■症例:片頭痛・耳鳴り・更年期障害(ホットフラッシュ)

2022年05月18日

漢方坂本コラム

「更年期障害には漢方治療が有効である」と、

さまざまな媒体で紹介されている。でも、本当にそうだろうか。

私の経験を言えば、更年期障害はそれほど短絡的なものではない。

簡単に捉えられるものもある。しかし、複雑に絡んだものだって相当ある。

更年期障害だから加味逍遙散・当帰芍薬散・桂枝茯苓丸と、

お決まりの手法だけではとうていかなわない。

そういう難しさをはらむ病こそが更年期障害であり、

各臨床家の造詣ぞうけいが試される病だと、私は感じている。

54歳、女性。

本格的な夏に向かって加速を始めた7月中旬。

遠方からお越しになった患者さまから、片頭痛のご相談を受けた。

ひどい時は吐くような片頭痛が、小学生の頃からずっとあり、

1年前から脳神経外科かかり、内服薬をもらうもあまり効かなかった。

また、持病は頭痛だけではない。

30代に入ったころから、めまいが起こるようになった。

8年前に回転性のめまいが起こり、

メニエール病と診断。めまいは無くなったが、耳鳴りと難聴が今も残っている。

漢方治療を試そうと思ったのには、きっかけがあった。

2年前に訪れた閉経。

その頃から、片頭痛の頻度が増えてきたからである。

今では多いと月に10回は発生し、

さらに最近は、一度起こると3日も続くようになった。

そして、同じころからホットフラッシュが止まらない。

一日に複数回、急に体があつくなり、顔が火照って汗が噴き出してしまう。

またすこし動いただけで息苦しく、梅雨や夏場は特にひどい。

頭痛、耳鳴り、ホットフラッシュ。頭部に起こる不快な症状に、悩まされる日々が続いていた。

昔からさまざまな医療機関にかかられ、

どうにかやり過ごしてきた。しかし、今はもう我慢できるレベルではなかった。

そのきかっけが2年前の閉経であり、

更年期と共に、今まで揺れ動いていた持病が高波を打ってしまった状態である。

片頭痛、メニエール、更年期障害と、それぞれの医療機関にかかるのもしんどくなっている。

根本的に悪い所があるのではないか。

いつからか、そう思うようになり漢方治療に興味が沸いた。

今までの病歴や、現状をお伺いすると、

単に更年期障害として片付けて良い状態には思えなかった。

持病と更年期とが複雑に絡み合った病態。

いわゆる片頭痛だからこの薬、メニエールだからこの薬と、

病名だけで処方を考えていては、治せる見込みがないのは一目瞭然だった。

より本質的な体質を問う治療。

今回のケースは、そをこ見極められるかどうかである。

病に囚われない解釈という、東洋医学の本質が問われるケース。

そういうつもりで、より詳しく状況を伺った。

色白で、ふくよかな体格。

一見すると貧弱には見えない。しかし、肌の色は青白くくすんでいる。

二便(大便・小便)正常、共にスッキリと出ている。

ただ一度、頭痛に五苓散を出された時は、

小水の量が如実に増えた。だが痛みの改善は見られなかった。

体が疲れやすく、とにかく重く、

動くと息切れしやすい。特に階段や坂道がダメである。

食欲は旺盛、たくさん食べる傾向がある。

その代わり胃は強いほうではなく、食べ過ぎると胃が張って痛みやすいという。

ふくらはぎから下が浮腫んで、足首が特に冷える。

イライラしやすいたちで、興奮するとホットフラッシュがさらに強くなる。

全体的な印象から言って、

私にはある病態がすぐに想起できた。

東洋医学で言う所の水分代謝異常。

おそらく体質的傾向から考えても、この流れに属するものであろう。

しかし一抹の不安があった。

生来の体質がそうであっても、更年期によってまた別の病態が絡んでいる可能性がある。

であるならば、確認するべきは更年期前後から始まっているホットフラッシュの様子。

更年期からの体調の変化を、さらに詳しく聞かなければならない。

ホットフラッシュは労作時に起こりやすく、

動悸が伴って顔がほてり、首・顔・頭から汗が噴き出してくる。

一日に3、4回。頻度としては少なくもないが、多いほうでもない。

発汗の後に寒気はなく、特に更年期に入ってからイライラしやすくなっていた。

胃の具合を伺った。更年期以降の状態である。

もともと胃に不具合が生じやすい傾向が、更年期からさらに、強くなっているという。

なるほど。

であれば、胃気。

漢方薬は飲み薬である。そうである以上、胃の活動に申し分があれば、まずはそこから改善しなければならない。

人体の要所である胃の活動から順調ならしめることで、まずは全身の改善を図る。

