臨床を始める前、
漢方薬局には胆石症の患者さまはあまり来られないだろうなと思っていました。
漢方の基礎学習をしていてもあまり話題にのぼらない病でしたし、
胆石があったとしてもサイレントストーンといって、無症状の方が多いと思っていたからです。
しかし蓋を開けてみると違いました。
想像していたよりもずっと多くのご相談が寄せられます。
後で知ったのですが、父の時代もそうだったようです。
そしてご来局される方の多くが、同じことを言われます。
何とか手術をしなくても良い状態にできませんか、と。
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当薬局に起こしになられる胆石症の患者さま、
その多くの方が、「手術を検討した方が良いかもしれない」と病院で指摘された人たちです。
胆石疝痛や胆嚢炎を繰り返している方、
そのたびに胆のうにダメージを蓄積させてしまい、胆のうに炎症を起こしやすくなっている人たちです。
やや重めの状態と言っても良いかも知れません。そういう場合、無症状ということはほとんどありません。
頻度は人によって違いますが、少なくて数ヵ月に1回、多いと一か月に数回もしくは毎日、右上腹部や右背中に鈍い痛みや鋭い痛みを起こします。
胆石疝痛や胆嚢炎に伴う痛みは激痛です。ぐつぐつと煮え立ち、いつ爆発するか分からないマグマを、毎日腹に抱えながら過ごしているようなものです。
当然ながら怖いと思います。患者さまはその恐怖から、一日でも早く解放されたいというお気持ちで来局されます。
さらに手術。これも確かに恐怖です。
手術は高い確率で症状から解放される有意義な治療ですが、本来あるべき臓器を取ってしまうということにためらいがあって当然です。
それに手術は根本治療のように見えて、そうではないとも言えます。
胆石を起こしやすい消化管の状態が、根本から解決できているわけではないからです。
そして胆のうを取った分、他の臓器に負担がかかることも考えられます。
漢方ではなく、手術が優先される場合も当然あります。
ただもし手術を行わないでコントロールできるのであれば、それに越したことはないでしょう。
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胆のうの炎症がコントロール出来ていない状態、
慢性化している状態で、果たして漢方薬が効くのかどうか疑問だと思います。
手術しなければならない状況ではなく、未だ手術を検討するべき状態であれば、
私の経験上、繰り返す胆嚢炎は漢方薬で安定してくることが多いと感じています。
もちろん西洋医学的治療と並行しながらですが、的確な漢方薬の選択と養生とができれば、実際に手術をしないで済んでいる人も少なくはありません。
的確な治療を始めると、まずは自覚的な痛みが軽減してきます。
そしてそのような漢方薬を長期的に服用することで、胆のうの炎症が繰り返しにくくなっていきます。
物理的に出来てしまっている胆石が消失することはまれですが、症状消失と伴にサイレントストーンの状態にまで移行していきます。
そしてごくたまに、胆石自体が消えてしまったという方もいらっしゃいます。
手術はなるべく避けたいところですが、状態によっては本人の意思とは関係なく、手術をした方が良いと思う場合もあります。
ただその場合であっても漢方を服用しておいた方が良いと思います。術後の回復がスムーズになり、胆のうを取った後の消化管の負担を回避できる傾向があるからです。
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不思議に思うのは、
こういう良い治療があるにも関わらず、なぜか漢方では胆石症の解説があまり見受けられないことです。
柴胡剤(さいこざい)が良く使われますとか、茵蔯蒿(いんちんこう)とか大黄(だいおう)とかが良いとは書いてあります。
しかし柴胡剤であれば何でも良いというわけでは当然ないし、またこれらだけでは不十分です。
私自身は当初、胆石症や胆嚢炎に関しては他の消化器疾患の治療を応用する形で対応してきました。
しかしある時からそうではなく、胆石症には明らかに他の病とは異なる治療方針があることを知りました。
よくよく見ると、浅田宗伯をはじめとした江戸後期の名医たちが残した文章にそのヒントがあります。
そしてそれに気が付いていた昭和の名医たちも、ちらほらとその治療方法を展開しています。
はじめのうちは私も気が付きませんでした。おそらくそういう視点で見ていないから、気が付かなかったのだと思います。
そう考えると、自分自身がもっと的確な視点で古典を見ていけば、まだまだたくさんのヒントが残されているのだろうなと思います。
少なくとも胆石症や胆嚢炎はその言葉自体はなくとも、病としては古くからあった。だから古典から学べるものは多い。
そういう意味では原始的な病だとも言えるし、だからこそ古い医学である漢方が寄与できる病でもあります。
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■病名別解説「胆石症・胆嚢炎」