄芩・山梔子などが含まれる辛夷清肺湯しんいせいはいとうがあります。葛根湯や麻黄湯は鼻炎の急性期にしばしば使用する機会があり、そして辛夷清肺湯は副鼻腔炎において有名な処方です。

ただし、これらの方剤は慢性上咽頭炎では単独で使用する機会がそれほどありません。慢性上咽頭炎はどちらかと言えば次に述べる炎症像を呈していることが多いからです。

急性期が過ぎて炎症が落ち着いてくると、体は起こしていた充血やうっ血を解除させ、血流をもとに戻すことで炎症によって傷ついた組織の回復を図ろうとします。この時何らかの理由で血流がもとに戻らないと、いつまでたっても患部に「敏感さ」が残り、炎症を生じやすい状態を残してしまうことになります

この状況であれば、より積極的に血流を促す薬を用いることで患部の修復を促さなければなりません。そうすることで体がやろうとしている組織の修復を助け、患部の敏感さを完全にもとに戻すように仕向けていくのです。

慢性上咽頭では、こちらの状況に陥っている人の方が圧倒的に多いという印象があります。単に炎症を鎮めるための清熱剤や、強引に炎症を鎮めようとする発表剤ではなかなか効果を発揮しません。弱い炎症が終息しない理由、そして血流がもとに戻らない理由を東洋医学的に見極めることが非常に大切で、私の経験としては痰飲たんいん」と呼ばれる病態への治療や、よう」と呼ばれる病態の治療、そして時に活血かっけつ」と呼ばれる手法が大切であると考えています。

このように、漢方薬は炎症に対して体が何を行おうとしているのかを見極めて薬方を選択しなければなりません。そしてその薬能は、体が行おうとしている反応を助けているに過ぎません。すなわち敏感さのない完治した状態へは、もともとの体がすでに向かおうとしているのです。だからこそ、それに同調し助ける形で薬能を発揮する漢方薬には、上咽頭炎を完治へと導く薬能が内包されているわけです

2、漢方治療の有効性:鼻腔・副鼻腔・上咽頭と連続した炎症を鎮める薬能

さらに漢方薬は、上咽頭だけに効果を発揮するのではなく、より広い範囲の炎症に対して同時に効果を発揮することができます。むしろ、そうしないと効果を発揮できない、上咽頭にだけ効果を発揮することの方が難しいという特徴があります。

漢方治療を行う際には、鼻腔や副鼻腔・咽頭・喉頭などのより広い範囲の状態を把握しなければ、的確な薬方を選択することが出来ません。例えば、漢方の視点で見た場合、上咽頭の炎症は周囲のどの部分に炎症が併存しているかで、生じている炎症の質が異なってきます

もし上咽頭炎だけでなく「鼻炎」を併発し、水のような鼻水やくしゃみを起こしやすいのであれば、上咽頭に起こる炎症は「痰飲」や「湿証」と呼ばれる質の炎症が生じやすくなります。一方もし「副鼻腔炎」を併発し、痰が粘稠で後鼻漏を併発していれば、上咽頭に起こる炎症は痰飲や湿以外にも、「瘍」と呼ばれる化膿性炎症が介在してきやすくなります。

例えば鼻炎の傾向があれば、痰飲を除くための「温薬」である桂枝や生姜、紫蘇葉などを重用しなければなりません。一方、副鼻腔炎の傾向があり、粘稠な後鼻漏などが多く出る方であれば、瘍治療を基本として柴胡剤や解毒剤、排膿剤などを使用していくことを考えます。ちなみにこれらは完全に区別できるものではなく、炎症の質が重なっている場合も多く存在します。したがって何をどのような配剤で組み立てていくのか、その辺りの正確さも治療には求められてきます。

このように漢方では、上咽頭以外に派生している炎症の質を把握することで使うべき薬が異なってきますそのため結果的に上咽頭の炎症を取るだけではなく、その他周辺の炎症に対しても影響を及ぼす治療となるわけです

漢方治療の可能性とその意義

漢方薬は体の活動に同調し、それを実現する方向へと向かわせることで効果を発揮するということ。そして上咽頭のみならず、鼻腔や副鼻腔といった周辺組織に対しても効果を発揮するということ。これらの薬能を持つからこそ、漢方薬は上咽頭炎に対して効果を発揮し得るのだと考えられます。上咽頭炎に使う漢方薬がネットや本などに沢山乗っていますが、総じていえば、漢方薬の効果はこの2点に帰結することができます。

私見ではBスポット治療と漢方治療とは、非常に相性の良い治療だと感じていますかたや直接的に上咽頭の炎症を抑えて血流を促す治療、片や上咽頭の周囲にまで配慮し体が行おうとしている治癒反応を助ける治療。治療意図としてもこれらは相反するものでは決してなく、相互に補い合う治療であることは明らかです。

漢方治療を行うことで上咽頭に起こる炎症に対してより広く、総合的に対応することができます。したがって、もしBスポット治療によって改善しなかった方であっても、あきらめることなくぜひ漢方専門の医療機関にご相談ください。



■病名別解説:「アレルギー性鼻炎・血管運動性鼻炎
■病名別解説:「副鼻腔炎・蓄膿症・後鼻漏

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