◆漢方治療概略:「便秘」
<目次>
〇便が軟らかいのにスッキリでない便秘
■平胃散(へいいさん)
〇便秘と同時に胃の不快感もある場合
■半夏瀉心湯(はんげしゅしんとう)
■六君子湯(りっくんしとう)
附)柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)
大柴胡湯(だいさいことう)
〇それほど不快感はないが便意が遠い場合
■補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
■十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
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<まえがき>
昨今、漢方薬はとても身近な薬になりました。
多くのCMが流れていますし、ドラッグストアにはたくさんの漢方薬が販売されています。このような市販薬は簡単に手にとって選べるという意味でとても便利です。しかし「どれを試したら良いのか分からない」という声をしばしば拝聴します。
そこで、そのような方々に参考にしていただけるよう、漢方治療の概略(細部を省いたおおよそのあらまし)を解説していきたいと思います。
概略はあくまで概略。臨床では確実にその応用が求められます。ただし基本的手法でズバリと治せる方も多く、そういう意味では体調不良でお困りの方にはぜひ読んでいただきたい内容かと。
ただ「何を言っているのか良くわからないぞ」とか、「やってみたけど全然だめ」という方がいらっしゃいましたらその時はぜひ漢方専門の医療機関に足をお運びください。
この場で伝えたいことは山ほどありますが、とてもじゃないけれど伝えきれません。実際におかかりになれば基本どころではない、各先生方が提供される漢方の神髄を体感できるはずです。
「便秘」の漢方治療概略・後編
健康の土台である毎日の排便。
排便は、人体の基本的な生命活動を確認できるバロメーターです。
したがって排便異常があれば、あまり放っておくべきではありません。漢方では便秘を治療するための薬が沢山用意されていますので、それらを上手に使いながら、ぜひ気持ちの良い便通を心がけていただきたいと思います。
さて、前編では2つの排便異常、〇便が硬くてスッキリ出ない便秘と、〇下剤を使うと腹痛が起きてしまう便秘に効果的な漢方薬をご紹介いたしました。
※前編はこちらを参照してください。
→◆漢方治療概略:「便秘」・前編
そして後編では、さらに以下のような便秘について解説していきたいと思います。
〇便が軟らかいのにスッキリ出ない便秘
〇便秘と同時に胃の不快感もある場合
〇それほど不快感はないが便意が遠い場合
排便は毎日のことであるが故に、日常を劇的に変えることのできる要素です。便秘にならないようにするための養生も同時にご説明していきます。市販されている漢方薬を上手に使いながら、ぜひ養生も気を付けつつ快適な生活を目指してください。
便が軟らかいのにスッキリ出ない便秘
便秘は便が硬いということだけで起こるものではありません。軟便であっても、すっきり出なければそれは便秘だといえます。
便秘でお通じが遠いものの、出る便は軟らかく、かつスッキリ出ないという方。時に鉛筆の芯のように細い便がビビビと出てスッキリしないという方もいらっしゃいます。
こういう便秘では単に大腸を刺激して便通を促す大黄剤だけを使っても逆に出にくくなったり、強い下痢を起こしたりします。大黄禁忌の便秘の一種です。この場合は平胃散が良く効きます。
■平胃散(へいいさん)
東洋医学では腸の中に湿気がたまっていると、こういう便秘になると考えられています。
腸に湿ったガスがたまっているような印象です。お腹が張って苦しく、栓(肛門)が開いても気体のため下に落ちていかない、だから軟便がちょびちょび出てスッキリしないというイメージです。湿気を取ってガスを落ち着かせれば、お腹の張りが無くなり、便がスッキリと出るようになります。
平胃散はお腹の湿気取りをする代表方剤です。胃を平らかにするという名称ですが、胃の薬ではなく腸の薬です。中に入っている厚朴という生薬が重要で、半夏厚朴湯でもこのタイプの便秘を治せることがあります。
梅雨時期などの湿気の多い状況でこのような排便異常が発生しやすくなります。また果物の食べ過ぎや水分の摂りすぎによっても起こります。稀に起こるものではなく、誰にでも起こることがあります。とても優しい薬ですので、家庭薬として控えておいて、軟便が出てスッキリ出ないということがあればすぐに服用すると良いと思います。
便秘と同時に胃の不快感もある場合
便秘は単に腸の問題だけでなく、胃の問題としても発生します。
当然ながら胃と腸とはつながっています。一本の管という意味ではストローのようなものです。ストローは上を指で押さえれば、下が開いていても中の物が下がらなくなります。つまり胃がつまると、大便はそれだけで出なくなります。
この時いくら大腸を刺激する下剤を使っても、便はすっきりとは出ません。これは非常に起こりやすい便秘で、あまり言われていないのが逆に不思議なほどです。
便秘に胃もたれが伴う時は、まずは胃の詰まりを先に取らなければなりません。こういう時は、半夏瀉心湯や六君子湯を使うと良いと思います。
■半夏瀉心湯(はんげしゅしんとう)・六君子湯(りっくんしとう)
これらは下痢にも使う薬ですが、胃の詰まりによっておこる便秘にも良く効きます。
過食の傾向があり、日常的に胃のもたれ感が強ければ半夏瀉心湯。疲れやりストレスがかかると食欲がなくなりやすいというタイプでは、六君子湯の方が無難です。
附)柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)・大柴胡湯(だいさいことう)
IBSによく使われる柴胡桂枝湯は胃の薬でもあります。そのためこの処方は胃の詰まりによる便秘に対しても効果があります。便意をもよおすときに腹痛が起こるという方では、柴胡桂枝湯の方をお勧めします。
また柴胡桂枝湯に似た処方として大柴胡湯(だいさいことう)という薬もあります。柴胡桂枝湯に比べて胃の詰まりがやや強く、便秘の程度も強いという場合に用いる機会があります。ストレスや暴飲暴食で胃が硬くなりやすいという自覚症状があれば、この薬を試してみるのも良いと思います。ただしやや強い薬に属しますので、下痢が起こってしまうようなら服用はお控えください。
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早食いでお腹いっぱい食べた後は、胃が詰まるために誰しもが一時的に便秘になります。
胃に物が長く留まると、その間は大腸内の便も停滞する、そしてやっと胃が動くようになると、詰まっていた便がドドドと大量に出たり、時には下痢になったりするものです。
つまり食べ過ぎは便秘にもなるし、下痢にもなります。胃に詰まらせないように食事をとるということがとても大切です。ゆっくりよく噛んで、腹八分目で食べるということをぜひ気を付けてみてください。薬を使わず、それだけで治る便秘と下痢はかなり多いと思います。
それほど不快感はないが便意が遠い場合
便秘には通常不快感が伴うものです。お腹が張ったて苦しくなったり、便を出そうと思ってもなかなか出なかったりして、治したいと思うような不快感を伴うことの方が普通です。
ただし、そう言われてみれば便が出ていない、というくらいにあまり不快感を伴わない便秘もあります。それほど気にならないために、このような便秘では当然放っておかれることが多くなります。
しかしこれが良い状態かというと、決してそうではありません。大腸があまり活動していない場合に、こういうことが良く起こるからです。生活習慣の中で何らかの不具合が生じていることが多く、特に多いのが運動不足です。排便も筋肉活動によって行われているため、特に椅子に座りっぱなしなどの下半身の筋力低下によって便意は遠くなります。
この状態を放っておくと、先に述べた習慣性便秘につながってしまうため、便意が遠ければ不快感が無かったとしても2.3日に一回は自然なお通じがつくようにはしたいものです。そしてこのような便秘が起こっている時に試してほしい漢方薬があります。
■補中益気湯(ほちゅうえっきとう)・十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
疲労回復や胃腸機能回復のために使われる「補剤」と呼ばれる処方です。疲労や筋力低下は、胃腸活動の緩慢さに直結することが多いものです。
疲れると便が遠くなるという方では補中益気湯をまずは試していただき、それでも便意がないという方では十全大補湯を試してみてください。胃腸が動き出して便意が生じ排便が行われると、同時に深く眠りやすくなったり、疲労感が取れるということが良く起こります。
人は何かに集中して頑張り続けていると、交感神経が優位になって興奮状態が続き、便意が遠くなることがあります。幾分かハイになっているような状態で、こうなってしまうと疲労を疲労として感じにくくなってしまいます。
したがって疲れている状態において、疲れているということに充分気が付いていないという方もかなりいらっしゃいます。そんな時は便意が遠いということからご自身の疲労を知り、補中益気湯や十全大補湯などの薬を服用し始めた方が良いでしょう。
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本来便通は人間がもともと持っている力によって行われることがベストです。したがって薬はあくまでその補助として使うことが望ましいと思います。
大切なことは適度な運動と、食養生、そして睡眠です。そしてこれらを規則正しく行うと、排便がスムーズになるということを実感することが、何よりも大切です。
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