□排尿障害
~効いた薬と効かない薬・漢方治療の現実~
<目次>
漢方治療の現実的な区分け
1、炎症を鎮めるべき病態
2、血行障害と漢方
3、排尿障害における漢方治療の要点
効いた薬と効かない薬・漢方治療の現実
最近カルテ整理をしながら今までの治療をざっと見返してみたら、ここ近年、排尿障害を治療する機会がかなり増えていました。
前々から感じてはいたものの、ちゃんとした数字が出ると妙に納得する所があります。
確かに昔に比べると、治療の仕方もだいぶ変わってきました。そして使う処方も、かなり様変わりしたと思います。
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例えば猪苓湯という処方があります。排尿障害にしばしば用いられる有名処方です。しかし今ではもう、この処方を使うことはほとんどなくなりました。
また清心蓮子飲もそうです。猪苓湯に比べれば少々マイナですが、やはり排尿障害に使われることの多い有名処方です。
当薬局にお越しになる方の多くはすでに何らかの漢方を試された方が多いので、これらの処方は飲んだけれども効かなかったという方が多いのもその理由の一つだと思います。
ただし使わない理由はそれ以上に、そもそもこれらの処方の適応となる方がそれほど多くはない、つまり使う機会があまりないというのが正直な所です。
猪苓湯は膀胱炎のごく軽い状態に効くことはあっても単独では基本的に難しく、間質性膀胱炎や前立腺肥大、また過活動膀胱ではほとんど効果を発揮してくれません。
また清心蓮子飲は疲労と自律神経に関わる症状というか、一種独特の弱さをお持ちの方には確かに効く薬ですが、そういう方は私が見たところ決して多くはありません。
これらは有名処方ではあるものの、残念ながら広く使われて効く薬ではありません。私自身が今までそういう失敗をしてきました。だからこれは、ある程度はっきりと言うことができます。
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漢方治療では、有名だけれども使うべき場があまりないという処方がけっこうあります。
排尿障害に使う猪苓湯や清心蓮子飲のほかにも、例えば脊柱管狭窄症に使う八味地黄丸とか、変形性膝関節症に使う牛車腎気丸とか、不眠に使う加味帰脾湯とか、酒さ様皮膚炎に使う葛根紅花湯とか。
これらはそう多く使っても効く薬ではありません。それぞれが確かに使う場を間違わなければ効果を発揮し得るとは思いますが、実際にはこれらが効く病態というものはそれほど多くはない、ういう現実が至る所に転がっているのが漢方治療の現実だと思います。
漢方治療の現実的な区分け
私の経験上、排尿障害では一律的にこう治すとは言えません。状況に応じた薬方の選択が必要になります。
例えば排尿障害が一般的な細菌性膀胱炎によるものなのか、それとも間質性膀胱炎によるものなのか。また膀胱炎ではなく、過活動膀胱によるものなのか、はたまた前立腺肥大によるものなのか。各々によって漢方治療の要点も全く違ってきます。これらは全く別の病気ですから当然のことだと言えます。
また、病院では原因不明とされてしまう排尿障害もあります。そういう患者さまもたくさんいらっしゃいます。そこに対しても、東洋医学的に病態を把握できれば治療することが可能です。それも含めれば、排尿障害はかなり多くの病態を判別しなければなりません。
ただその中であえて漢方治療の大枠を述べれば、まずは排尿障害において判別しなければいけないのは、それが炎症(熱証)によるものなのか、それとも血行障害によるものなのか。この2つを大きく弁別しなければなりません。
1、炎症を鎮めるべき病態
例えば細菌性膀胱炎の初期。排尿痛や残尿感が激しくて尿意が止まず、尿検査で菌が検出されるような時にはとにかく炎症を抑える薬が必要です。
このような時ならば抗生剤がしばしば著効します。ただし繰り替えしやすい方であれば、漢方治療を選択された方が良いと思います。
五淋散や竜胆瀉肝湯を選択するべき状態です。この時に猪苓湯が使われることがありますが、先で述べたようにあまり効きません。PMS(月経前緊張症)治療で有名な加味逍遙散も効くことがあります。これらは炎症を抑えるのみならず、しばらく服用を続けると膀胱炎が起こりにくい状態へと導く効能もあります。
