□月経前症候群(PMS)
~基礎だけでは通用しない・漢方独自の見立て~
<目次>
PMS治療の実際
■子宮を東洋医学的に捉える
■広く観ることで把握できる子宮部への治療
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しばしば漢方治療が選択されている月経前症候群(PMS)。
ピルにも負けない効果を発揮することがある一方で、あまり効かないという意見もしばしば耳にします。
前回のコラムでは、現在行われている月経前症候群(PMS)治療における問題点を二つ、あげてみました。
「気血水」の分類だけで処方を選択するやり方、そして「証」を探すことで処方を決定しようとするやり方。
これらの手法には大きな穴があります。漢方薬が効かないケースでは、これらの手法に頼りきってしまうことが大きな要因になっていると考えられます。
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そこで今回は、実際にどのように考えていくことが正しいのか、その一端を説明していきたいと思います。
漢方治療はどうしても先生方によってやり方が変わってくる、正解が異なるという宿命があります。
そのためここで述べることが、決して全てではありません。
あくまで私自身の考えだと思ってください。臨床という現実に対応する上で、「気血水」や「証」といった基礎概念からどう脱却したら良いのか、その一例としてお読みいただければ幸いです。
〇前回のコラム
→□月経前症候群(PMS) ~なぜ効かないのか・現行の漢方治療とその問題点~
PMS治療の実際
■子宮を東洋医学的に捉える
漢方では古くから、子宮という臓器を人体の要所として捉えてきた歴史があります。
古くは子宮のことを血室といいました。
諸説あります。膣を指すという考え方や、子宮と膣・卵管卵巣まで包括するという説もあります。
現在の子宮と古典の血室とが全く同じではない可能性はあるものの、その内容を見ると非常に近しいものであったことが伺えます。
子を作る場所、月経血をためる場所という認識。ただし東洋医学では、この部をそれだけのものとして捉えてはいません。
古典を紐解くと、血室は時に精神活動に影響を与えることが示唆されています。また感染症において発熱を解除する要所としても捉えられています。
すなわち今でいうところの子宮が持つ機能だけではなく、より広い機能を古人はこの部に見て取っています。そして、心身ともに及ぶ症状を、子宮たる血室にアプローチすることで解除する治療が研究されてきました。
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そうやって編み出された治療方法の一つが「下法」です。
下法とは大黄を使って大便を出させることで、子宮の状態を改善しようとする試みです。
大黄という生薬は大腸を刺激することで便を排出させる薬能を持ちます。子宮の状態を改善するために、別の臓器である大腸を刺激して治そうとしている点に、古人の独特な発想が見て取れます。
すなわち、そもそも漢方では子宮を単に子宮だけを見て治療してはいません。大腸や膀胱といった子宮周辺の臓器、つまり骨盤内の臓器が相互に関連して活動していることに着眼しています。
例えば月経が来ると便が出しやすくなる、軟便になるという方は多いと思います。子宮の血流と大腸平滑筋活動が相互に関連している証拠です。このような現象を観察することで、古人が「下法」を編み出したと考えることは、想像に難くありません。
また骨盤内は、人体の上下の血流をつなぐ要でもあります。したがってこの部の不調和が全身の血流に影響を与えることも容易に想像することができます。
子宮の状態を子宮だけでは考えていないという視点。この発想が、東洋医学における婦人科治療の原始的な視点であり・かつ根本的な解釈になっていると考えられます。
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そもそも漢方では、互いに活動が関連するであろう部位をひっくるめて治療することを良く行います。
個々の臓器に着目しつつも、より広い範囲で治療を行う必要性を古くから説いています。
そのため病態を把握する際、漢方では各臓器を個別で捉えず、より広い範囲を包括して呼称することがあります。
例えば肺や心臓・食道を「胸中」と呼び、また胃のあたりを「心下」と呼びます。また腸周辺を「腹中」と呼び、さらに子宮や大腸・膀胱などの下腹部を「少腹」と呼んで病態を把握します。
つまり全体を広く捉えることで、近しい臓器の関連の中から治療方法を導きだすという試みです。一見、大まか過ぎて曖昧に見える手法ですが、あえて広く見る。そのおかげで、消化管活動の是正をもって子宮を治療するという「下法」が自然と生まれてきたわけです。
■広く観ることで把握できる子宮部への治療
さて、話を月経前症候群(PMS)に戻します。
現在、月経前症候群は女性ホルモンの乱れから発生する病だと考えられています。
卵巣から分泌されるエストロゲンやプロゲステロン、その分泌の低下が関与していると示唆されています。
ただし、そもそもホルモンとは血流に乗って運ばれて初めて機能を果たす物質です。
つまり分泌が正常に行われていたとしても、もし子宮周りの血流が悪ければホルモンは正常に働くことができません。
PMSにおける漢方治療では、この子宮部の血流をいかに改善していくのかが大切な着眼点の一つです。
しかも単に子宮という部位に縛られず、より広く臓器同士の関連を観ることでこれを把握します。
子宮・大腸・膀胱を包括した少腹の状態や、その上の腹中、さらにその上の心下・胸中の状態に至るまで。
子宮の血流は子宮だけで完結しているわけではありません。子宮に囚われず全体を把握するという手法をもって、子宮部の血流を改善していくことが大切になります。
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例えば漢方では胃薬をもって月経困難症を改善したり、腸の薬をもってホルモンバランスを整えるということがしばしば行われます。
吐き気を改善する呉茱萸湯や腸を改善する大建中湯で月経痛が改善したり、六君子湯という胃薬を上手に使うことでPMSが改善してくるということも良く起こることです。
PMSに効くとされる有名処方や、PMSに保険適用のある漢方薬をいくら使っていても効果がない場合の理由は、ひとえに東洋医学的な見立てができているかどうかという点に帰結します。
古人が人体をどのように見立てていたのか。そのあたりをもう一度捉え直すことから始めなければなりません。
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漢方は「木を見て森を観る医学」だと言われています。
花輪壽彦先生がおっしゃるこの格言は、正しくその通りです。
ただし、森を観るとはただ単に全体を無目的に観ることではありません。
東洋医学的に人体の関連をどう捉えるのか、そのメカニズムを把握していないと、森を観ることは決してできません。
PMSなどの女性にまつわる病の多くは、単に証を追いかけたり気血水の概念でパズルのように解釈するだけでは治療が難しいという現実があります。
人体の機能を、東洋医学的な解釈をもって正しく理解する術を持つこと。
現実的に病を治されている先生方には、必ずと言ってよいほどこの術があります。
誰しもが知り得る漢方の基礎的解釈から頭一つ抜けた、独自の考え方を持たれているものです。
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■病名別解説:「月経前緊張症(PMS)」