複雑に絡みあった病態であることは間違いない。

そこでまずは試しに、私は大柴胡湯だいさいことうから入った。

どう反応が出るか、というやや手探りの治療。

反応次第で方向を転換する。初手のリアクションが、かなり大切だった。

少々、緊張の心持ちで患者さまのご来局をお待ちする。

そして二週間後、やはり、という結果が出た。

飲めた。味に違和感はない。

が、良くなってもいない。むしろ、ホットフラッシュと動悸が強くなっていた。

この二週間、台風が来ていて天候がかんばしくなかった。

悪化の要因として無視はできないが、それでも正しい処方が出せているという手ごたえもなかった。

二週間では判断できない、しばらく続けた方が良い場合もある。

しかし、当然変えた方が良い場合もある。この判断が、今の段階では難しい。

そこで一つ質問をする。

台風が来た時の状況である。

急激な低気圧に対して、体がどう反応したのか。

息切れが強くなり、さらに寝苦しくなり、

足を上にあげていないと、せつなくて寝れなかったという。

そして夏場は台風が無くても、その傾向が続くのだと。

ハッとした。

ある体質を示す、重要症候である。

飲病いんびょう」。

更年期から悪化しているとはいえ、

それ以前から存在する生来の体質が、思った以上に強く関わっている。

おそらくこのまま大柴胡湯を続けても効果は薄い。

治すべきは、更年期云々うんぬんではない。

この方が持っているもともとの弱さから、立て直すべきだった。

全く異なる処方に変えて、水分代謝異常の治療に全振りする。

仕切り直しという形だが、おそらくこちらの方が良いという確信があった。

処方したのは14日分。この二週間、断続的な雨が続いていた。

心配しながらご来局を待つと、

嬉しいことに、2回目で明確な症状の改善を見て取ることができた。

まず、服用したその日から、胸の軽さを感じた。

そして天候によって頭痛は起こるものの、嘔吐まではいかず、その程度が減っていた。

さらに体が明らかに軽くなり、同時に胃の張りもなくなってきている。

またお小水の一回量が増えた。身体に蓄積していた水が、動き始めた証左しょうさである。

しかも、更年期から出始めたホットフラッシュが、明らかに少なくなっている。

やはりこの更年期障害を改善するためには、もとからの体質を治療するべきだった。

まだ二週間ほどの変化ではあるが、からだ全体が良い方向へと向かっていることを実感できる14日間。

そう語る患者さまのお顔はすっきりとしていた。以前のような浮腫みが、消えていたからである。

服用を始めて2か月経った頃、

体調はだいぶ改善し、頭痛も耳鳴りもホットフラッシュも、ほぼ気にならない程度に回復していた。

こうなると良くなった分、悪くなるきっかけが分かりやすくなる。

低気圧と、睡眠不足、そして食べ過ぎて胃に負担がかかった時。

それが分かれば、あとは的確な養生を続けていくこと。

十分な睡眠と、適度な運動、そして大食を控え良く噛んで食べることを徹底してもらった。

特に下半身の筋トレが重要だとお伝えした。毎日続けていくことで、体調はもっと良くなってくる。

患者さまも頑張ってくれた。そのおかげか、半年を待たずして、天候にも左右されにくくなっていた。

更年期障害。

漢方ではご相談の多い疾患である。

確かに良く効くことが多い。加味逍遙散などの有名処方で、改善するケースも決して少なくはない。

しかし、更年期障害はその時期だけで作られるものではない。

過去と未来とをつなぐ、その流れの中で作られる病。

だかこそ、誰一人として同じ人はいない。

一口に更年期障害といっても、単にホルモンバランスの乱れというだけでは、解釈できないのである。

今までの人生と、そして、こらからの人生とをつなぐ架け橋。

そういう広い範疇を包括する病だからこそ、

漢方の造詣が試される病。更年期障害とは、そういうものである。



■病名別解説:「更年期障害
■病名別解説:「頭痛・片頭痛

〇その他の参考症例:参考症例

【この記事の著者】店主:坂本壮一郎のプロフィールはこちら

※コラムの内容は著者の経験や多くの先生方から知り得た知識を基にしております。医学として高いエビデンスが保証されているわけではございませんので、あくまで一つの見解としてお役立てください。

※当店は漢方相談・漢方薬販売を行う薬局であり、病院・診療所ではございません。コラムにおいて「治療・漢方治療・改善」といった言葉を使用しておりますが、漢方医学を説明するための便宜上の使用であることを補足させていただきます。