猪苓湯がなぜ膀胱炎治療で有名になったのか、私には不思議でなりません。感染性膀胱炎ならば、五淋散の方がずっと使いやすく、効きやすいはずです。
五淋散も竜胆瀉肝湯も保険薬にありますから、こちらを使用した方が良いと思います。当然、それを分かっている先生も中にはいらっしゃると思いますが、なかなかどうして猪苓湯の方が今でも有名です。出される頻度は猪苓湯のほうが、各段に多い気がします。
2、血行障害と漢方
五淋散や竜胆瀉肝湯は、感染性膀胱炎において良く効く薬だと思います。しかし、そのほかの排尿障害に使っても効くかと問われれば答えはNOです。正直に言って、あまり効果はありません。
例えば間質性膀胱炎に使っても、私は効果を上げたことがほとんどありません。前立腺肥大や過活動膀胱もダメです。効いた試しがありません。
前立腺炎には使う場があると思います。炎症の急性期に使用して改善したケースがあるからです。しかし慢性経過しているものでは、やはり難しいでしょう。感染性膀胱炎についても急性のものならば良いのですが、慢性経過しているとやはりダメです。これらには異なる一手が必要になる、という印象があります。
その一手というのが、血流を促す治療です。膀胱部に起こっている充血を去る目的で、また膀胱筋や膀胱括約筋の活動を順調にさせる目的で、さらに仙骨神経叢から膀胱に対して指令を送る神経の通りを促す目的で、下腹部の血行を促す治療を行います。これによって改善を見るケースが多々あります。
「血流を促す」というと、それをすぐ「瘀血」、すなわち駆瘀血剤の使用と短絡的に考えそうなところですが、そういうことではありません。血流の悪さというのは極端に言えば100人いたら100通りあると言っても良いくらいです。その方の血流状態に合わせた治療を行わなければならず、瘀血というのはその中の一つにしか過ぎません。
この、血流を促して組織の構造もしくは機能を回復せしめるという点が、西洋医学にはない漢方治療の特殊効果だと私は思っています。いわゆる血虚とか瘀血とか、そういう短絡的な東洋医学概念に囚われることなく、現実的な視点をもって如何に血行促進を実現させるのかが治療のポイントです。
それを実現させるための手法を見出すという視点に立った時に、私の排尿障害治療は変わったと思います。中医学でいう所の腎や肝、また気虚だ湿熱だという概念を振り回す前に、見るべきものがあるということです。
3、排尿障害における漢方治療の要点
今ほど臓器の働きを詳しく知り得なかった時代に作られた漢方は、内臓の働きの大枠を想定し、それを捉えることで治療を組み立ててきました。
この大枠には要所がいくつかあります。それはいわゆる肝心脾肺腎の五臓ではなく、咽中・心中(胸部)・心下(みぞおち)・腹中・少腹(下腹部)という縦の要所、そして胸中から斜めにずれた胸脇・心下からずれた脇下という要所を指しています。
東洋医学の原点たる書物では、これらの要所が体の中でいかなる役割を持ち、どのような時に各々に不調を生じるのかということを指し示しています。
東洋医学誕生の時代からあるこの解釈が、なぜ今ではあまり解説されなくなってしまっているのか、私にはすこぶる疑問です。
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排尿障害の中心はこのうちの「少腹」にあり、そこの回復を試みる治療の中に、現在の応用可能な治療方法が多々存在しています。
これは、漢方治療全体に言えることなのですが、排尿障害に効くと言われている薬の中から選べば改善できるかというと、決してそうではありません。
まずは病態の要点を使むことが重要です。その要点に則した治療方法を把握することで、初めて適切な漢方薬を選択することができます。
その要点というのが、この「少腹」という要所です。つまり、少腹部の働きと人体における役割を理解することが、排尿障害治療においては非常に重要であると私は考えています。
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■病名別解説:「膀胱炎・間質性膀胱炎」
■病名別解説:「頻尿・尿漏れ・排尿困難(過活動膀胱・前立腺肥大など)」