これから漢方を志す方々へ 10

『傷寒論(しょうかんろん)』や『金匱要略(きんきようりゃく)』そして『黄帝内経(こうていだいけい)』といった東洋医学の思想・哲学を構築するための礎(いしずえ)になる古典。

漢方を勉強するにあたって重要であることは分かるけれど、

漢文であったり内容が難解であったりするため、最もとっつきにくい書物といっても過言ではありません。

そんな古典の読み方。

そして古典はいつ読むべきなのか。

漢方初学者にとって気になる所ではないでしょうか。

自身の経験を踏まえて、独断で言わせてもらえば、

「常に、読む」

これが回答です。

ただし、いきなりがっつり読む必要はありません。

始めはサラッと、フーンという感じで良い。古典の解説書は昭和の大家もたくさん書いています。その本を読みながら古典を横に開いておく、というのでもまったく問題ないと思います。

昔の人はよく素読(そどく)をしました。

お経のように、ただ文書を読み上げていったのです。

それが良い・悪いというのは置いておく。とにかく馴染む・親しむという所から入りました。

なぜなら、古典は基本的に「読めないもの」だからです。

文書は読めます。しかし内容は読めません。

初学者ではそれこそお経のようなものです。

つまり始めは読めないことに苦しむ必要はありません。まずは親しむ。そこから入る。

そもそも、古典は「想像力」をもって読むものです。

というより、想像力がなければ読めない。

そして的確な想像力を持つためにはコツが必要で、

コツは時間をかけなければ培われません。

このコツは、幾多の本や、患者さんとの臨床経験から掴んでいくものです。

そして経験は時間とともに蓄積されていきます。

だから古典は定期的に読む。常に、読む。

すると読むたびに新たな発見や新たな解釈が可能になっていきます。

古典を読んだ時の新たな発見や気づきは、

実際の臨床において非常に重要なものになります。

それは患者さんを診て今まで気づかなかったことに気付けるということです。

つまり想像できるようになるのです。

さらに古典の解釈は人それぞれ違ってくる。つまりそれが治療者の個性になる。

独自の想像力を鍛える、これが古典を読む意味なのです。

そして古典読解の楽しさも、そこにあります。

古典は結局何回も読み返している本になります。

つまり初学の時からずっと、自分の経験に寄り添う本になる。

古典の内容は古臭い、現代に合わない、正しくない、難しい、そういって諦めることなく愚直に向き合った人にだけ、

古典は真理に気づかせてくれる本になります。

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