漢方治療の経験談「めまい治療」を通して

2025年03月26日

漢方坂本コラム

漢方治療において、めまいは比較的ありふれた症状です。

古くは「目眩(もくげん)」と称され、すでに約2000年前の書物にその治療方法が記されています。

そして今でも、ネットで「めまい・漢方」と調べればいくらでも解説が出てきます。

そのためか、当薬局でも慢性化してなかなか治らないという方からしばしばご相談を受けます。

めまいに効く漢方薬は沢山あります。

苓桂朮甘湯・沢瀉湯・当帰芍薬散・半夏白朮天麻湯・真武湯などなど。

保険適用になっているものも多く、市販薬にもそれなりに種類があります。

そのためか漢方を勉強し始めた初学者にとって、

めまいはその腕を試すのに良い病だと、前にどこかの先生が言っていた記憶があります。

確かに腕試ししやすい病だと言えなくもありませんが、

ちゃんと治そうと思うと、腕試しの病などと軽く言ってはいられない難しさがあります。

私からすればめまいは腕試しに良い病というよりも、

治療者の実力が試される病、という印象があります。

例えば苓桂朮甘湯は、確かに良く効きます。

さらに沢瀉湯も良く効きます。

そして沢瀉湯を内包する当帰芍薬散も、同様に効く薬です。

ただしこれらの薬で治るめまいなら、何の問題もないのです。

問題は、これらの薬では治せないめまいが沢山あるということです。

漢方治療を長く続けていけば、そういうめまいがあることに自ずと気が付きます。

そしてそこからが、治療者それぞれの腕の見せ所です。

基本処方で効かないめまいにどう対応していくのか、

そこからの領域は、もう初学者の腕試しではありません。

基礎を学んだその上で、自分の経験と造詣とが試される。

つまり水毒(痰濁)とか気血両虚とか肝陽上亢とか、

そういう漢方の基礎的病態解釈が通用しないめまいへの治療方針が組み立てられるかどうか、

そこが勝負になります。

例えば、

私の経験上、基礎が通用しないめまいの一つに、

体が細く、胃腸機能も弱く、身も心も繊細という方でかつ、

生活に支障をきたすほどの強いめまいを断続的に起こし、それを長年患っているケースがあります。

この場合、おそらく苓桂朮甘湯も沢瀉湯もあまり効きません。

この状態を聞いてパッと思いつくのは半夏白朮天麻湯あたりかも知れません。

確かにそれが基本ではあります。しかし半白天でもあまり効いてくれません。

半夏白朮天麻湯は的が狭いのです。虚弱な人に使うめまいの薬ではありますが、ごく一部の人にしか効かない、という印象があります。

そこで桂枝加竜骨牡蛎湯にしてみたり、病院であれば真武湯を出してみたり、

補中益気湯を使ってみたり、はたまた十全大補湯にしてみたり、

そうやって体の弱い人に使う薬を、端から試すように使ってみた結果、

それでも治らない、という方がこのケースに多いのです。

治療する側が八方塞がりになってしまう状態。

手の施しようが無くなるのは、患者さんにとってかなり辛い状態だと思います。

私も今まで、どう治したら良いのか分からないめまいをたくさん経験してきました。

次の一手が見つからない。何を使っても上手くいかないという思いを何度もしてきました。

その中でやっと気が付くことが出来ました。

八方塞がりになってしまう理由、それは、その人に合う薬を見つけようとしてきたからです。

実際に必要なのは、薬である前に、治療方針です。

その人にとって必要な治療方針をまず見つける。その上で、その治療方針に合った薬を選択し、生活の見直しを図らなければなりません。

漢方治療を行っていると、どうしても薬という解答に縛られてしまいます。

飲めば症状が取れる薬、その人の体に合っている薬、そういう薬を選択することが正解だと、どうしても考えてしまいます。

その理由は「随証治療」や「弁証論治」という基礎的治療手段が、結局のところ、その人に合った薬を導くための手段だからです。

しかし当然ながら、薬には限りがあります。

いくら沢山あると言っても、使って効かなければそのうち必ず底をつきます。

だから八方塞がりになる。効くかもしれない薬を端から試していく治療は、結局のところ自分の首を締める治療になるだけだと途中から気が付いたのです。

そのためある時から、私はめまいを取るための治療方針を探すようになりました。

そして、その方針の案を『傷寒論』の中から探すように努めました。

なぜ『傷寒論』かというと、「目眩」の治療を世に初めて打ち出した書物であり、かつその方法が体系的に書かれているからです。

難解ではありますが、徐々に理解が深まり、

現在は今まで八方塞がりになってしまうようなケースであっても、

匙を投げることなく具体的な治療手段を提供できるようになりました。

患者さんに合った薬を探すのではなく、

患者さんに合った治療方針を見つけるという話。

これはもしかしたら、分かりにくかったかも知れません。ただ、臨床においてとても大切なことなのです。

当薬局HPでは「病名別解説」でその病に使われる処方を解説しています。

めまいにおいても沢山の薬を紹介しています。

だからめまいに効く薬を探そうとされている方もいらっしゃると思います。

しかし覚えておいて欲しいのです。本当に大切なことは、めまいを治すための治療方針が見つかることです。

めまいは確かに基礎的な漢方治療で良くなることも多い症状ですが、

さまざまな薬を使っても結局効かなかったという方も同じくらいたくさんいらっしゃる病でもあります。

そういう方はおそらく、自分に合った治療方針が見つかっていないはずです。

漢方家はある段階になると、他でどんな薬を飲んでも効かなかったと患者さんが言ったとしても動じなくなります。

その理由は薬が解答ではないことを知っているからです。

薬ではなくまず、治療方針を見つけられる先生であるかどうか。

特にめまいは、そういう治療者の実力が試される病です。



■病名別解説:「めまい・良性発作性頭位めまい症・メニエール病

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※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。また当店は漢方相談を専門とした薬局であり、病院・診療所とは異なりますことを補足させていただきます。