◆漢方治療概略:「動悸」・前編
<目次>
黄連剤を使ってみる
■三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
■半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
附)動悸と胃腸
柴胡剤を使ってみる
■加味逍遙散(かみしょうようさん)
■柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
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<まえがき>
昨今、漢方薬はとても身近な薬になりました。
多くのCMが流れていますし、ドラッグストアにはたくさんの漢方薬が販売されています。このような市販薬は簡単に手にとって選べるという意味でとても便利です。しかし「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。
そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略(細部を省いたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。
概略はあくまで概略。臨床では確実にその応用が求められます。ただし基本的手法でズバリと治せる方も多く、そういう意味では体調不良でお困りの方にはぜひ読んでいただきたい内容かと。
ただ「何を言っているのか良くわからないぞ」とか、「やってみたけど全然だめ」という方がいらっしゃいましたらその時はぜひ漢方専門の医療機関に足をお運びください。
この場で伝えたいことは山ほどありますが、とてもじゃないけれど伝えきれません。実際におかかりになれば基本どころではない、各先生方が提供される漢方の神髄を体感できるはずです。
「動悸」の漢方治療概略・前編
緊張すると動悸する、家でリラックスしている時に動悸で胸があおられる。動悸は生活の中でありふれた症状ではありますが、それが日常的に続くとなると非常に気になるものです。心臓がどうかしてしまったのではないかと恐怖心にかられる方も多く、当薬局でもご相談の多い症状の一つです。
ただし動悸は漢方薬によって治りやすい症状です。私見では漢方治療を行う上での基礎的症状だといっても過言ではありません。
その分たくさんの適応処方があるため、どう選んだら良いのかわからないと思います。そこでごくごく簡単に、動悸治療の指針を解説していきたいと思います。
失敗の少ない優しい処方を選んでおきましたので、ぜひ参考にしてみてください。
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動悸治療の指針をものすごく簡単に言えば、「いかにして興奮を落ち着かせるか」に尽きます。
人は激しく怒ると動悸します。また全力疾走した時にも動悸します。怖がった時にも動悸しますし、驚いた時にも動悸します。「興奮」した時に動悸するわけですから、とにかくどう興奮を落ち着かせるかを考えます。そして動悸を起こす興奮では、2つの状況を想定することが基本です。
一つは「興奮を冷ましてあげるべき状況」です。そしてもう一つは「がんばって興奮し過ぎないよう、体を助けてあげるべき状況」です。おおよそこの2つが基本です。そして、そこから様々な弁別を行い、適応方剤を見つけ出していきます。
このうち「興奮を冷ましてあげるべき状況」に対して頻用されるのが「黄連剤」です。
黄連剤を使ってみる
身体が強い興奮状態に陥っているケースでしばしば用いれらえる生薬が「黄連」です。火を鎮めるという着想で用いられるこの生薬は、イライラなどの精神症状や皮膚の炎症に対して良く用いられます。
そして動悸に対しても無くてはならない生薬の一つです。特にこの黄連の薬能を主として発現する処方群を「黄連剤」と呼びます。
■三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)
強い興奮状態を一時的に冷ます際にしばしば用いられます。「心火」と呼ばれる興奮性の強い動悸を冷ますという目的をもった処方です。
例えば頑丈な体つきをした人で、声が大きくて行動にも勢いがある。さらにイライラしてすぐに怒りそうな感じ。もしそういう方が「動悸」で悩まれていたら、漢方家は真っ先に「心火」を想定します。
「三黄瀉心湯」は黄連・黄芩・大黄という3つの生薬から成る非常にシンプルな処方です。そして的中すると迅速に効果を発揮します。すっと興奮が治まる感覚で、まるで体の中に清流が流れる落ちるようです。本来は吐血や鼻血などの止血剤として作られた方剤ですが、今では動悸や頭痛、イライラや不眠などに用いられることが多くなっています。
大黄は下剤としての効果があります。なので便秘傾向がある方には特に良いと思います。しかし少しくらい下痢していても、体力がありそうなら断じてこの薬を使います。もうちょっとくらい下痢させた方が頭が冷めるだろう、それくらいの胆力をもって漢方家はこの薬を選びます。
大工の棟梁、会社の重役、恰幅の良いバイトの先輩や、エネルギッシュな旦那さま。お近くにイライラと動悸で困っている方がいたら三黄瀉心湯をそっと渡してあげてください。比較的使いやすい方剤だと思います。ただし、ものすごく苦い薬です。
■半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)
「心火」は「胃腸機能の弱り」と関連して発生することがあります。
