十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)・前編
<目次>
十全大補湯の基本的解釈
■気血を補う薬
■漢方薬の濃淡
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補剤の名方、十全大補湯。
初学の頃、処方内容を一番最初に覚えたのがこの薬でした。
構成されている10個の生薬には、それぞれに分かりやすい意味があります。
そういう意味で、本方は漢方の初学者にとって大変理解しやすい処方です。
また基本処方であるが故に医療機関でも使用されやすく、特に疲労倦怠感などを伴う慢性疾患にしばしば用いられます。
疲労回復・免疫力回復の薬として、補中益気湯と肩を並べる名方の一つです。
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私も今まで沢山使ってきました。そして今ではこの薬に、初めの頃とは少し違うイメージを持つようになりました。
というのもどんな薬でもそうですが、使っていくうちに初めの頃には知り得なかった使い方のコツのようなものが見えてきます。
そして基本とはまた別の、一歩進んだ解釈ができるようになってくるものです。
そこで今回は、十全大補湯の基本を解説しつつ、さらに一歩進んだ解釈まで説明していきたいと思います。
浅い所から深い所へ。漢方処方の理解の深め方を、一つの例としてご紹介いたします。
十全大補湯の基本的解釈
先でお話したように、十全大補湯は理解しやすい処方です。
この処方には「原型」があります。そしてその原型を理解することで、パズルのように薬能を知ることができます。
まず十全大補湯は「八陳湯」という処方を原型にしています。さらに「八陳湯」は「四君子湯」と「四物湯」という薬を原型にしています。
つまり十全大補湯も、四君子湯と四物湯とが原型になっています。
したがって十全大補湯を知るためには、最初に四君子湯と四物湯とを理解する必要があります。
■気血を補う薬
四君子湯も四物湯も漢方の基本処方です。
内容は非常にシンプルです。名称に冠されているように、両者ともに4つの生薬が骨格になっています。
そして四君子湯は「気」を補う補気剤の基本であり、四物湯は「血」を補う補血剤の基本です。
つまり十全大補湯は、身体の気と血との両方を補う薬です。すなわち気血双補剤。そう捉えることが、先ずは本方の基本になります。
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ただし、漢方でいう気血とはあくまで概念です。
実際に体に気血がある、というよりは、体の中に起こっている何らかの現象を気や血という概念で表現しています。
例えば「気」は身体のエネルギーだと説明されています。不足すれば疲れやすくなり、元気がなくなるエネルギーだと。
そして「血」は身体をめぐる赤い液体。ただし血液と同じではなく、体に栄養と潤いとを与えるもの。気に比べればより物質的・実質的な栄養源、と説明されています。
さてこの解釈ですが、理解できるでしょうか。
分かった気にはなれると思います。しかし、本当に臨床で使える情報になっているでしょうか。
例えば気血を補う十全大補湯は、元気がなく、潤いがなく、枯燥して削げ落ちたような印象をもつ方に効くような印象は持てます。
しかし、何となくそういう方に使ったところで効いてくれません。効かないだけでなく、むしろ胃もたれや湿疹などを起こして体調を悪化させてしまうことさえあります。
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気血双補という薬能を否定するつもりはありません。
問題は、気血が「概念」だということです。あくまでその方のイメージ次第で、いくらでも変わってしまいます。
漢方の基礎知識では、しばしば現実性よりも分かりやすさが優先されます。
十全大補湯はその構成から薬能を分かりやすく説明できる処方、だからこそ現実的な使い方が分かりにくい処方でもあるのです。
気血を補う薬とは、具体的にどう考えれば良いのか。
例えば他の補剤である補中益気湯とはどう使い分ければ良いのか。
気や血の概念を説明されても、そういう具体的なことが概念であるが故に分かりにくい。
そのため十全大補湯を理解するためには、補気剤や補血剤を現実的に捉え直す必要があります。
■漢方薬の濃淡
おおよそ漢方というものは、難しく考えるほど分かりにくくなる医学です。
なるべくシンプルに考える。
そうすると、補気・補血は「濃淡」だと考えると分かりやすくなります。
漢方薬にはその特徴を図るさまざまな尺度があります。
補瀉や寒温などが有名です。例えば補う薬は補剤、温める薬は温薬と言われます。
そしてあまり言われてない尺度に「濃淡」があります。
濃淡とは「薬の濃さ」であり、分かりやすく言えばその薬が薄味のスープなのか、濃い味のスープなのかの違いです。
単なる濃さ薄さと思うかもしれません。しかしこの尺度は、臨床上大変重要かつ運用上の大きなポイントになります。
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そもそも漢方薬は内服薬であり、胃腸(消化管)を通じて体に吸収されることで薬能を発揮します。
その際、体にちゃんと滲み込むようにするためには、薬の濃淡をその人が求めているものに合わせる必要があります。
例えば、体が丈夫な人であれば、濃いスープの方がちゃんと深く体に滲み込んでくれます。薄いスープでは味気がしないというか、サラリとし過ぎていて体にちゃんと反応してくれません。
一方、体が弱々しく胃腸も弱い人であれば、濃い味のスープは逆に胃腸に負担をかけます。むしろ薄くサラリとした出し汁のようなスープの方が、自然と優しく体に滲み込みやすく、故に効きやすくなります。
このように漢方薬をちゃんと効かせるためには、どの程度の濃淡で吸収できるのかを見極めることが大切です。
その人が飲みやすい濃さにする。その人が求めている濃淡を作る。
些細で軽視されがちなことですが、決して馬鹿にすることはできません。これが出来ていないと、いくら補瀉や寒温を正しく選んだとしても、そもそも薬がちゃんと効いてくれません。
そしてそれぞれの処方には濃く重い、薄く淡いといった「濃淡」の特徴があります。
このうち多くの補気剤は比較的薄く軽い薬に属し、逆に補血剤は重く濃い薬に属しています。
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すなわち十全大補湯は、薄味の四君子湯と、濃い味の四物湯との両者を含む薬です。
この「濃淡」の組み合わせが、本方最大の特徴といっても過言ではありません。
本方の本質はその「濃淡」の調節にあります。補気剤の薄さが物足りないという場合に、補血剤でその濃さを増した薬であるということ。
例えば体力が消耗して疲れているにもかかわらず、未だに食欲はあり胃腸機能はそこまで落ちていない。そういう方であれば、四君子湯のような薄味のスープだけでなく、そこにちょっとした濃さを足したくなります。
そこで四君子湯に四物湯を調節しながら加える。そうやってその人に合わせた濃淡を作り出す。その目的で作った処方が十全大補湯。そう考えた方が臨床上の使い所が分かりやすくなります。
要するに、体力の回復に補気剤だけでは薄いなという場合に、より濃く調節された十全大補湯使ってみるというニュアンスです。
目くじらを立てて気虚や血虚を見極めなくても良いと思います。少し濃くしてあげた方が効きそうだな、このくらいの感覚で使ってみると、不思議と効果を発揮しやすい処方です。
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では以上のことを踏まえて、補気剤の代表である補中益気湯との使い分けを見ていきましょう。
漢方薬には濃淡があるということ。そして、その濃い薄いが薬を選ぶ判断材料の一つになるということ。
漢方薬の選択は、ある意味その方にあったスープを作れるがどうかです。それを補中益気湯との使い分けを通して説明していきたいと思います。
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後編に続く・・・
【漢方処方解説】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)・後編
■病名別解説:「更年期障害」