柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
<目次>
出典から見る柴胡桂枝湯の特徴
柴胡桂枝湯・薬能の中心
柴胡桂枝湯のお飲みになる方へ
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昨今、多くの医療機関で漢方薬が取り扱われるようになりました。
しかしその反面、医療関係者の方から漢方薬は使い方が難しいという話を良く伺います。その理由の一つに、漢方処方の独特の分かりにくさがあるようです。
例えば漢方では、一つの処方が多くの領域にまたがって、一見全く関係ないように感じられる疾患に運用されることが良くあります。
有名な葛根湯は風邪に使われる処方として有名です。しかしこの薬は、時に腰痛を改善し、時にオデキを改善し、また蓄膿症に効果を発揮することもあります。
漢方を専門とする先生方にとっては当然の事実なのですが、葛根湯という薬が分かりにくくなってしまうこともまた、当然と言えるでしょう。
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今回解説する柴胡桂枝湯もその一つです。
この処方はその薬能の奥深さから、たくさんの疾患に応用されている漢方薬です。
その分、この処方の薬能を端的に言い表すことは難しく、良方であるにも関わらず運用される機会が少ないのではないかとも感じています。
例えば柴胡桂枝湯の適応をざっとあげると以下のようになります。すべて一見脈絡がなく、適応が多方面に及んでいることがわかると思います。
○風邪
○ニキビ(尋常性ざ瘡)
○婦人科の病:PMS・無月経など
○自律神経失調症
○パニック障害
○胃腸の病:胃痛・腹痛・下痢・便秘・過敏性腸症候群など
この処方の構成は大変シンプルです。
桂枝湯という漢方の基本処方に、小柴胡湯というこれもまた基本処方を合わせただけの処方です。
それにも関わらず広い病に適応できるということが、この処方の不思議の一つです。
今回の解説ではこの処方についてやや深く掘り下げて解説していくとともに、この不思議さの秘密を紐解いていきたいと思います。
出典から見る柴胡桂枝湯の特徴
柴胡桂枝湯は、漢方の聖典『傷寒論』にて始めて世に出されました。
そして、この処方の原型となる桂枝湯と小柴胡湯も『傷寒論』を出典としています。
傷寒論の著者・張仲景は、桂枝湯と小柴胡湯とを作った時点で、すでにそれらを合わせた処方を作っていたことになります。おそらく、張仲景の理論の中に、両者を合わせるという理論が必要だったからです。それを踏まえて、まずは柴胡桂枝湯の条文を簡単に意訳してみましょう。
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『傷寒論・辯太陽病脈証并治下』
傷寒六七日、発熱、微悪寒、支節煩疼、微嘔、心下支結、外証未去者、柴胡桂枝湯主之。
【意訳】
風邪をひいて六・七日経った。それなのにまだ発熱し、微に悪寒していて、関節の節々がだるく痛んでいる。そして同時に微に吐き気があり、みぞおちが重苦しい感じがする。胃腸が調子悪くなっているのに、未だに体の外に表れている症状が治っていないなら、柴胡桂枝湯を使いなさい。
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桂枝湯は風邪の初期に使う薬として開発されました。風邪の初期に、寒気や発熱があり、関節の節々が痛むという、身体の外側に症状が出ている時期に使う薬です。
また小柴胡湯は、風邪の初期から時間を経て、体内に症状が出始めた時に使う処方です。吐き気が出たり食欲がなくなったりと、症状が消化機能の方に切り替わってきた際に用いることが指示されています。
柴胡桂枝湯は、この間を取る処方です。風邪の初期から亜急性期にかけて、すでに消化機能に影響が出ているのにも関わらず、発熱や悪寒や節々の痛みといった急性期の体外症状が未だ残っている状態。
そういう桂枝湯と小柴胡湯との間の時期に使う処方として提示されています。
これが、柴胡桂枝湯の使い方の一般論です。
■柴胡桂枝湯のニュアンス
さて、一般論はあくまで一般論。ここで、上記とは少し違う視点で、この条文を紐解いていきましょう。
