■症例:過換気症候群

東洋医学は全能ではない。

当然である。このご時世に薬草を用いる医学が、全能であるはずがない。

現在、医療を広く支える器は西洋医学であり、
その功績は平均寿命の延びを考えても、諭を俟たない事実である。

ただし、西洋医学もまた全能ではない。

その大きな器から漏れてしまう患者さまは、実際にいる。

そして、そういう方への支えが用意されているのかどうか、
それが医療全体の深みだと、私自身は思っている。

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39歳、男性。

一か月前から胸のあたりに違和感があった。
不快な動悸をうち、息苦しい。不安に思い、病院に行った。

検査の結果は問題なし。
病院を変えてより詳しい検査を行う。
レントゲン、そして胸部CTも撮った。しかし、そこでも問題はないと言われた。

原因がわからないことがさらに不安を募らせた。
帰宅した後、家で悶々と過ごした。

そしてその翌日だった。突然症状が悪化した。

急に息が出来なくなった。
めまいが起きて立っていられなくなる。
強い動悸と伴に全身が痙攣し、
手や顔から血の気が引き、あぶら汗を流して悶絶するような吐き気に苦しんだ。

急激な症状に青褪めた奥様は、たまらない気持ちで119番を押した。
救急搬送。そして、ベットで横になっているうちに、症状は徐々におさまった。

過換気症候群。病院でそう診断された。

症状が落ち着いたため、家に帰宅する。
しかし、いつ来るかわからない発作に毎日脅えていた。

患者さまが来局されたのは、そんな不安の真っただ中である。

西洋医学が優れている点、
それはもちろん数多く存在する。

その中でも検査技術の進歩。これに関しては、他の追随を決して許すことがない。

漢方が未だ国の医療として幅を利かせていた時代、
生きた体の中を観察してみたいと、あらゆる漢方家が考えたであろう。

血液や尿中の組成を明らかにする。
体の中を視覚的に検知することができる。
西洋医学によるこれらの所業は、
あらゆる医療の中でも、特にクリエイティブかつ斬新な技術である。

しかし、このような斬新な手法をもってしても、
問題を見つけられないケースが存在する。

主に形に変化が現れない、機能的な病。
これに関しては、西洋医学でさえも未だ捉えることが難しいという現実がある。

昔は今のような医療技術はなかった。
だからそれを補うべく、漢方家は体の中を「想像」した。

つたない想像もあったに違いない。当然治療として失敗する。
しかし、漢方家は想像という手法を磨き上げた。
できるだけ「正確な想像」を、長年にわたって努め続けた。

何代にもわたって作り上げた想像。
その結果は、体内の形という構造的な意味では、結局のところ、妄想に過ぎなかった。

しかし、体内の機能的な意味においては違った。
現代医学でさえ把握の難しい病理を、こと機能の一部においては、把握することを可能にしていた。

現代においてもなお、その手法が必要とされるケースがある。

この患者さまにおいては、当にそれだった。
心中・心下の積気。古人が「中脘(ちゅうかん)の結聚」と呼んだ病態である。

私は胃・心・肺の活動を緩和させる薬を出した。
これらの連動した過緊張を、一つの処方をもって同時に疎通させる。

一週間後、患者さまの晴れやかな顔を見て私は安心した。
服用後まもなくして、胸の詰まりが取れたという。

息が深く吸えるようになり、それにより良く眠れるようになった。
未だ息苦しさの予兆はあるものの、以前に比べれば大分楽だとおっしゃられた。

過食の禁止と、充分な睡眠時間の確保を約束してもらった。
忙しい仕事の中、患者さまも自らを律してがんばってくれた。

一か月にして症状は6割改善する。
そしてその後、3か月をもって症状の消失を確認し、治療を終了した。

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西洋医学という大きな器。

英知の結晶であるこの医学が残してきた功績は、
そのクリエイティブな発想によって支えられてきた。

それは東洋医学も同じである。
今まで愚直にその想像性を磨きあげてきたからこそ、
現代においてもなお、必要とされ続けているという現実がある。

必要なのは正確な発想、その点において医療に別はない。

大きな器から漏れてしまう患者さまに必要とされるためにも、
豊かな想像力をもって、東洋医学を捉えていかなければならない。

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■病名別解説:「動悸・息苦しさ
■病名別解説:「パニック障害・不安障害