二日酔いをした朝、胃がもたれて下痢し、体に熱がこもったように不快で少し動いただけでドキドキばくばくと心臓があおられるということ、経験されたことのある方もいらっしゃるかと思います。
こういう場合によく用いられる処方が「半夏瀉心湯」です。「心火」を瀉す黄連剤でありながらも、胃もたれや吐き気などの胃腸機能を正すということを全面に打ち出した方意を内包しています。
食べ過ぎるとすぐに胃もたれし、イライラや不安があって動悸しやすいという方であれば試してみる価値はあると思います。効くときは比較的高い即効性を発揮します。お酒飲みで動悸し、胃腸を壊しやすいという方であれば、常備しておくと重宝すると思います。
附)動悸と胃腸
ちょっと余談です。
動悸と聞いたら心下(胃)をたずねる。東洋医学では動悸と胃腸との関連性に古くから着目してきました。
腹いっぱいに食べたあとすぐ、猛烈にダッシュするとどうなりますか?。いつもよりもドキドキ・バクバク、心臓に負担がかかると思います。
人によっては気持ちが悪くなって吐くかもしれません。人は「胃腸が動かなければいけない状況」においては、「うまく興奮へと移行できない」もしくは「興奮をおさめることができない」という傾向が発生してきます。
特に胃腸が弱く、消化に時間がかかる方ではその傾向が強まります。胃腸を長い時間動かさなければならない分、いざ興奮しようとした時に人一倍がんばって心臓を活動させなければなりません。「スムーズに興奮できなくなる」という状態、すなわち少し興奮へと向かおうとしただけで、人一倍「興奮」が強まってしまうという印象です。
また食べ過ぎなどにより胃腸が常に疲れている方では、体がリラックスできなくなります。すると興奮をおさめることができず、いつまでも心臓の鼓動が続きやすくなってしまいます。このような理由で、胃腸の活動に問題がある方では「興奮」が生じやすくなります。そのため、毎日の食事を見直すだけで、継続する動悸がおさまるということも少なくはありません。
柴胡剤をつかってみる
イライラしているという時によく柴胡剤が使われます。「心火」とはまた異なるイライラで、どちらかといえば興奮よりも刺激に敏感といった「緊張」を呈している方に用いられる傾向があります。
月経前にイライラして動悸するだとか、緊張する場面で胃痛が起こると同時に動悸するとか、そういった緊張性の高さを目標に用いられます。「肝」が乱れている時に使うという説明が良くされていますが、分かりづらいのでここでは無視します。
「我慢しつつも攻撃性が飛び出てしまう」、柴胡を使う時のイライラにはそんな印象があります。噴火するように怒るでもなく、じわじわと湧き出るようにイライラするわけでもなく。どちらかと言えば「鋭いイライラ」という感じです。感覚的な説明になってしまいますが、単にイライラといってもいくつかの種類があるのです。
緊張感を伴う比較的強い興奮に使う処方群ですが、「興奮を冷ます」というよりは、その根っこにある「硬さを取る」という薬能を発揮します。もっとも有名な処方は、おそらく「加味逍遙散」です。
■加味逍遙散(かみしょうようさん)
月経前のイライラ、つまりPMS(月経前症候群)やPMDD(月経前不快気分障害)に頻繁に用いられる漢方薬です。婦人科で頻用される処方の一つで、なんといっても月経前にイライラするという症状に対して効果を発揮しやすいという特徴があります。
ただ全ての月経前イライラに効くわけではありません。この処方が効く体質というものがあり、それを見極められるかどうかが非常に大切になります。どちらかと言えば顔を赤くして怒るタイプの方で、月経前にニキビなどの肌荒れが起きやすいという特徴があります。また比較的痩身の方に多く、月経前に大食する割には胃もたれしやすいなどの胃腸の弱さも介在している方が多いという印象です。
動悸に対して使うには少しコツが必要です。そのうちの一つが黄連を少しだけ混ぜるという手法です。「黄連解毒湯」を少しだけ混ぜると良い時があります。ニキビが引きやすくなったり、月経前に寝つきが悪くなるという方にもお勧めできるやり方です。
■柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
柴胡桂枝湯は胃腸薬です。先ほど述べたように、胃腸の弱い方では動悸が起こりやすくなります。
ストレスで胃が痛くなりやすい、もともと過敏性腸症候群があり緊張すると腹痛・下痢が起こりやすいという方。そういう方が緊張によって動悸するならば、この処方を一度お試しいただくことをお勧めいたします。
やはり使用にコツがあります。胃痛ならばそのままで、腹痛と下痢や便秘などの便通異常があるなら「桂枝加芍薬湯」を合わせると良いと思います。
総じて胃腸薬で動悸を取る場合には、動悸はいったん無視し、とにかく胃腸をちゃんと改善するということが大切です。胃腸症状が緩和されれば自ずと動悸は無くなります。そういう治し方こそが、漢方治療らしさ、なのです。
柴胡剤には他にもたくさんあります。「大柴胡湯」や「四逆散」など、多くの処方を使い分ける必要があります。その辺りはちょっと簡単に説明することが難しいです。上記2処方で無理ならば、やはり漢方専門の医療機関におかかりになるべきだと思います。
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後編へ続く・・・◆漢方治療概略:「動悸」・後編
■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈」