自律神経失調と聞くと、あたかも精神や心を乱している病を想像しますが、
実際には違います。自律神経失調は、脳や心の病気ではなく、あくまで体の乱れを指しています。
人は手や足や耳や目を、自分の意思で動かせますが、
自分の意思では動かせない部分が体にはあります。心臓や腎臓、血管や胃腸は、自分の意思では動かすことができません。
しかし動いてもらわなければ困ります。自分で動かさなくても、勝手に動いてもらわなければ生きていけません。
このように自分の意思とは関係なく、勝手に、自律して体を動かしてくれる神経のことを、自律神経といいます。
・
そもそも神経は大きく分けると2種類あります。脳・脊髄から体に指令を送る神経を「中枢神経」といいます。
そして、その指令を体に伝えたり、体に起こった刺激を脳に伝える神経を「末梢神経」といいます。
脳にあるのが中枢神経です。体にあるのが末梢神経です。
自律神経は「末梢神経」の一つです。脳にある神経ではなく、体で働いている神経です。
したがって自律神経失調とは、体の失調を指しているわけです。
脳と体とは、これらの神経を介して繋がっているので当然切り離すことはできないものの、
自律神経とはあくまで体にある神経の乱れを指しています。体の乱れが基にあることで、それが心に影響を及ぼしているという状態を指しているのです。
・
焦りを感じたり、自分ではどうすることもできないような不安やイライラを感じたりすると、
人はその原因を体の外に求めます。
対人関係や仕事や家庭、自分が置かれている状況、自分に迫り来るストレス、それこそが原因だと感じます。
そしてそれに上手く対応できない自分のメンタルを責めます。メンタルが弱いために、心が病むのだと。
自然な思考だし、それが間違いではありませんが、
自律神経失調は違います。ストレスやメンタルの問題ではなく、あくまで自分の体の乱れこそが、心の乱れの原因になっています。
そう捉えること。それが、漢方医学では治療の基盤になっています。
あくまで体から、心へとアプローチすること。薬による体への刺激を介して、間接的に心を自然な状態をへと導こうとするのが、漢方治療の本質です。
心に対しては、あくまで間接的な働きかけを行います。その分、生じた不快な感情を、脳に直接働きかけて無理やりシャットダウンさせるような薬は一つもありません。
昨今、メンタルを専門に扱う医療機関において、漢方薬がかなり使われるようになってきていますが、
その理由はおそらく、この性質にあるのでしょう。抗不安薬などの脳に直接働きかける薬にはない、違ったアプローチから、心の変化を促す手法が注目されています。
・
メンタルの問題を、メンタルで解決しないということ。
自分の心の弱さは、心にあるのではないということ。
心の問題を、気合いや気持ちの切り替えで解決するのではなく、
あくまで体を見直す。体の問題として捉えるということが、新しい手法として昨今取り上げられているわけです。
そういう意味で、漢方は古くて新しい医学だと言われています。
ただし、これは言うほど簡単なものではなく、
体から心へのアプローチは、難しいケースもたくさんあります。
長い時間を要するものも、少なくありません。
間接的に効かせるとはいえ、心に対しても効く時には良く効くものの、
相当熟練した見立てと処方運用とが必要です。
何より、体をどう捉えているのかという、漢方家それぞれの深い造詣や哲学が求められます。
心に効く漢方薬として、有名なものはたくさんあります。
抑肝散や加味逍遙散、加味帰脾湯や柴胡加竜骨牡蛎湯、半夏厚朴湯、香蘇散、柴胡桂枝乾姜湯など、枚挙にいとまがありません。
ただ、単にこれらを使えば治るというものではありません。
自律神経とは、あくまで西洋医学の言葉。それを東洋医学的にどう理解するのか。
それが間違い無く出来て、始めて漢方薬は効きます。
時に、早く治してあげたいと思う治療者自身の焦りや不安、
そういった心情とも勝負していかなければなりません。
知識と経験、そして治療者自身の胆力や精神力も含めて、
治療に活かせて初めて改善する。
だから「自律神経失調にはこの漢方薬が効く」などというふれ込みには、
私は少しも信憑性を感じません。
・
患者さまにはいつも、自分に合った漢方薬を探すのではなく、
自分に合った治療者を探して欲しいとお伝えしてきました。
その理由は、心に関与する病であればあるほど、
何を飲むかではなく、どう治療するのかが、
重要になってくるからです。
・
・
・
■病名別解説:「自律神経失調症」