もう少し条文のニュアンスを感じとることを大切にしたいと思います。著者・張仲景の気持ちになって解釈してみると、以下のように言っているようにも感じられます。
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【意訳・2】
風邪をひいて六・七日経った。それなのにまだ発熱し、寒気や関節の痛みがある。そして同時に吐き気もあり、みぞおちが重苦しい感じもする。胃腸症状がありつつも、未だに体外の症状も残っていて、外と内に症状が広く及んでいる。
しかも、それらの症状がすべて「微」である。寒気は少し感じるくらいで、吐き気もやや感じる程度。さらに節々の痛みにも激しさがない。煩わしく疼く程度の痛みである。広く及んではいるが、すべての症状がそれほど強くは出ていない。そういう場合に、柴胡桂枝湯を使いなさい。
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ちょっと寒気があり、ちょっと吐き気があり。
この「微(ちょっと)」という文字が繰り返し使われています。そこがおそらく、張仲景がこの条文の中でニュアンスとして伝えたかった部分です。
つまり、本方の要点には大きく2つの要点があります。まずは、病性が多岐に渡っているという点。そしてもう一つは、はっきりとした症状としては表れていないという点です。
つまり柴胡桂枝湯は、処方の特性として、あくまで柔らかい処方だということ。
何らかの症状に対してバチっと効果を発揮する強い薬ではなく、むしろ、穏やかに優しく、はっきりとしない症状を包括して治すために作られた処方であると考えることができます。
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本方の良さは、まさにそこにあります。
多岐に渡る症状を包括して、ゆっくりと治していく場合において、使いやすい処方だということです。
したがって明らかに合わないという場合を除いて、少し服用して効かないからすぐに変えるというやり方では、この薬の良さは表れません。むしろ、しばらく使って見てどうかというくらいに、腰を落ち着けて続けてもらうべき薬。そういう時に使用する薬として、張仲景が用意したと感じる側面があります。
実際の臨床では、病の「緩急」を見極めることが大変重要になります。
即効性をもって効く薬を使わなければならないケースがある一方で、即効性を狙うべきではない、むしろゆっくり、穏やかに治していくべき状況というものが確かに存在します。
稀代の臨床家であった張仲景ならば、そういう臨床の現実に即した薬を用意していたことは、十分に考えられます。
ただし、一部消化管の症状に対しては、比較的迅速な効果を発揮することがあります。その理由を、事項から述べていきたいと思います。
柴胡桂枝湯・薬能の中心
広く、穏やかに効果を発揮する柴胡桂枝湯。
ではなぜ、本方は多岐に渡る症状を包括して治療することが出来るのでしょうか。
桂枝湯と小柴胡湯、両者をただ合わせただけという処方ではありますが、この構成には非常に深い意味を遇しています。それが、多くの症状を包括して治し得ることへの回答の一つです。
たとえば桂枝湯と小柴胡湯を合わせると、四逆散の方意が生まれます。したがって、逍遥散や抑肝散と同じような、自律神経に対する効果も出てきます。
さらに半夏散及湯の方意を遇することにもなります。この処方は咽の痛みに対して効果的な処方で、そのため上咽頭炎や副鼻腔炎などへの効果も期待できることになり、それはそのまま風邪の予防にもつながっていきます。
ただし本方に多くの薬能が期待できる、その本質的な理由は、これとは別の所にあると私は考えています。
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この薬は、単純に考えて「胃腸薬」です。
桂枝湯は消化機能を高めることで血流を促す薬。そして小柴胡湯は、山本巌先生が指摘する通り、その構成から見て明らかに胃薬として機能しています。
そして、胃痛や胃もたれ、腹痛や食欲不振といった消化管活動の乱れを是正し得るからこそ、この薬は多くの症状を包括して治療することができるのです。
なぜならば、消化管、特に胃の部分は、全身の状態を乱し得る重要部分と、漢方では捉えられているからです。
漢方において、胃に当たるみぞおち部分は「心下」と呼ばれています。
