○漢方治療の実際 〜気や血・漢方特有の言葉に隠された落とし穴〜

■気や血・東洋医学特有の用語に隠された「落とし穴」

東洋医学ではそれを説明する際に独特な用語が使われます。「気」や「血」、「陰・陽」といった用語は、漢方薬をお調べになる際に必ず目にする言葉ではないでしょうか。

実際にこれらの概念は漢方治療を行う上で非常に大切な用語です。東洋医学は未だ完全に知り得ることのできない人体に対して、それをイメージで補うという手法をとってきました。長期的な歴史の中で培われた東洋医学は、正確なイメージの集積とも言えるこれらの概念を駆使することによって人体を理解し、病を治癒へと導いてきました。

ただし、だからこそ漢方治療を理解しようとする際に陥りやすい落とし穴があります。これらの用語を理解した気になってしまうことです。

現在多くの解説書やネットの情報にて、非常にわかりやすく漢方が解説されています。患者さまにも理解しやすいという点で、これらは有意義なものであることは確かです。

しかし東洋医学にて使用されるこれらの用語は、本来わかりにくいものです。漢方に精通した先生であったとしても、何年にもわたって考察を深めなかれば理解することが出来ません。簡単に理解させてくれる文章は、そういう気にさせてくれる文章であり、その理解のまま漢方薬を選択しようとすると、効果が無いばかりでなく副作用を起こすことさえあります。

■言葉の定義を誤解したまま臨床に臨むことの危険性

東洋医学的用語に隠された落とし穴の一例を紹介してみましょう。

例えば「血」とは何かと調べると、おおよそ今でいうところの「血液」であり、気とともに巡って身体に「栄養」を与えるものと記載されています。であるならば、貧血は血虚です。したがって貧血の方には補血剤と呼ばれる四物湯(しもつとう)やその加減が必要になります。

しかしこれは臨床的に大きな間違いです。確かに貧血の方で四物湯を必要とするケースはあるでしょう。ただし西洋医学的にいう所の貧血の方が四物湯を服用すると、多くのケースで体調が悪くなります。胃もたれや下痢を起こしたり、時に貧血自体を悪化させることさえあります。ということは、「血」はおおよそ今でいうところの「血液」という解釈は、非常に危険を帯びた定義だと言わざるを得ません。

そしてよくよく調べると「貧血」ならば血だけでなく「気」も不足しているという解説が本やネットに載っています。そこで「気」とは何かと調べると、人体を動かすための「エネルギー」であるとか、物質に対する「機能」であると記載されています。

なるほど、私は貧血であると同時に体が非常に疲れやすい。つまり血だけでなく気も不足しているんだ。わかった四物湯だけではだめだ、補気するんだ。十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)だ、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)だ、いやいや四君子湯(しくんしとう)だ、となります。残念ながら、この解釈も臨床的には危険をはらんでいます。補気剤で元気になる貧血の方は確かにいます。しかし西洋医学的治療で良くならず、明らかにガクッと活力を失ってしまったような方では、補気剤では効果を発揮することができません。このような方に濃い補気薬を使うと、浮腫みが強く起こったり胃腸を傷つけることさえあります。「気」をエネルギーと解釈すること自体が、やはり臨床的には間違いだと言わざるを得ません。

※十全大補湯:四物湯に補気剤・四君子湯を加えた構成を持つ「気血両虚」に適応する方剤。
※補中益気湯:十全大補湯よりも補気に重点が置かれた方剤。
※四君子湯:補気剤の主方。

■なぜ誤解を生むような説明になってしまうのか

私自身も始めは本で勉強しました。そこからどんどん勉強を進め、よし分かった、患者さんにお出ししてみよう!と意気込んで使い、失敗するということを多く経験しました。解説書に書いてあることは嘘じゃないか!と何回も思ったものです。それでも私の読み方が悪い、本に書いてあることの真意が理解できていないと、やはり本を読んで勉強しました。

今ならはっきりと言えますが、本当の回答は解説書には乗っていません。自分で見つけていくしかないのです。良くも悪くも東洋医学とはそういうもので、これは解説書が悪いというわけではありません。東洋医学における用語の定義を正確に解説することが非常に難しいということ、そしてそれでも分かりやすく書かなければ分かってもらえないということ、そういう背景と配慮とがあってこのような誤解を招く定義にならざるを得ないのです。

しかし解説書の多くが何故か同じ定義を使っています。「気」ならばエネルギー、「血」ならば血液と大同小異で身体に栄養を与えるもの。表現の違いこそあれ、何故か足並みそろえてこう解説しているのです。臨床的に間違いを起こしかねないこれらの定義が、なぜこのように汎用されているのでしょうか?

■ネットや本、現在私たちが目にしている解説の本来の目的

これには理由があります。東洋医学が歴史的にどのように解説されてきたのかを見ると一目瞭然なのです。

日本や中国における遥か昔の医学は、東洋医学が全てでした。その後、西洋医学がアジアに入ってくるようになると、今まで東洋医学を行っていた医療人たちはその合理性に大変驚きました。こぞって西洋医学を勉強するようになり、日本においては国の医学として西洋医学を採用するようになります。この時憂いたのが東洋医学を脈々と継承してきた医療人たちです。この国に東洋医学を残していかなければいけない、その志を全うするためには、西洋医学にはない東洋医学の良さを皆に広める必要がありました。

西洋医学者たちに対して、東洋医学を分かりやすく説明する、東洋医学の歴史にはそのような目的で理論を構築していた時代があったのです。伝えるべき相手は東洋医学を知らない方たちです。したがって長年の研鑽を積むことで初めて理解し得る東洋医学の本質はひとまず置いといて、とにかく分かりやすく、合理的に説明するための理論が構築されました。この活動は日本と中国のどちらにおいても起こります。日本においては温知会を中心とした昭和の大家たちがそれを行い、中国においては現代中医学という形でそれを完成させます。

今現在、私たちが触れている東洋医学は、ほとんどがこの時代に作られたものです。理解しやすく覚えやすい、しかしそこを重視するあまり本質が隠れてしまっている東洋医学です。近年漢方薬が多くの医療機関で使用されるようになってきました。しかし解説書が豊富で、さらに分かった気にさせてもらえる分、もしかしたら昔よりも東洋医学のレベルは低くなってしまっているのかも知れません。今私たちの前に見えやすいものだけが東洋医学だと解釈していること、そこにこそ一番大きな落とし穴があるのではないでしょうか。




「漢方治療の実際」
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