桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)・前編
<目次>
■理屈ではない・実感から紐解く桂枝加竜骨牡蛎湯の薬能
■一般的な説明では何も伝わってこないという事実
■難しい処方・桂枝加竜骨牡蛎湯を理解するための糸口
■実感と古典とから紐解く・桂枝加竜骨牡蛎湯とは①
1、桂枝加竜骨牡蛎湯が効くときの条件
2、「血痺虚労」と桂枝湯
3、理屈ではなく実感で桂枝湯を理解した江戸の名医
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■理屈ではない・実感から紐解く桂枝加竜骨牡蛎湯の薬能
今回解説する桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)は、心療内科や精神科領域の病に対して使用される機会の多い処方です。特にパニック障害や自律神経失調症など、不安感や焦燥感(あせり)を伴う病で頻用されています。
そして半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)などと同じように、かなり有名な漢方処方の一つでもあります。本方はドラックストアでも市販薬として取り扱われていますので、患者さまの中には「桂枝加竜骨牡蛎湯っていったいどういう処方なんだろう」と、興味を持たれている方も多いかと思います。
そこで今回はこの処方について、私自身の経験を基にして解説してみたいと思います。さまざまな所で解説されている有名処方ですので、一般的なことは他でいくらでも調べることができます。しかし、ここではあえてそういう一般的な説明は行わないようにします。そのほうが本方の薬能が伝わりやすいのではないかと思うからです。実際の臨床を通して感じたままに、あくまで私自身の具体的な「実感」を通して説明していきたいと思います。
今回の解説は前編と後編とに別れています。長い解説にはなりますが、漢方薬にご興味を持たれている方にとって一意見として参考にして頂ければ幸いです。
■一般的な説明では何も伝わってこないという事実
ネットや本でこの処方を調べてみると、桂枝加竜骨牡蛎湯はおおむね以下のように解説されていることが多いと思います。
・体力中等度から虚弱な方に適応する。
・疲れやすく神経過敏で興奮しやすい方に適応する。
不安感を持たれている患者さまの中には「私はもともと体が弱いタイプだし、体力に自信がない」という方もいらっしゃるかと思います。そしてそのような方がこの解説を見れば、「私の不安はこの処方で良くなるのではないか」と感じられるのではないでしょうか。
しかし、ちょっとストップです。そう感じたからといって、この処方が効く根拠には全くなりません。「体力中等度から虚弱・疲れやすく神経過敏で興奮しやすい」、もしこの条件に効く漢方薬をあげろと言われれば、実際には10以上あげることが可能です。
この説明は的を射たことを言っていそうで、実は何も言っていません。この説明が言わんとしていることは、確かに何となくは伝わってきます。しかし体力中等度とはいったい何でしょう。何を基準にして体力を測るのでしょうか。あらゆる漢方解説書の中で、その説明がなされているものは恐らく一つもありません。疲れやすいという症状にしたって、この世に一人として疲れない人はいないでしょう。
一方、東洋医学の視点でちゃんで説明している解説ならば以下のように書いてあります。
・桂枝湯はそもそも陰陽・気血を補う薬。
・桂枝加竜骨牡蛎湯は陰陽を補いつつ、上に浮いた気を落ち着かせることで気持ちの安定を図る。
さて、こうなるともうほとんど暗号です。陰陽を補うというなら、まずは陰陽とは何かを説明してもらわなければなりません。そしていくら陰陽を説明していたところで、納得のいく回答は出てこないでしょう。むしろ混乱してしまうかも知れません。なぜならばこれらの概念は各先生方によって全く異なる考え方をもっていらっしゃるからです。
桂枝加竜骨牡蛎湯という処方は、実は非常に解説が難しい、そして理解することがとても難しい処方なのです。
■難しい処方・桂枝加竜骨牡蛎湯を理解するための糸口
本方の説明が難しい理由、それはそもそも桂枝湯(けいしとう)という処方を解説することが難しいからです。
桂枝加竜骨牡蛎湯は、桂枝湯に竜骨(りゅうこつ)と牡蛎(ぼれい)という生薬を加えた処方です。この骨格となる桂枝湯を理解すること自体が、実はとても難しいのです。はっきり言うと、漢方に精通した名医でさえ、この処方をきちんと説明することは難しいと思います。
理屈で説明することが非常に難しい、それが桂枝湯です。しかし理屈ではなく、桂枝湯が実際に効果を発揮した時の感覚で解説すると、実は結構単純な処方でもあります。そこで今回はこの処方の薬能を、あえて「感覚的」に解説してみようと思います。あくまで私自身の具体的な「実感」を通してお話しようとしている理由が、まさにこの点にあるのです。
解説として正しい正しくないは、この際置いておきましょう。まずは感覚的にこの処方を理解する。そのことで漢方処方の使い方、その考え方の一つをお伝えしたいと思います。
■実感と古典とから紐解く・桂枝加竜骨牡蛎湯とは①
1、桂枝加竜骨牡蛎湯が効くときの条件
桂枝加竜骨牡蛎湯は私自身も使用する機会の多い処方です。今までの経験をもとにして言えば、この処方は効果を発揮する時とそうでない時との差がはっきりと分かれる、という印象があります。
この処方が効果を発揮する時の条件、それはこの処方の出典、つまり桂枝加竜骨牡蛎湯を歴史上最も早く紹介している書物に明確に記載されています。本方が効果を発揮するのは、体がある「病の流れ」に属している時です。その流れを出典では「血痺虚労(けっぴきょろう)」と呼んでいます。
「血痺虚労」という病態については、今まで多くの漢方家がその見解を示してきました。陰陽で説明したり、五臓をもって説明したりと、今まで沢山の学説が唱えられてきました。
しかし、ここでは難しい言葉を一切使わず、極々簡単に述べてみます。単刀直入に言えば、「血痺虚労」とは「血行が悪くなることで疲れてきちゃった」という病態を指しています。
2、「血痺虚労」と桂枝湯
例えば温泉に入った後、体がほんわかと温まって心地よくなり、その後ぐっすりと眠れて疲れが取れたという経験をされた方もいらっしゃるかと思います。この時取れた疲労感、それがまさに「血痺虚労」です。風呂に入って血行が良くなったから疲れが取れたという単純な現象ですが、これはつまり「人は血行が悪くなると疲労を感じ、さらに血行が良くなると疲労が取れる」ということを示してるわけです。
古人はおそらくこの単純な現象に着目したのだと思います。そして血行を良くすることで疲労を取るような薬を作りたいと思ったのでしょう。温泉に入った時のような心地よさを導く薬、そして取り上げられたのが、先に述べた「桂枝湯」という処方です。
「桂枝湯」は漢方の中で最も基本とされる名方です。そのため今までさまざまな解釈がなされてきましたが、実際にこの処方がどのような薬効を持つのか、それを明確に示したものは実は少ないという印象があります。しかし私から見ればこの処方は身体が温泉に浸かっているような状態へと導く薬です。なぜそう思うかというと、桂枝湯を使って体の調子が実際に良くなる時、患者さまは「体がポカポカと温まって心地よく、お風呂に入った時のようだ」と表現されることが多いからです。
3、理屈ではなく実感で桂枝湯を理解した江戸の名医
実はこのことを理解した上で「桂枝湯」を頻用していた名医が江戸時代にいました。後藤艮山(ごとうこんざん)です。
艮山はおそらく桂枝湯のこの薬能、つまり血行を良くして体を温めるという薬能を熟知していた人です。彼はこの処方をど真ん中の直球的な手法で用いていました。彼の治療方法の主軸は、桂枝湯に「温泉療法」を併用するというものだったのです。
桂枝湯で体の中から、温泉で体の外から、身体の血行を促進させたわけです。血行を促すという効能をとことん追求する、端的に言えばそれが昆山の治療方針でした。このような治療をとことん追求したのには、おそらく昆山なりの理由があったのだと思います。おそらく、昆山は血行が良くなるという単純な働きには、冷えが取れる・疲労が取れるということだけではなく、その他にもさまざまな効能が付随するということを熟知していたはずです。だからこそ、桂枝湯を様々な病に広く応用していたのです。
【後半へと続く・・・】
→【漢方処方解説】桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)・後編
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■病名別解説:「自律神経失調症」
■病名別解説:「パニック障害・不安障害」
■病名別解説:「不眠症・睡眠障害」
■病名別解説:「心臓病・動悸・息切れ・胸痛・不整脈」