この心下は単に胃がある所というだけでなく、身体の血流や自律神経活動の要所として漢方では捉えられています。
単純に食べ過ぎた時に人は、息苦しくなります。また心筋梗塞は、人によっては大食したあとに発症することがあります。また食べ過ぎた時に眠くなることや、遅くに食べすぎて寝付いたあとにすぐ起きてしまうこと、また胃が疲れると背中が凝り痛む方や、頭痛と胃の気持ち悪さとが関連する方など、実は胃と全身の症状とには多くの関連が見て伺えます。
そして胃の調子が良くなると、息が深く吸えるようになったり、良く眠れるようになったり、また頭痛が治ったり、肩こりが治ったりすることが良く起こるのです。つまり、柴胡桂枝湯が広く症状を包括して治すことができるのも、この心下に対する配慮が中心にあるから、と考えることができます。
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柴胡桂枝湯の条文の中にある、「心下支結」。
この言葉が、本方の適応病理のもっとも核になる部分です。
薬能の中心に、胃腸が見据えられているということです。したがって、穏やかかつマイルドに全身症状を取る薬である一方で、この胃腸に対しては比較的に迅速な効果を発揮することがあります。
『傷寒論』の姉妹書である『金匱要略』では、「心腹卒中痛」という急激な腹痛に対する効能を提示しています。これはまさにその通りで、ストレス性の胃痛や過敏性腸症候群(IBS)の腹痛に対して、即効性をもって効くことが多いものです。(ただし少し改良の余地はあります)
また本方は、小柴胡湯が胸脇苦満という脇腹にスポットが当てられていることから、柴胡桂枝湯も胸脇苦満を目標としている解説が多く見受けられます。
しかし私から言わせれば、そこには少しズレがあるように感じられるのです。柴胡桂枝湯の要所は胸脇ではなく、あくまで心下。実は小柴胡湯よりも、私には大柴胡湯に近い処方のように感じられる所があります。
柴胡桂枝湯のお飲みになる方へ
柴胡桂枝湯は、臨床家・張仲景により作られた名方です。
穏やかにやさしく、症状を取るべき状況において用意された薬であるということ。
そして、胃腸を中心に回復させることで、様々な症状を包括して治療し得るという理論が根底にあるということ。
出典・傷寒論からは、この2点が本方の特徴として明確に示唆されています。
したがって、運用の際には上記の点に気を配ることで、より的確に効かせることが出来るのではないかと感じています。
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私はこの処方を考える時、相見三郎先生という昭和の名医が頭に浮かびます。
精神科・心療内科の漢方医であった先生は、この柴胡桂枝湯の運用に非常に長けておられました。
様々な患者さまに、柴胡桂枝湯を使い続けました。そして高橋国海先生曰く、相見先生の柴胡桂枝湯は、細かな分量調整が行われていて誰一人として同じ柴胡桂枝湯を使っておられなかったそうです。
それができたのも、相見先生がこの処方の本質を知り得ていたからに他なりません。
そしておそらく、先生は患者さまのみぞおちと腹直筋とに重く目標を定めていたのではないかと想像します。
胃腸の反応をみて、体を知ろうとした。
そして、ひとたび配慮の行き届いた柴胡桂枝湯で胃腸に響かせることが出来たならば、その後はゆっくりと穏やかに、患者さまに安心感をもって服用を続けてもらっていたのだと思います。
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もし柴胡桂枝湯を飲んで、胃腸が少しでも楽になったと感じたならば、それは絶好の機会です。その時はすぐに止めず、そのまま長く継続することを強くお勧めいたします。
胃腸がすぐによくなったからといって、そのまま頓服薬として利用するというのは少しもったいないと思います。
そのまま続けていれば、胃腸の乱れからくる自律神経やホルモンバランスの乱れ、また血流の悪さや肌のトラブルなどが、広く、かつ優しく、おだやかに治っていく可能性が高いからです。
優しい薬であるという所が最大の利点です。安心して長く続けていただき、体質を改善する漢方の魔法を体感していただけたらと思います。
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